第14話 武術大会前編
夏になった。
王立貴族学院第一学年、夏季武術大会の日。
今年の舞台は学院ではない。
王都にある王立闘技場。
王家が管理する巨大な闘技施設であり、普段から武術競技や公開演武などに使用されている。今日は学院生の大会でありながら一般公開もされているため、朝から王都中から観客が集まり、闘技場周辺には屋台まで並んでいた。
一見すれば、祭りだ。
だが、俺にはそう見えない。
第一学年で武術の心得がある者は二十人。
第一王子派が六人。
第二王子派が十四人。
さらに第二王子派には、武術の名門ガイウシア子爵家長男、コリウス・デイ・ガイウシア。
軍事貴族エクウス伯爵家三男、ユーザ・デイ・エクウス。
そして、俺との因縁ができているガルディシア伯爵家次男、アウルス・ガルディシア。
対して第一王子派は、俺とエリシアが中心。
数字だけなら明らかに不利だ。
だからこそ、この大会は単なる学院行事ではない。
どちらの派閥から優勝者が出るのか。
その結果が、そのまま学院内での両派閥の威信に繋がる。
俺は控室から闘技場を眺めた。
円形の観客席。
中央に設けられた試合場。
その周囲には、防護結界が幾重にも張られている。
観客席には学院関係者だけではない。
貴族。
商人。
平民。
王都中の人間がいる。
十歳程度の子供が戦うだけの大会にしては、随分と大げさだ。
「殿下」
カイが声をかけてくる。
「そろそろ出場者の集合時刻です」
「ああ」
俺は剣の柄を握った。
大会では基本的に身体強化と武具強化の使用が認められている。
さらに上級身体強化と上級武具強化も使用可能。
ただし、強力な分だけ消耗も大きい。
そして、もう一つ。
威圧魔法。
これは全員が使用可能だ。
魔力の色は、俺を除けば水色。
俺だけが碧色の魔力を持っている。
だが、色そのものに優劣があるわけではない。
威圧の強さを決めるのは、魔力量と制御力。
だから水色の魔力を持つコリウスが、俺の碧色の魔力より強い威圧を放つこともあり得る。
俺はそれを理解している。
俺が特別な魔力を持っているからといって、勝手に勝てるわけではない。
「殿下!」
振り返る。
エリシアだった。
赤髪に碧眼。
大会用の装備を身につけている。
そして――。
「……観客、多すぎません?」
「そうだな」
「無理です……」
「戦うのは平気だろう」
「戦うのは平気です!」
「なら問題ない」
「でも、見られるのは怖いです!」
「……」
そこは相変わらずらしい。
「まあ、試合が始まれば気にならなくなるだろう」
「そうですね……」
少し沈黙。
エリシアが剣を見る。
そして――。
「ひゃっはー」
「まだ試合前だぞ」
「すみません」
大会が始まった。
最初の試合では、第二王子派の少年が身体強化と武具強化を使って勝利した。
続く試合では、第一王子派の騎士家令息が敗れた。
その次も第二王子派。
また第二王子派。
数字通り、序盤から第二王子派が優勢だった。
そして――エリシアの番が来た。
「第一王子派、エリシア・フェルディナン!」
観客席から拍手。
エリシアが試合場へ上がる。
相手は第二王子派の騎士家令息。
「始め!」
二人の身体から水色の魔力が溢れ出す。
威圧魔法がぶつかり合う。
エリシアの威圧は強い。
だが、相手も同程度の魔力量を持っている。
どちらも決定的な優位を取れない。
「……」
エリシアが一歩下がった。
相手が踏み込む。
身体強化。
武具強化。
剣がぶつかる。
ガキィン!
