第8話 気弱な脳筋令嬢
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午前の授業が終わった。
昼休み。
俺はカイと護衛を連れて、食堂へ向かっていた。
王立貴族学院の食堂は、一階が一般の学院生用、二階が王族や高位貴族用になっている。料理にそこまで大きな差があるわけではないが、席については誰がどこに座るのかが妙に細かく決まっている。
第一王子派は第一王子派。
第二王子派は第二王子派。
中立寄りの連中は、それらから少し離れた場所。
昼食くらい自由に食わせてほしいものだ。
そう思いながら廊下を歩いていたときだった。
「す、すみません!」
少女の声が聞こえた。
続いて、
「謝って済むと思っているのか!」
アウルスの怒鳴り声。
俺は足を止めた。
また何かやっている。
廊下の先を見ると、アウルス・ガルディシアと一人の少女が向かい合っていた。
少女は赤い髪に碧い瞳。
つり上がった目。
騎士家の紋章。
背筋も伸びている。
どう見ても、
「近寄ったら喧嘩を売ってきそうな女」
である。
ところが――。
「本当にすみません……」
ものすごくしょんぼりしていた。
「わざとじゃないんです……」
「わざとじゃないだと!?」
「はい……」
「お前、俺にぶつかったんだぞ!」
「はい……」
「しかも二回!」
「二回目は……お互いに本を拾おうとして……」
「言い訳するな!」
「すみません……!」
また謝った。
俺は横にいるカイを見る。
「……何があった?」
「どうやら廊下で衝突したようです」
「それだけ?」
「……それだけみたいです」
それだけなのか。
本当に?
「お前、さっき俺に『お互い様』と言っただろう!」
「……はい」
「俺に向かって!」
「……すみません」
「だから謝るな!」
「はい!」
「返事だけはいいな!」
「すみません!」
「だから!」
俺は額を押さえた。
会話が完全に壊れている。
どうやら、少女が曲がり角から出てきたところへアウルスが突っ込んできて衝突。
少女の教科書が散らばる。
二人で拾おうとして、もう一回ぶつかる。
少女が「お互い様ですよね」と言ってしまう。
アウルス激怒。
――それだけらしい。
「それにですね……」
少女が、おそるおそる顔を上げた。
「私、本当に前を見てなかったですし……」
「お前も認めるのか!」
「はい」
「なら俺に謝れ!」
「すみません!」
「だから――」
アウルスが頭を抱えた。
俺も頭を抱えたい。
だが、その少女がぽつりと続けた。
「でも……」
「何だ!」
「アウルス様も前を見てなかったですよね?」
「…………」
「……?」
「…………貴様」
「あっ」
少女の顔が青くなる。
「今のは忘れてください」
「忘れられるか!」
「ですよね!」
なぜそこで納得する。
「だったら決闘だ!」
「……え?」
少女が固まった。
「決闘だ!」
「……」
少女はゆっくり自分の剣を見る。
そしてアウルスを見る。
そしてもう一度剣を見る。
「……決闘ですか?」
「ああ!」
「……本当に?」
「本当だ!」
「……」
少女の顔が露骨に嫌そうになった。
「怖いんですけど」
「お前、さっきまであんなに言い返していただろう!」
「あれは……」
少女は目を逸らした。
「……正しいと思ったので……」
「じゃあ決闘しろ!」
「いやぁ……」
「騎士家の娘だろう!」
「騎士家ですけど、私は戦争したいわけじゃないです……」
なんだこいつ。
ただ――。
少女はしばらく悩んでから、ふと顔を上げた。
「でも……」
「?」
「決闘なら、剣を使っていいんですよね?」
アウルスが眉をひそめる。
「当たり前だ」
「……なるほど」
少女が剣の柄に手を置く。
その瞬間。
空気が変わった。
「……」
さっきまでの涙目が消えた。
碧い瞳が妙に輝いている。
「じゃあ」
少女が笑った。
「やります」
俺は思った。
……何だ?
嫌がっていたはずなのに。
その笑顔は何だ?
訓練場。
教師が二人の間に立つ。
「双方、準備はいいな?」
アウルスが剣を構える。
少女も構える。
「では――始め!」
瞬間。
「ひゃっはぁぁぁぁぁぁ!!」
「!?」
少女が爆発した。
突っ込んだ。
速い。
「おらぁ!」
ガキィン!
「もう一発ぅ!」
ガキン!
「まだまだぁ!」
ガキィィン!
アウルスが後退する。
「ちょ、お前!」
「ひゃははははは!」
「さっきまで怖がっていただろ!」
「それはそれ!」
「どういうことだ!」
「決闘は別です!」
「別なのかよ!」
少女が笑いながら追いかける。
「逃げないでください!」
「逃げてるんじゃない! 下がってるんだ!」
「同じです!」
「違う!」
「じゃあこっちから行きます!」
「来るな!」
「はい!」
「返事するな!」
アウルスが服から黄色い液体をブチまけながら逃げ回る
ガキン!
少女の剣がアウルスの剣を弾き飛ばす。
「おおおおお!」
本人が一番嬉しそうだった。
「落ちた!」
「落とされたんだよ!」
「じゃあ、私の勝ちですね!」
「待て!」
少女が剣先を向ける。
「勝負あり!」
教師が叫んだ。
静寂。
少女は荒い息を吐きながら、満面の笑みを浮かべている。
「……」
そして数秒後。
「……はっ」
我に返った。
見る。
アウルスを見る。
自分の剣を見る。
周囲を見る。
「…………」
顔がみるみる青くなる。
「え……」
アウルスを見て、小さくなる。
「……だ、大丈夫ですか?」
アウルスは答えない。
少女はさらに怯える。
「……怒ってます?」
俺は思った。
ついさっきまで、
「ひゃっはー!」
と叫びながら伯爵家次男を追い回していた人間と同一人物とは思えない。
「……私」
少女が小声で呟く。
「私、何かやったいました……?」
この瞬間だけは第一王子派と第二王子派の心が一つになった。
____やっちゃたね____
そして俺は、この日一つのことを理解した。
この少女――。
普段は気弱。
正義感だけは強い。
そして剣を握ると、急に頭が悪くなる。
俺が聞く
「君、実家の派閥は?」
少女は俺が第一王子だということに気が付いたようで、今にも気絶しそうな様子で答えた。
「ひゃ!ひゃい。第二王子派でしゅ!」
...........
周囲に沈黙が広がった。
「あの... アウルスって第二王子ルキウスの従兄弟だよ。」
その言葉を少女が理解した瞬間
少女が白目をむいて仰向けに倒れた。
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