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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第2章 巡り合うには遠すぎて
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第19話 秋の行事

夏休みが終わり、王立貴族学院での二学期が始まった。


 久しぶりに見る教室は、夏休み前とほとんど変わっていない。


 だが、生徒たちの顔つきは少し違っていた。


 長い休暇を終え、それぞれの領地や家へ戻っていた者たちが再び集まっている。久しぶりに顔を合わせた友人同士で話す者もいれば、夏休みの間に新しく作られた人間関係を持ち込んでいる者もいる。


 俺も席に着き、周囲を見渡した。


 そして、教壇へ上がったのはセドリックだった。


 学院の教師の一人であり、以前は俺の家庭教師をやっていた。


「さて、夏季休暇も終わった。今日から二学期だ」


 セドリックは教壇の上から俺たちを見渡す。


「そして、二学期には学院の恒例行事が二つある」


 教室が少しざわつく。


「一つは男子生徒が参加する学院狩猟大会。もう一つは女子生徒が参加する学院園遊会だ」


 その言葉に、男子生徒と女子生徒の反応がそれぞれ変わった。


 男子側からは、「狩猟大会か」という声が上がる。


 女子側からは、園遊会について話しているらしい小さな声がいくつか聞こえてきた。


「この二つは、単なる娯楽ではない」


 セドリックがそう言った瞬間、教室が少し静かになる。


「王立貴族学院は、次代の王国を担う貴族を育成する場所だ。そのため、授業だけではなく、社交や実践の場も教育の一部として用意されている」


 俺は机に肘を置きながら聞く。


「まず、男子生徒の学院狩猟大会から説明しよう」


 セドリックが黒板へ向かう。


「学院狩猟大会は、王都から離れた中東部にある王家直轄の森林で行われる。大会の時期になると、男子生徒たちは教師や騎士に引率され、専用の隊列を組んで狩猟場へ向かう」


 黒板にいくつかの項目が書かれていく。


「もちろん、成人貴族が参加する狩猟大会とは違う。生徒の年齢に合わせて狩猟区域を区分し、教師と騎士が安全を管理する教育行事だ」


「学年ごとに場所が違うんですか?」


 男子生徒の一人が尋ねる。


「正確には、狩猟区域と対象になる獲物の危険度を学年ごとに分ける。十歳の一年生が、上級生と同じ条件で狩るわけではない」


 それなら、俺たち一年生がいきなり大型獣を相手にするような無茶はしないわけだ。


「評価されるのは、単純な獲物の数ではない。追跡、射撃、実際の狩猟、そして共同狩猟。総合的な能力を見る」


「共同狩猟?」


「二人から数人で組んで獲物を追う。誰が先頭に立つのか。誰が周囲を見るのか。誰が指示を出すのか。重要なのは、個人の武勇だけではない」


 セドリックはそう答えた。


「狩猟は一人で完結するものではない。特に貴族として領地や軍を治める立場になれば、他者と協力する能力は必須になる」


 なるほど。


 単純に強い奴を決める大会ではないらしい。


「表彰もある。総合成績のほか、狩猟技能、射撃、追跡、共同狩猟など、それぞれの分野で優秀な者が選ばれる」


「殿下は優勝するんですか?」


 どこからか声が飛んできた。


「俺に聞くな」


 思わずそう返す。


 教室から笑いが起こる。


 セドリックも少し笑った。


「まあ、第一王子殿下が参加する以上、注目されるでしょうな」


「余計なことを言うな」


「事実です」


 セドリックは平然と続ける。


「ただし、狩猟大会で重要なのは順位だけではない。誰と組むのか。誰の指示に従うのか。誰と協力できるのか。それも他の生徒や教師は見ています」


 俺は少しだけ目を細めた。


 なるほど。


 狩猟大会そのものが、ある意味で派閥形成の場にもなるということか。


 誰と組んだか。


 誰を信頼したか。


 誰から信頼されたか。


 そうしたものが、五年間の学院生活にも影響する。


「そして、男子諸君」


 セドリックが教室を見渡す。


「狩猟大会だからといって、勝手に勇気を競うな。教師や騎士の指示には必ず従うこと。指定された区域以外へ立ち入ることは禁止。独断で獲物を追うことも認めない」


