第27話 第三王子エドリアン・ゲンス・デイ・アンティクイランド
十二歳になり、三年生へ進級した。
そして今年、王立貴族学院に一人の新入生が加わった。
第三王子、エドリアン。
俺たちは普段、エドと呼んでいる。
これまでエドは王宮で生活していた。
王族としての教育は受けていたが、学院にはまだ入っていなかった。
だが、十歳になった今年から、エドも王立貴族学院へ通うことになった。
俺にとっては弟だ。
そして、第一王子派にとっては――新たな王族が自分たちの側へ加わったことになる。
入学式が終わって数日。
早くも、その影響は現れた。
「エド殿下、こちらへどうぞ」
昼休み。
食堂でエドが席を探していると、一人の男子生徒が声をかけた。
「僕たちと一緒に食べませんか?」
「うん」
エドが頷こうとする。
すると、別の生徒が横から入ってきた。
「エドリアン殿下。こちらの席の方がよろしいでしょう。第二王子殿下の近くです」
エドが首を傾げる。
「ルキウス兄上のところ?」
「はい」
「でも、最初に誘ってくれたのはこっちだよ」
一瞬、空気が止まる。
二人とも笑っている。
だが、笑顔が少し硬い。
「もちろん、どちらでも構いません。ですが、第二王子殿下の近くにいれば、同じ王族として――」
「エドは俺の弟だぞ」
俺が口を挟んだ。
二人の生徒がこちらを見る。
「殿下」
「本人が好きなところで食べればいいだろ」
それだけ言う。
エドを見る。
「どうする?」
「……じゃあ、こっち」
最初に誘ってきた生徒を指差した。
「分かった」
二人目の生徒は一礼した。
「失礼します」
去っていく。
エドは気にした様子もなく食事を始めた。
「……お兄様」
「何だ?」
「どうしてあの人たち、僕を誘ったの?」
「さあな」
俺は答えなかった。
いや。
本当は分かっている。
エド自身が特別変わったことをしたわけではない。
ただ、第三王子という立場に意味がある。
第一王子派の王族が一人増えた。
それだけで、周囲は勝手に意味を付ける。
そんな出来事は、それだけでは終わらなかった。
数日後には、授業の班分けでも似たようなことが起きた。
「エド殿下はこちらの班へ」
「いや、こちらへ」
「教師からは自由に組んでいいと言われています」
「だからこそ、同じ第一王子派で――」
まただ。
本人たちはエドを歓迎しているように見せている。
だが、その実、誰がエドの近くにいるかを競っている。
エド自身は、そんなことを理解していない。
「別にどっちでもいいよ」
エドが言う。
「じゃあ、くじで決めれば?」
その一言で、全員が黙った。
なんともエドらしい。
結局、教師が間に入って公平に決めることになった。
ただ、これで終わりではない。
今度は廊下で、第一王子派と第二王子派の生徒が言い合っていた。
「第三王子殿下を第一王子殿下の側に置くのは当然だろう」
「第三王子殿下は王族だ。どちらかの所有物ではない」
「所有物とは失礼ですね。王族として適切な教育を受けてもらうだけです」
「それなら、なぜ第二王子派の人間ばかりが近づいている?」
「あなた方だって同じでしょう」
どちらも声を荒らげている。
だが、殴り合いになるほどではない。
教師が近づけば、すぐに口を閉じる程度の小競り合いだ。
俺は少し離れたところから、それを見ていた。
今までも、第一王子派と第二王子派の間には小さな衝突があった。
だが今回は違う。
第三王子が入学した。
そのことで、王族が一人増えた。
そして、その王族をどちらが取り込むのかという新しい問題が生まれた。
「兄上」
隣にルキウスが立った。
「何だ?」
「エドリアンのことで、少し騒がしくなっていますね」
「ああ」
ルキウスも廊下を見る。
「僕のところにも、エドを誘ってほしいという話が来ています」
「そうか」
「ですが、エドリアン本人はあまり気にしていないようです」
「それが一番だな」
ルキウスは少し黙った。
「兄上はどうされるんですか?」
「どうもしない」
「どうもしない?」
「エドが自分で付き合う相手を決めればいい」
俺はそう答えた。
「俺が弟の友人まで決めるつもりはない」
ルキウスは俺を見る。
何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。
俺たちが話している間にも、廊下では別の生徒たちがエドの話をしている。
まだ十歳の子供一人。
それでも、王族であるだけで周囲は動く。
俺はそれを見ながら思った。
エドが入学したことで、学院の派閥争いは少しだけ複雑になった。
第一王子派にとっては、自分たちの王族側に新しい柱が増えた。
第二王子派にとっては、そのエドをこちら側へ寄せておきたくない。
だから、小さな誘いが増える。
昼食。
班分け。
休み時間。
それだけのことだ。
けれど、こういう小さな積み重ねが、やがて人間関係になる。
そしてエドが十歳を過ぎ、十一歳、十二歳となった時、その関係がどう残るのかは分からない。
今の俺にできるのは、エドに余計なものを背負わせないことくらいだ。
「エド」
「何?」
「無理に誰かと一緒にいなくてもいいからな」
「分かってるよ」
エドは笑った。
「僕、兄上やルキウス兄上もいるし」
「……そうか」
俺はそれ以上、何も言わなかった。
今年の学院は、少しだけ騒がしくなりそうだった。




