第6話 夕食会2 第ニ王妃ヴィクトリア・ゲンス・デイ・アンティクイランド
この第二王妃のおかげで無双気味の主人公が5歳で絶望します。いえぃぃぃぃぃぃ!
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第二王妃ヴィクトリア・ゲンス・デイ・アンティクイランドは、すでに決意していた。
自分の息子――第二王子ルキウス・ゲンス・デイ・アンティクイランドを、必ず王太子にする。
そのためならば、何でもする。
実際。
本気で動けば、第二王子に王太子の座を転がり込ませることは、決して不可能ではない。
なぜなら――彼女の実家は、ガルディシア伯爵家。
大陸有数の交通の要衝である海峡を押さえる、巨大な権力を持つ家だからだ。
海峡の南側には、砂漠の大国カヴィーレスターン・スルタン国。
北側には、アンティクイランド王国。
両国を結ぶこの海峡は、アンティクイランドにとって極めて重要な交易路だった。
そして、カヴィーレスターンとの交渉を一手に担っているのが、ガルディシア伯爵家である。
その権力は――計り知れない。
海峡の関税収入は、両国で半分ずつ分配される。
さらにアンティクイランド側へ入った関税収入は、王家とガルディシア伯爵家で折半される。
その収入が王家の年間収入に占める割合は――実に二一・六一パーセント。
莫大な金だ。
つまり。
ガルディシア伯爵家が本気で動けば――
その財力と影響力によって、領地貴族から法衣貴族まで、王国中の貴族を取り込むことすら不可能ではない。
だからこそ。
この王位継承争いには――
絶対に勝たなければならない。
第二王子ルキウスを、王太子に。
そして、最終的には国王に。
そうしなければならない理由もある。
――灼熱の竜。
その存在によって、この国は滅びへ向かう。
その未来を防ぐためにも。
第二王妃は、決して負けるわけにはいかなかった。
そんな彼女にとって、最大の障害となるのが――
第一王子レノウィウスを擁立する第一王子派。
そしてもう一つ。
王弟カシウス率いる王弟派。
「…………」
第二王妃は、対面に座る男へ視線を向ける。
王弟。
宰相。
カシウス・ゲンス・デイ・アンティクイランド。
その瞬間。
カシウスと目が合った。
ほんの一瞬。
互いに何も言わない。
第二王妃は、僅かに目を細め――すぐに視線を逸らした。
……やはり。
王弟宰相も、第一王子を警戒している。
当然だ。
王位継承争いにおいて、神輿の質は重要だ。
担ぐ人間が同じならば、より優れた王子を掲げた派閥のほうが強い。
――だからこそ。
今日。
第一王子レノウィウスを、この目で見極める。
三歳の幼子。
まだ何も知らない。
まだ何もできない。
そうであれば――
扱いやすい。
傀儡にすることもできる。
少なくとも、そうであってほしい。
第二王妃がそう考えていた、そのとき。
――扉が開いた。
彼女は自然とそちらへ視線を向けた。
最初に見えたのは、小さな靴だった。
そして――
その後ろから、一人の幼子が姿を現した。
第二王妃の目が、ほんの僅かに見開かれる。
第一王子。
レノウィウス・ゲンス・デイ・アンティクイランド。
今年で三歳。
まだ幼児と呼ぶべき年齢。
なのに――
「…………」
何だろう。
この違和感は。
雪とも銀ともつかない、淡いプラチナ色の髪。
白い肌。
そして――瞳。
海のような深い青ではない。
宝石のように均一な色でもない。
澄み切った泉の底を思わせる、静かな碧。
美しい。
それが、最初に抱いた感想だった。
思わず息を止めるほどに。
だが――
美しいだけではない。
幼子が、こちらへ歩いてくる。
足取りはまだ少し不安定だ。
それでも。
その目だけは――妙に落ち着いていた。
第二王妃は、無意識にその視線を追う。
侍従。
近衛兵。
座席。
父親。
そして――
自分。
レノウィウスは、周囲を見回している。
ただ眺めているのではない。
一つ一つを確かめるように。
誰がどこにいるのか。
誰が誰の側にいるのか。
まるで――
この場そのものを把握しようとしているかのように。
「…………」
第二王妃の胸の奥に、小さな引っ掛かりが生まれた。
三歳児なら。
母親の姿を探すのではないか。
父親を見つければ、喜ぶのではないか。
食事の席に目を輝かせるのではないか。
なのに。
この子は違う。
周囲を見ている。
人を見ている。
位置を見ている。
そして――
自分を見ている。
「……何を見ているの?」
思わず、心の中で呟く。
その瞬間。
「レノウィウス」
国王の声が響いた。
幼子が足を止める。
そして――
「はい、父上」
第二王妃の眉が、僅かに動いた。
……三歳?
