第24話 激化
入学式から数日。
新入生たちも少しずつ学院の生活に慣れ始め、二年生である俺たちも普段通りの授業に戻っていた。
昼休み。
俺はカイと一緒に廊下を歩いていた。カイも今では十四歳、王立貴族学院の四年生だ。
「午後は魔術史でしたね」
「ああ。その後が礼法だったか」
「はい」
「昼休みくらい、授業のことは忘れたいな」
そんな話をしながら角を曲がったところで、前方から数人の生徒が歩いてくるのが見えた。
先頭にいるのはルキウス。
その周囲には、入学式でも彼の近くにいた生徒たちがいる。領地貴族の家の子が多い。
俺たちの後ろにも、第一王子派の生徒が数人いた。
互いに気づいた瞬間、廊下の空気が少し変わった。
誰かが指示したわけではない。
ただ、どちらも自然に足を止めた。
「第一王子殿下」
ルキウスの側にいた男子生徒が頭を下げる。
「お久しぶりです」
「入学式以来だな」
「ええ」
そこまでは普通だった。
だが、相手はそのまま立ち止まっている。
俺の側にいた生徒が口を開いた。
「新入生代表の挨拶も、無事に終わったようで何よりです」
「ええ。おかげさまで」
「かなり大きな拍手でしたね」
「第二王子殿下ですから」
さらりと返される。
すると、こちらの生徒が笑った。
「領地貴族も法衣貴族も、随分と熱心でしたね」
「支持している王子が代表を務めるのですから、自然なことでしょう」
「そうですか」
一拍。
「去年の第一王子殿下の時とは、随分違いましたけどね」
今度は向こうの表情が変わった。
「それは、現在の勢力を考えれば仕方がないでしょう」
「現在の勢力?」
「ええ。領地貴族の大半が第二王子派ですから」
言葉遣いは丁寧だ。
だが、完全に探り合っている。
俺は口を挟まず、二つの集団を眺めていた。
入学式の時に見た光景と同じだった。
ルキウスが挨拶を終えた時、多くの生徒が拍手をした。
その中には、領地貴族の子弟も法衣貴族の子弟も多かった。
こちら側より、明らかに人数が多い。
それ自体は今さら驚くことではない。
領地貴族のおよそ九割五分が第二王子派。
法衣貴族も約六割が第二王子派。
王国の貴族社会で見れば、圧倒的な差だ。
一方、第一王子派の後ろ盾は小さい。
俺を支持する領地貴族もいる。
法衣貴族もいる。
だが、数では到底及ばない。
それでも――。
俺自身の能力については、父上や周囲の大人たちから、それなりの評価を受けている。
魔法も。
剣も。
学問も。
少なくとも、現時点で大きく後れを取っているつもりはない。
対してルキウスは、まだ学院に入学したばかりだ。
入学式の挨拶は無難だった。
悪くはない。
だが、特別に優れたものでもなかった。
少なくとも、あの短い挨拶だけで人を惹きつけるようなものではない。
それでも、拍手は大きかった。
本人の能力とは別に、後ろについている家が多いからだ。
そこでようやく、俺は客観的に理解した。
今の俺とルキウスの差は、単純な能力の差ではない。
俺は、支持基盤が小さい代わりに、自分自身の能力を武器にしている。
ルキウスは、本人の評価がまだ定まっていない一方で、巨大な貴族勢力を背負っている。
どちらが王位に近いか。
それだけなら、今の時点では簡単には決められない。
むしろ、貴族社会だけを見ればルキウスの方が圧倒的に有利だ。
学院にいる生徒の多くも、その影響を受けている。
「それにしても」
こちらの生徒が続けた。
「これだけ支持する家が多いのなら、第二王子殿下は安心でしょうね」
「ええ」
向こうの生徒が答える。
「第一王子殿下ほど、ご本人が頑張らなくても支えてくれる方は多いでしょうから」
嫌味だった。
今度はこちらの生徒の顔が険しくなる。
だが――。
「やめろ」
俺が口を挟んだ。
全員がこちらを見る。
「昼休みだ。くだらない言い合いで時間を使うな」
俺の側の生徒が黙る。
向こうも、それ以上は言わなかった。
俺はルキウスを見る。
本人は何も言わない。
ただ、こちらを静かに見ている。
敵意があるのか。
何も感じていないのか。
まだ分からない。
少なくとも、今日のところは取り巻き同士の言い合いに本人が割って入ることはなかった。
「失礼します」
ルキウスの側の生徒が一礼する。
「ああ」
俺も短く返す。
俺たちはそれぞれ別の方向へ歩き始めた。
◆
廊下を離れてから、カイが口を開いた。
「随分と早いですね」
「ああ」
「今後も増えそうです」
「だろうな」
俺は歩きながら考える。
入学したばかりの十歳と十一歳。
本来なら、もっと単純な関係でもいい。
だが王子である以上、それは難しい。
俺とルキウスが何をするにしても、それを自分たちの支持する側から見る人間がいる。
俺が成績を上げれば第一王子派が喜ぶ。
ルキウスが成果を出せば第二王子派が喜ぶ。
逆に、どちらかが失敗すれば反対側がそれを材料にする。
本人たちが望むかどうかは関係ない。
すでに周囲がそういう見方を始めている。
「殿下」
「何だ?」
「勝てると思いますか?」
俺は少し考えてから答えた。
「分からない」
今の俺には、ルキウスより優れていると思える部分がある。
だが、王位争いは能力だけで決まるものではない。
支持する家。
王宮での立場。
これまでの人間関係。
そして、これから何を積み上げるか。
全部を見なければならない。
「ただ」
俺は前を向いた。
「相手の方が支持されているからって、俺まで焦る必要はないだろ」
「……そうですね」
「俺は俺で、やることをやる」
それでいい。
今の時点で、第二王子派の勢力が大きいことは事実だ。
そして、俺自身の後ろ盾が小さいことも事実。
だからこそ、自分の能力を伸ばす必要がある。
それに、今はまだ十一歳だ。
王位を決める時期でもない。
「まずは学院生活だ」
「はい」
俺たちは教室へ戻った。
廊下では、まだ何人かが小声で話している。
今年の学院では、俺とルキウスの周囲に生徒が集まり始めている。
俺自身が優れているから俺の側に来る者。
家の都合で来る者。
第二王子だからルキウスの側にいる者。
今のところは、それくらいしか分からない。
なら、焦って答えを出す必要もない。
時間をかけて見ればいい。
今年、俺は十一歳。
ルキウスは十歳。
二人とも、まだ成長の途中だ。
そして――。
それを取り巻く貴族たちも、まだ子供だ。
今後どう変わっていくかは、まだ誰にも分からない。
俺は教室の扉を開けた。
少なくとも今日のところは、これで十分だった。




