第28話 国境視察
今年の学院は、少しだけ騒がしくなりそうだった。
――そう思っていた。
だが。
その騒がしさは、学院の中だけでは終わらなかった。
◆
それからしばらくして。
俺たち三人は、揃って王宮へ呼ばれた。
「国王陛下がお待ちです」
侍従に案内され、俺はルキウス、エドとともに王宮の一室へ入る。
部屋の中には父上のほか、宰相や軍務を担当する重臣たちもいた。
俺は席に着きながら、周囲を見る。
学院の昼休みに呼ばれるような話ではない。
「父上、今日は何の話ですか?」
エドが尋ねる。
「お前たち三人に関係する話だ」
父上はそう答え、机の上に広げられた地図へ目を向けた。
そこにはアンティクイランド王国と、その周辺の国々が描かれている。
「まず、帝国についてだ」
その言葉に、俺は姿勢を正した。
帝国内戦。
ここ数年、帝国では皇帝派と反皇帝派による戦いが続いていた。
だが、その情勢にも大きな変化が訪れている。
「皇帝派が主要地域の大半を掌握した」
父上が淡々と説明する。
「反皇帝派の抵抗も縮小している。今後、大規模な戦闘が続く可能性は低い」
つまり――。
帝国内戦は、皇帝派の勝利によって終結へ向かっている。
俺は地図を見る。
帝国が再び一つにまとまる。
それは、アンティクイランド王国にとっても大きな変化だ。
内戦中は帝国そのものが不安定だった。
だが、皇帝派が勝利すれば話は変わる。
新しい帝国との関係を考えなければならない。
「戦争が終われば、国境の問題も変わる」
父上が続ける。
「交易も戻るだろう。外交上の交渉も増える。国境にいる兵士たちが何を守っているのか、その意味も変わってくる」
「なるほど」
ルキウスが頷く。
その時、一人の貴族が口を開いた。
「陛下。この機会に、王子殿下方へ実際の国境を視察していただくのはいかがでしょうか」
俺はその人物を見る。
第二王子派の有力貴族だ。
「王子方は学院で学ばれております。しかし、国境がどのような場所なのか、周辺国との関係が現地でどのように成り立っているのかを知る機会は、まだ少ない」
別の貴族も続く。
「三人の王子殿下に、それぞれ別の国境を視察していただけば、将来の国政を担う上でも良い経験になるかと」
俺は黙って聞いていた。
提案そのものはもっともだ。
王族として、外国との関係や国境事情を知らないまま成長するわけにはいかない。
むしろ、今まで王宮と学院しか知らなかった俺たちには必要な経験だろう。
父上もすぐには否定しなかった。
「三人それぞれに別の場所を見せる、か」
「はい」
「それなら、同じ視察でも得られる経験は変わるだろう」
父上は地図を見る。
そして、西部へ指を移した。
「レノウィウス」
「はい」
「お前はエクィトゥム王国との西部国境へ行け」
俺は地図を見る。
エクィトゥム王国。
俺たちの王国とは西で国境を接する隣国。
「国境の街、交易路、駐屯軍の施設を見てこい。現地の役人や商人からも話を聞け」
「承知しました」
次に、父上の指が東へ向く。
「ルキウス」
「はい」
「お前は帝国との東部国境だ」
指がセパラーティオ川の上を止まる。
「第二軍団から騎士百名、兵士二百名を同行させる。さらに第一艦隊から五隻を派遣する」
「艦隊まで?」
「セパラーティオ川は水運でも重要だ。帝国との交易や河川警備についても見てこい」
ルキウスは頷いた。
「分かりました」
最後に、父上は北を示す。
「エドリアン」
「はい」
「お前はシルウァニア王国との北部国境へ行け」
エドの目が少し大きくなる。
「第三軍団から騎士五十名、兵士二百名を同行させる」
「分かりました」
エドはしっかりと頷いた。
俺は三人分の派遣兵力を頭の中で整理した。
俺は第一軍団から騎士百、兵士二百。
ルキウスは第二軍団から騎士百、兵士二百。さらに第一艦隊五隻。
エドは第三軍団から騎士五十、兵士二百。
それぞれ、見るものが違う。
西。
東。
北。
「陛下」
宰相が確認する。
「今回の視察は、あくまで王子殿下方の教育を目的としたものとし、外交上の発言については同行する外交官および現地の役人を通す形でよろしいでしょうか」
「そうしてくれ」
父上は頷いた。
「王子だからといって、勝手に国境政策を決めていいわけではない」
俺はその言葉に頷いた。
当然だ。
俺たちはまだ子供だ。
現地へ行くことはできても、外交を勝手に動かせるわけではない。
「ただし」
父上が俺たちを見る。
「現地で見たこと、聞いたことは覚えておけ」
「はい」
「報告書だけでは分からないこともある」
父上の視線が俺たち三人へ順番に向く。
「兵士がどこに配置されているのか。どの街道を商人が使っているのか。国境の民が隣国をどう見ているのか。そうしたものは、実際にその場所へ行かなければ分からない」
「分かりました」
俺が答える。
ルキウスも頷いた。
「はい」
「僕も見てきます」
エドが続く。
そこで父上は、三人を見ながら言った。
「それぞれ別の国境へ行くことになる」
「だが、競争のために行くのではない」
静かな言葉だった。
「三人とも、王子として必要なことを学んでこい」
「はい」
三人の返事が重なる。
◆
御前会議の部屋を出る。
廊下を歩きながら、エドが俺に話しかけた。
「兄上」
「何だ?」
「シルウァニアって、どんな国?」
「俺も詳しくは知らない」
「そうなの?」
「だから行くんだろ」
「ああ、そうか」
エドが納得する。
その隣で、ルキウスはしばらく黙っていた。
「兄上」
「今度は何だ?」
「エクィトゥムとは、普段からそれほど揉めているわけではないですよね」
「少なくとも、帝国ほど緊張してはいない」
「なら、兄上は交易を見るのですね」
「ああ。軍だけ見ても分からないことが多いからな」
ルキウスは少し考えてから頷いた。
「僕は帝国内戦の後を見てきます」
「そうした方がいい」
エドが割り込む。
「じゃあ、僕はシルウァニアで何を見るの?」
「行ってから考えればいい」
「兄上、適当だなあ」
「お前はまず、自分の目で見てこい」
エドが笑う。
「分かった」
三人で廊下を進む。
普段なら学院で別々の派閥に囲まれている。
俺の周囲には第一王子派。
ルキウスには第二王子派。
エドも第一王子派の王族として扱われ始めている。
だが、こうして三人だけになると、ただの兄弟だ。
それでも。
今回の視察が終わった時には、今とは少し違っているかもしれない。
俺はエクィトゥムを見る。
ルキウスは帝国を見る。
エドはシルウァニアを見る。
三人とも違う国境を見て、違うものを学ぶ。
「じゃあ、準備するか」
俺が言う。
ルキウスとエドも頷いた。
こうして――。
三人の王子による、初めての国境視察が決まった。




