第10話 強敵
フェルディナン騎士家が第一王子派へ移った。
派閥として見れば、小さな変化だ。
騎士家一つ。
それだけで王宮の勢力図がひっくり返るわけではない。
それでも、俺にとっては意味があった。
これまで俺は、第一王子派へ加わってくれる家を探してきた。
だが、自分から貴族家を動かせたことはほとんどない。
今回も、俺がしたことは選択肢を示しただけだ。
それでも、結果として一つの家がこちらへ来た。
「……まあ、悪くない」
そう考えていた頃だった。
学院では、夏の武術大会に向けた話題が少しずつ増えていた。
ある日の昼休み。
俺が食堂へ向かっていると、いつもより妙に生徒たちがざわついている。
「来たらしいぞ」
「今年の第二王子派の……?」
「ガイウシア子爵家の長男だろ?」
「それと、エクウス伯爵家の三男も一緒らしい」
そんな声が聞こえてきた。
俺は足を止めた。
ガイウシア子爵家。
エクウス伯爵家。
どちらも知っている家だ。
だが、その子供たちについてはまだ会ったことがない。
何の話かと思いながら、廊下の先へ目を向ける。
そこに、二人の少年がいた。
一人目は、黒髪の少年だった。
十歳にしては落ち着いた雰囲気を持ち、背筋も伸びている。
派手な装飾はない。
だが、歩き方からして明らかに武術を身につけている。
周囲の視線を気にする様子もなく、一定の歩調でこちらへ近づいてくる。
「コリウス・デイ・ガイウシア」
誰かが名前を口にした。
対エクィトゥム王国国境に領地を持つガイウシア子爵家。
これまで何度もエクィトゥム王国の侵攻を退けてきた武門の家。
その長男。
――なるほど。
見るからに武人だ。
そして、その隣にいた少年は対照的だった。
明るい色の髪に、どこか人懐っこそうな表情。
一見すると武人には見えない。
だが、腰には剣がある。
「ユーザ・デイ・エクウス」
こちらも周囲が名前を口にする。
エクウス伯爵家三男。
北部の有力軍事貴族。
その家は、軍事国家として知られるシルウァニア王国を北方から牽制する役割も担っている。
この二人が――。
第二王子派。
そして、武術大会の有力候補。
俺は静かに二人を観察した。
コリウスは、俺たちのいる方向へ視線を向けた。
一瞬だけ、目が合う。
「……」
向こうもこちらを見ている。
その視線には、敵意というほど強いものはない。
ただ、こちらを評価しているような目だった。
一方、ユーザはこちらを見て――。
「あれが第一王子殿下か」
と、隣のコリウスへ話しかけた。
「そうらしい」
コリウスが答える。
「武術大会、出るんだろうな」
「おそらく」
「じゃあ、今年は面白そうだ」
ユーザが笑う。
その会話が、妙に耳に残った。
俺は少しだけ目を細める。
どうやら、向こうも俺を意識しているらしい。
そして。
後ろから声がした。
「殿下!」
振り返る。
エリシアだった。
「あ……」
彼女は二人を見ると、ほんの少しだけ顔を強張らせた。
「どうした?」
「あの二人……」
「知っているのか?」
「はい。ガイウシア子爵家のコリウス様と、エクウス伯爵家のユーザ様です」
「そうか」
俺は再び二人を見る。
夏の武術大会。
第一王子派には俺とエリシア。
第二王子派には――。
今年、初めてこの二人が姿を現した。
戦う前から、なんとなく分かる。
簡単な大会にはならない。
コリウスは、見るからに鍛えられている。
ユーザも、ただの貴族令息には見えない。
俺はエリシアを見る。
「……どう思う?」
「強そうです」
即答だった。
「勝てそうか?」
「……」
エリシアは二人を見つめる。
そして――。
碧い瞳が、少しだけ輝いた。
「戦ってみたいです」
「……そうか」
やはりそうなるか。
俺は小さく息を吐いた。
「まだ春だぞ」
「はい」
「大会は夏だ」
「はい」
「なら、それまでに鍛える」
「はい!」
エリシアは嬉しそうに笑った。
その様子を見ていたユーザが、こちらに気づいた。
「あれが噂のフェルディナン嬢か?」
「そうみたいだな」
コリウスが答える。
「ガルディシア伯爵家のアウルスを倒したっていう」
ユーザが少し驚いた顔をする。
「面白いな」
コリウスは淡々と言った。
「……それだけじゃない」
「ん?」
「第一王子殿下の側にいる」
二人がこちらを見る。
俺も二人を見る。
四人の視線が、一瞬だけ交差した。
まだ誰も剣を抜いていない。
まだ大会は始まっていない。
けれど――。
この瞬間、俺は初めて実感した。
今年の武術大会は、思っていたより面白くなりそうだ。
そして同時に。
第一王子派と第二王子派の戦いが、学院の中で少しずつ本格化していくのを感じていた。