「分かりました!」


 何人かが元気に返事をする。


 ……まあ。


 実際に始まったら、何人かは無茶をしそうだ。


 俺はそんなことを考えていた。


 セドリックは黒板の右側に新しい項目を書いた。


「次に、女子生徒の学院園遊会だ」


 男子側の空気が少し落ち着く。


 一方、女子生徒たちは興味深そうに教壇を見ている。


「学院園遊会は、学院の大庭園を使用して行う女子生徒中心の社交行事だ。目的は、教養、社交、芸術、そして貴族女性として必要な振る舞いを学ぶこと」


「女子生徒中心?」


 女子生徒の一人が聞く。


「原則として女子生徒のみが参加する。男子生徒は参加しない」


 これには男子側から少し笑い声が上がった。


「今年も男子は禁止ですか?」


「当然だ」


 セドリックが即答する。


「男子が参加すれば、それは別の意味で社交になってしまうからな」


 教室が笑いに包まれた。


「内容は、午前の庭園散策、茶会、教養披露、花の展示などが中心になる」


 セドリックは項目を一つずつ説明していく。


「庭園散策では、他家の令嬢との交流。茶会では家格や年齢を考慮した席につく。音楽、詩、絵画、刺繍、花の装飾など、自分の得意分野を披露する場もある」


 女子生徒たちの間から、小さな歓声が上がった。


「さらに、領地の特色を出した展示も行う。花、織物、香料、工芸品など、各家が持つものを紹介してよい」


 ここまで聞くと、単なるお茶会ではない。


「最後には小規模な舞踏会も予定されている。こちらも女子生徒のみだ」


 男子側から、「へえ」という声が漏れる。


「ただし、覚えておくように」


 セドリックの声が少しだけ低くなる。


「この学院園遊会も、単なる遊びではない」


 その言葉に、全員が静かになった。


「誰と誰が親しくしているのか。どの家の令嬢とどの家の令嬢が交流を深めているのか。どの家の者がどの家の者を気に入っているのか。そうしたことは、必ず家へ伝わる」


 つまり。


 男子の狩猟大会とは別の形で、女子側でも人間関係ができる。


「男子が狩猟を通じて友人や戦友を作るように、女子は茶会や芸術、社交を通じて人間関係を作る。将来、家同士の婚姻や友好関係が生まれることもあるだろう」


 俺は黙って聞いていた。


「したがって、男子と女子で行事を分けてはいるが、学院として見ているものは同じだ」


 セドリックは教室を見渡した。


「君たちがどのような人間関係を築き、どのような貴族になるのか。それを学ぶための行事でもある」


 なるほど。


 狩猟大会は男子の社交。


 園遊会は女子の社交。


 一見するとまったく違う。


 だが、その本質は同じだ。


 未来の貴族たちが、人間関係を作る。


 誰を信頼するのか。


 誰と協力するのか。


 誰と距離を置くのか。


 そして――誰と家同士の繋がりを作るのか。


 セドリックが最後に黒板へ二つの言葉を書いた。


 学院狩猟大会。


 学院園遊会。


「これが、二学期の大きな行事だ」


 そう言って、セドリックはチョークを置いた。


「準備は今日から始まる。男子は狩猟大会に向けて装備と体調を整えろ。女子は園遊会の役割分担に入ってもらう」


 教室が再びざわつき始める。


「そして――」


 セドリックが最後に俺を見る。


「第一王子殿下には、どちらも関係することがあるでしょうな」


「……どういう意味だ?」


「第一王女殿下がおられますから」


 なるほど。


 俺の妹、サナは女子側の園遊会に参加する。


 俺は男子側の狩猟大会。


 同じ学院に通っていても、秋の大きな行事では別々の場所に立つことになる。


「まあ、いい」


 俺は背もたれに寄りかかった。


 夏休みは終わった。


 海から帰ってきて、また学院の日々が始まる。


 今度は――。


 男子は狩猟。


 女子は園遊会。


 それぞれの場所で、新しい人間関係が生まれる。


 その舞台は、王立貴族学院の中だけではない。


 男子たちは中東部の王家直轄森林へ。


 女子たちは学院の大庭園へ。


 それぞれの場所で、秋の社交が始まろうとしていた。

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