幕間 宣戦布告
エクィトゥム王国でも屈指の名門であり、王都における影響力も大きい。その公爵が、側近たちの前に並べられた箱を指し示した。
「近年、我がフェルゼンハルト公爵領周辺の海域では、海賊の活動が明らかに活発化しております。そこで我々は、グランツェン辺境伯軍と共同して海賊の討伐を行いました」
公爵が合図すると、箱の蓋が開けられた。
中には、使い込まれた剣や鎧、盾などが納められている。
「そして、討伐の過程で発見されたのが――こちらです!」
広間の視線が集まる。
「これらは、アンティクイランド王国の中央軍で使用されているものと同型の武具です!」
ざわめきが広がった。
フェルゼンハルト公爵は、その反応を確認するように一度間を置く。
「偶然、海賊の手に渡っただけだと考えることもできるでしょう。しかし、問題はこれだけではありません。近年、我が国の西方海域では海賊による商船への襲撃が増加し、港湾施設や沿岸交易にも影響が出始めております」
公爵の声がさらに大きくなる。
「アンティクイランド王国は、我が国と国境を接する隣国です。その中央軍の武具が、海賊の拠点からまとまって発見された!」
今度は、先ほどより大きなどよめきが起こった。
「これは単なる偶然ではありません!」
「……証拠が十分とは限らぬ」
広間の一角から、慎重な声が上がった。
だが、フェルゼンハルト公爵はすぐに反論する。
「では、何と考えますか! 海賊が偶然にも我が国に敵対する国家の武具を大量に入手したと?」
「武具だけでは、供給元を断定することはできません」
「しかし、海賊の活動は現実に増加している!」
「それとアンティクイランド王国の関与は別問題でしょう」
「ならば、何のために海賊が武装しているのです!」
言葉が重なり、広間の空気が荒れていく。
そこへフェルゼンハルト公爵が、さらに大きな声を響かせた。
「このままでは、我が国の経済に重大な損害が生じます!」
海上交易に依存する都市の多いエクィトゥム王国にとって、海賊は単なる治安上の問題ではない。
商船が航路を避ければ、物資の流入が減る。
保険代わりとなる護衛費用が増える。
港湾都市では商取引が滞る。
それが長引けば、王国全体の税収や商業にも影響が出る可能性がある。
「もしアンティクイランド王国が背後から海賊を支援し、我が国の海上交易を妨害しているのであれば――それは明確な敵対行為です!」
フェルゼンハルト公爵は、広間の中央で宣言した。
「破壊工作。
海上封鎖。
そして、我が国の経済への攻撃!」
一度、言葉を切る。
そして。
「よって、我々フェルゼンハルト公爵家とグランツェン辺境伯家、そのほか六つの子爵家、二十四の男爵家の連名をもって、アンティクイランド王国への宣戦布告を提案いたします!」
広間が静まり返った。
宣戦布告。
その言葉の重さに、さすがに誰もがすぐには口を開けない。
しかし、沈黙は長く続かなかった。
「公爵の言い分にも一理ある」
「海上交易への被害はすでに無視できぬ」
「隣国の武具が海賊の手にある以上、何らかの説明を求めるべきではないか」
「これ以上放置すれば、さらに被害が増える」
次々と声が上がる。
貴族派の有力者たちが、フェルゼンハルト公爵の提案を支持していく。
さらに、それまで慎重な立場を取っていた国王派の貴族の一部までもが、海上交易への不安と、国内の商人たちからの圧力を理由に態度を変え始めた。
「陛下」
宰相が低い声で問いかける。
「もしこの問題を放置すれば、王都の商人からも厳しい批判が出るでしょう。すでに沿岸部からは、海上輸送の安全確保を求める嘆願が届いております」
国王はすぐには答えなかった。
目の前に並ぶ武具。
相次ぐ海賊被害の報告。
有力貴族たちの連名による要求。
そして、国内経済への影響。
それらを順に確認していく。
反対するのであれば、アンティクイランド王国が海賊支援を行っていないという確かな根拠が必要になる。
しかし現時点で、それを即座に示せるだけの材料はない。
逆に、エクィトゥム王国側には、少なくとも「疑いを抱く理由」が存在してしまっている。
「……分かった」
国王が口を開いた。
「アンティクイランド王国に対し、公式な説明を求める」
フェルゼンハルト公爵が息を呑む。
だが、続く言葉はさらに重かった。
「同時に、軍の動員を開始する」
広間がざわめく。
「陛下!」
「宣戦布告を行う」
国王の言葉が、広間全体に響いた。
こうして、フェルゼンハルト公爵の提案は認められた。
ただし、その後の軍議で一つの問題が持ち上がった。
誰が侵攻軍の総大将を務めるのか。
最終的に選ばれたのは、第二王妃の子である第一王子だった。
貴族派にとって、王位継承候補の一人を戦場へ送り出すことには大きな意味がある。
軍を率いる経験を与え、戦時の指導者としての実績を積ませる。
戦争の指揮を執った王子が勝利を収めれば、王位継承を巡る評価にも影響するだろう。
そのため、第一王子を総大将とした侵攻軍の編成が始まった。
フェルゼンハルト公爵軍。
グランツェン辺境伯軍。
さらに、宣戦布告へ賛同した各子爵家、男爵家からも兵が集められる。
やがて各地から部隊が王国西部へ集結し、補給物資の搬入、兵器の点検、輸送路の確保など、戦争へ向けた準備が急速に進んでいった。
しかし、国王派も何もしなかったわけではない。
第一王妃の子である第三王女もまた王位継承争いに関わる重要な王族であり、貴族派の勢力が戦場へ向かう以上、その動きを監視する必要がある。
そこで国王派からも、第三王女の学習と安全確保を名目とした監視部隊が同行することになった。
表向きには、将来の王族として戦時の軍事運用や兵站を学ぶため。
だが実際には、貴族派が戦場で何を企んでいるのかを確認する役割も与えられている。
それでも、軍の編成自体は着々と進んだ。
各家から兵士が集まり。
騎士たちが隊列を整え。
倉庫から武器と防具が運び出される。
港では輸送船が用意され、街道では軍需物資を積んだ荷馬車が西へ向かい始めた。
王国が、一つの戦争に向けて動き出していた。
そして――。
アエテリア大陸歴一三一二年、夏。
エクィトゥム王国は、アンティクイランド王国に対して正式に宣戦布告した。
西部国境を越えて進軍するための命令が下される。
フェルゼンハルト公爵軍とグランツェン辺境伯軍を中心とした侵攻軍が編成を完了し、アンティクイランド王国へ向けて動き始めた。
長く続いていた平穏は、終わった。
こうして――。
第一次エクィトゥム・アンティクイ戦争が開戦した。




