第9話 取り込み
ハーレムものではありません!純愛ものです!
「……」
誰も動かなかった。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように、訓練場が静まり返っている。
最初に口を開いたのは、アウルスだった。
「……おい」
返事はない。
「おい!?」
それでも返事はない。
教師が慌てて駆け寄る。
「フェルディナン嬢! 大丈夫か!?」
「……うぅ」
しばらくして、少女がようやく目を開けた。
「……ここは……?」
「訓練場だ」
「……そうですか……」
少女はぼんやりと天井を見上げ、それからゆっくりと身体を起こした。
そして、目の前にいるアウルスを見た瞬間――。
「ひっ」
飛び上がった。
「す、すみませんでした!」
「そこは謝るのか……」
アウルスが呆れた顔をする。
さっきまで剣を振り回していた少女と同一人物とは思えない。
俺は改めて少女を見た。
赤髪。
碧眼。
気の強そうな顔。
その実態は、正義感だけが強く、戦い以外では極端に気が弱い。
しかも、自分が何をしでかしたのか理解した途端、こうなる。
なかなか面白い人間だ。
「君、名前は?」
「は、はい!」
少女が姿勢を正す。
「エリシア・フェルディナンです。フェルディナン騎士家の長女です!」
「そうか」
フェルディナン騎士家。
聞いたことはある。
代々、騎士を輩出している家だ。
爵位こそ持たないが、騎士家としてはそれなりに名の通った家だったはずだ。
問題は――。
「実家は第二王子派なんだな?」
「……はい」
エリシアの顔が曇る。
「……そう、です」
「今回の件、家にどう説明するつもりだ?」
「…………」
エリシアが固まった。
「……考えてませんでした」
「だろうな」
「で、でも!」
慌てて立ち上がる。
「私、本当にわざとじゃないんです! 廊下でぶつかったのも、その後のことも!」
「それは分かっている」
「本当ですか?」
「ああ。俺も見ていた」
エリシアの表情が少しだけ緩む。
だが、俺は続けた。
「ただし、問題はそこではない」
「……?」
「君は第二王子派の中でも有力なガルディシア伯爵家の次男を、学院内の決闘で打ち負かした」
「……」
「しかも、大勢の学院生が見ていた」
「…………」
エリシアの顔が再び青くなる。
「……私、やっぱり終わりました?」
「まだ終わってはいない」
「まだ……」
「君自身が悪意を持ってやったわけではないからな」
「はい……」
「だが、政治というものは事情より結果が重視されることがある」
エリシアは黙り込む。
俺は少し考えた。
第二王子派からすれば、今回の件は面白くない。
ガルディシア伯爵家の次男が、騎士家の令嬢に敗北した。
しかも、発端は廊下での衝突。
アウルス自身が決闘を持ちかけている以上、一方的にエリシアを責めることも難しい。
だからこそ、第二王子派は動きにくい。
だが――。
フェルディナン騎士家にとっては違う。
このまま第二王子派に残れば、ガルディシア伯爵家との関係が悪化する可能性がある。
つまり。
俺はエリシアを見る。
思いがけないところに、入口ができた。
「エリシア」
「はい」
「君の家は、これからも第二王子派に残るつもりか?」
「……分かりません」
正直な答えだった。
「なら、君が今日のことを家へ報告しろ」
「私が……?」
「ああ。最初から最後まで、全部だ」
「廊下でぶつかったところから……?」
「そうだ」
「決闘まで?」
「当然だ」
「……ひゃっはーってなったところも?」
「そこも含めろ」
「…………」
エリシアが顔を覆った。
「そこだけは伏せたいです……」
「無理だろう」
「ですよね……」
俺は少しだけ呆れた。
だが、ここで終わらせるつもりはない。
「そして、そのうえでフェルディナン騎士家に一つ提案するといい」
「提案?」
「第二王子派から離れることを」
「……え?」
エリシアが顔を上げる。
俺は淡々と続けた。
「今回の件は、君個人の問題ではない。君の家が第二王子派に所属しているからこそ、ここまで大きくなる」
「……」
「ならば、それを機に派閥を変えればいい」
「第一王子派に?」
「ああ」
エリシアは目を丸くした。
「でも……そんなことをして大丈夫なんですか?」
「それを決めるのは君ではない。君の実家だ」
「……」
「君は事実を説明し、そのうえで選択肢を示すだけでいい」
エリシアはしばらく黙っていた。
そして、おそるおそる尋ねる。
「……殿下は、本当に私たちを受け入れてくださるんですか?」
「フェルディナン騎士家が第一王子派へ加わるというのなら、歓迎する」
「……」
「ただし、一つ条件がある」
エリシアが身構える。
「な、何でしょう?」
「俺の派閥に入ったからといって、今後、気に入らない奴をすぐ決闘で斬り飛ばすのは禁止だ」
「…………」
エリシアが視線を逸らす。
「……努力します」
「努力ではなく、守ってくれ」
「はい……」
その返事を聞いたところで、横からアウルスが口を開いた。
「おい」
「何だ?」
「勝手に話を進めるな」
「勝手にではない」
俺はアウルスを見る。
「今回の件について、お前に彼女を罰する理由はないだろう」
「……」
アウルスは黙り込む。
確かにそうだ。
怒って決闘を申し込んだのはアウルス自身だ。
そして負けた。
これ以上騒げば、むしろ自分の立場を悪くする。
「それに」
俺は続けた。
「今回の件でフェルディナン騎士家が第二王子派から離れれば、政治的にはお前たちの損失だ」
アウルスの表情が険しくなる。
「……殿下」
「何だ?」
「随分と冷静ですね」
「そうか?」
「十歳の子供とは思えません」
俺は少しだけ肩をすくめた。
「こういう話をするのは、十歳でもできる」
「…………」
アウルスはそれ以上何も言わなかった。
エリシアは俺とアウルスを交互に見ている。
そして小さく呟いた。
「……なんだか、私が原因で政治の話になってません?」
「なっている」
「ですよね……」
「原因を作ったのはお前だ」
「やっぱり私なんですか!?」
「廊下でぶつかったのは偶然だろう」
「はい……」
「ただ、その後の決闘は自分で受けた」
「…………はい」
「なら、責任くらいは取れ」
「……分かりました」
エリシアはしょんぼりと頷いた。
そして俺は思った。
こうして見ると、とても第二王子派の政治的な争いを左右する人間には見えない。
ただの気弱な騎士家の少女だ。
なのに、なぜか今日一日で、第二王子派から第一王子派へ移籍する可能性が生まれてしまった。
政治とは、本当に分からない。
俺はカイへ向き直った。
「昼食を食べに行くぞ」
「……はい」
「随分と簡単に済ませますね」
カイが苦笑する。
「昼食を食べるためにここまで来たんだからな」
俺はそう答えた。
だが――。
その後、フェルディナン騎士家から正式に謝罪と事情説明が届くことになる。
そして、それをきっかけに。
第二王子派の一角だったフェルディナン騎士家は、第一王子派へ移ることになった。
ハーレムものではありません!純愛ものです!