今の返事は、あまりにも落ち着きすぎている。
もちろん。
王族として教育されているのだろう。
第一王子なのだから、それくらい当然なのかもしれない。
そう。
そうに決まっている。
第二王妃は、自分に言い聞かせる。
まだ三歳。
まだ幼子。
まだ――
そんな彼女の思考を遮るように。
レノウィウスが席へ向かって歩き始めた。
そして。
その途中で――
一瞬だけ。
こちらを見た。
目が合う。
泉のような碧い瞳。
静かで。
澄んでいて。
何も知らない幼子の目。
……のはずだった。
第二王妃は、奇妙な感覚に襲われた。
見られている。
違う。
子供に見られているのではない。
――観察されている。
そう感じた。
「…………」
背中を、冷たいものが走る。
だが。
第二王妃は笑った。
王妃として完璧な笑顔を浮かべる。
「まあ、レノウィウス殿下。大きくなられましたね」
「ありがとうございます」
それだけ。
余計なことは言わない。
けれど、礼を欠いてもいない。
完璧な返答。
第二王妃の笑顔が、ほんの僅かに固まった。
――おかしい。
この子は。
本当に三歳なの?
彼女はレノウィウスの背中を見つめた。
幼い。
小さい。
まだ何も知らないはずの身体。
なのに。
その背中から感じるものは――幼さではなかった。
冷静さ。
いや。
もっと別の何か。
もし、この冷静さが。
年齢を重ねることで――
知性に変わったら。
もし、その知性が――
政治を理解するようになったら。
もし。
この子が自分の置かれた立場を理解し。
自分の敵と味方を理解し。
そして――
王位を欲したなら。
第二王妃は、無意識に指先へ力を込めた。
「…………」
違う。
考えすぎだ。
まだ三歳。
まだ幼児。
今なら、どうとでもなる。
神輿にすればいい。
第一王子という血筋だけを利用して、こちらの都合のいい王に育てればいい。
そう。
そうすれば――
「…………」
なのに。
胸の奥に棲みついた違和感は、消えてくれなかった。
むしろ。
大きくなる。
この子は――
神輿ではない。
傀儡でもない。
そして。
ただの幼児でもない。
第二王妃の生存本能が、警鐘を鳴らしていた。
理屈ではない。
政治家としての判断でもない。
母親としての勘ですらない。
もっと原始的な。
生き物としての本能。
――こいつを殺せ
そう告げている。
第二王妃は、もう一度レノウィウスを見る。
小さな背中。
小さな身体。
そして、あの泉のような瞳。
「…………」
違う。
あれは――
神輿ではない。
傀儡でもない。
幼児でもない。
ならば。
いったい、何なのか。
答えは一つだった。
第二王妃は、誰にも悟られないように微笑みながら――
胸の奥で、その名を呼んだ。
――敵。
そう。
この子は。
私たちの――
敵だ。
こうして第二王妃は動き出す。この氷雪の女神に祝福された民を、灼熱竜の僕にするために。
氷と炎は両立できないのだから。
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