二人とも一歩下がる。
再び踏み込む。
エリシアは強い。
だが、相手も強い。
しばらくの攻防の末――。
「そこ!」
エリシアが一瞬の隙を見つけた。
踏み込む。
剣を弾く。
「勝負あり!」
観客が沸いた。
エリシアは剣を下ろした。
「……勝った」
そして、小さく笑う。
「ひゃっはー」
観客席から笑いが起きた。
本人は少し恥ずかしそうに俯いた。
俺の初戦も始まった。
対戦相手は第二王子派の男爵家令息。
相手は開始と同時に威圧を放った。
水色の魔力が広がる。
俺も碧色の魔力を展開する。
正面からぶつかる。
……強い。
思ったよりも。
俺の威圧が押しているとはいえ、完全に圧倒できるほどではない。
その隙に相手が踏み込む。
身体強化。
武具強化。
剣が迫る。
俺は受け流す。
だが、相手の次の一撃が速い。
肩を掠めた。
「……」
観客席からどよめき。
俺自身も少し驚いた。
同年代でも、こういう人間がいるのか。
俺は剣を握り直した。
ここで無駄に力を使う必要はない。
相手がもう一度踏み込む。
俺も踏み込んだ。
互いの剣がぶつかる。
相手の武器を弾く。
そのまま肩へ一撃。
「勝負あり!」
辛勝だった。
試合場を降りる。
カイが近づいてくる。
「お怪我は?」
「掠っただけだ」
「かなり苦戦されましたね」
「そうだな」
俺は素直に認めた。
俺が強い。
それは確かだ。
だが――無敵ではない。
大会が進むにつれ、第一王子派の人数が減っていく。
六人いた第一王子派は、次第に俺とエリシアだけになった。
一方で第二王子派は、人数を維持しながら勝ち上がっている。
その中でも、観客の注目を集めていたのがコリウスとユーザだった。
コリウスは、冷静だった。
必要以上に威圧を使わない。
相手の動きを見て、隙を見つけて、確実に仕留める。
ユーザはそれとは違う。
相手の攻撃を受けながら押し返し、力と速度で試合を支配していく。
そしてアウルス。
エリシアに敗れた経験があるからか、以前よりも慎重だった。
俺は三人の試合を全て見ていた。
コリウスは技術が高い。
ユーザは身体能力が高い。
アウルスは以前より冷静になっている。
誰が勝ち上がってきても厄介だ。
準々決勝。
俺の相手は、第二王子派の子爵家令息だった。
開始と同時に、相手が威圧を放つ。
強い。
俺の碧色の威圧と互角に近い。
「……」
俺は一段階魔力を増やす。
相手の足が一瞬止まる。
その隙に身体強化。
踏み込む。
だが、相手も強い。
剣で受けられた。
二度。
三度。
四度。
やがて俺の呼吸が少しずつ乱れる。
上級身体強化を使えば勝てる。
だが、まだ使う必要はない。
俺は相手の癖を探す。
――右足が僅かに遅れる。
そこだ。
一撃。
二撃。
三撃。
相手の剣が弾かれた。
「勝負あり!」
勝った。
だが、楽ではなかった。
俺は息を整えながら試合場を降りた。
そしてエリシア。
相手は第二王子派の子爵家令息。
「……怖いです」
試合前から震えている。
「なら帰るか?」
「嫌です」
「なぜ?」
「せっかくここまで来たので」
開始。
威圧がぶつかる。
相手のほうが僅かに強い。
エリシアの動きが一瞬鈍る。
そこへ攻撃。
エリシアが受ける。
「くっ……!」
二撃目。
三撃目。
後退する。
だが――。
「……」
エリシアが笑った。
「ここからですね」
次の瞬間。
「ひゃっはぁぁぁ!」
一気に前へ出る。
身体強化。
武具強化。
剣が激しくぶつかる。
相手が押される。
だが、エリシアも無傷ではない。
腕を掠める。
「痛っ!」
「だったら下がれ!」
「嫌です!」
「何でだ!」
「ここからが楽しいので!」
……本当に戦闘になると人格が変わる。
最後はエリシアが相手の剣を弾き飛ばした。
「勝負あり!」
これで準決勝進出。
第一王子派は二人。
第二王子派も二人。
準決勝。
俺の相手はユーザ・デイ・エクウス。
俺たちの威圧がぶつかった瞬間、俺は少し驚いた。
強い。
魔力量だけなら、俺が上。
だが、ユーザは威圧の使い方が巧い。
魔力を一点に集中させ、俺の動きを削ってくる。
身体強化。
武具強化。
剣が交わる。
一撃。
二撃。
三撃。
力では俺が勝っている。
だが、技術では向こうも負けていない。
長い攻防。
俺の呼吸が乱れる。
ユーザも苦しそうだ。
ここで決める。
俺は上級身体強化を発動した。
碧色の魔力が一段階濃くなる。
身体が軽くなった。
ユーザの目が見開かれる。
「……まだ上があるのか」
俺は答えない。
上級武具強化。
一撃。
受けられる。
二撃。
弾かれる。
三撃目。
ユーザの剣が落ちた。
「勝負あり!」
俺は息を整えた。
勝った。
だが――。
疲労が重い。
上級強化は強い。
その代わり、消費も大きい。
このまま決勝を戦えるか。
それが問題だった。
反対側では、エリシアとコリウスが戦っていた。
二人の威圧がぶつかる。
水色と水色。
魔力の色だけでは差が分からない。
だが、魔力量はコリウスが僅かに上だった。
エリシアが押される。
それでも前へ出る。
「ひゃっはぁぁぁ!」
「……」
コリウスは冷静に受ける。
一撃。
二撃。
三撃。
エリシアは攻め続ける。
だが、コリウスは無理に勝負しない。
攻撃を流す。
受ける。
距離を取る。
そして――。
エリシアが大振りになった瞬間。
「そこだ」
剣が弾かれた。
「勝負あり!」
エリシアはその場に立ち尽くした。
「……負けた」
悔しそうだ。
だが――。
「楽しかったです」
コリウスが僅かに笑う。
「こちらもです」
エリシアは満足そうだった。
その後ろ姿を見ながら、俺は思った。
十分だ。
エリシアはよく戦った。




