第7話 再会
今日から本格的な授業が始まる。
教室には五十人の生徒が集まっていた。
俺も自分の席に座り、教壇へ視線を向ける。
やがて教室の扉が開いた。
入ってきた人物を見て、俺は少しだけ目を細めた。
「……久しぶりですね、殿下」
セドリックだった。
幼い頃、俺の家庭教師をしていた男。
歴史や政治、礼儀作法。
王族として必要になる知識の多くを、俺は彼から教わった。
だが、ある時を境に彼は俺の家庭教師を辞めた。
理由は単純だった。
セドリックの実家であるマスドリート子爵家が、第二王子派へと立場を変えたからだ。
そのため、第一王子である俺の家庭教師を続けることが難しくなった。
セドリック自身が俺を嫌っていたわけではない。
むしろ、最後まで丁寧に接してくれていた。
だからこそ、余計に印象に残っている。
「お久しぶりです、セドリック先生」
俺も平然と返した。
「はい。殿下が立派に成長されたことを、私も嬉しく思っております」
その言葉に、周囲の生徒たちが少しざわついた。
どうやら、俺と教師が昔からの知り合いだと気づいたらしい。
セドリックはそれ以上過去について触れなかった。
教師として教壇に立つ。
「では、授業を始めます」
黒板に文字を書く。
王立貴族学院 第一学年
そして、その下に――
学院制度と進路
と書いた。
「皆さんは現在、第一学年です」
「本学院では第一学年の五十名全員が、共通の基礎教養課程を履修します」
黒板に次々と科目が書かれていく。
歴史。
地理。
数学。
文学。
語学。
宗教学。
礼儀作法。
政治学基礎。
経済学基礎。
魔力基礎。
「皆さんは貴族です」
セドリックは淡々と説明する。
「将来、王宮に仕える者もいれば、領地を治める者、軍に入る者もいるでしょう。しかし、どの道へ進むとしても、最低限の共通知識は必要です」
そして黒板に三つの文字を書く。
法衣科
領地科
騎士科
「第二学年からは、この三つの学科へ分かれます」
教室の空気が少し変わった。
「法衣科の定員は十名」
「領地科は十五名」
「騎士科は二十五名」
合計五十名。
「法衣科では、政治、法律、財務、外交、行政など、国家中央部の運営について学びます」
次に領地科。
「領地科では、領地経営、農業、商業、税制、治水、地方行政、領軍運営などを学びます」
そして騎士科。
「騎士科では、剣術、槍術、弓術、馬術、戦術、戦略、魔術、魔力操作、部隊指揮などを学びます」
「なお、騎士科だからといって剣を振っていれば卒業できるわけではありません」
教室から小さな笑いが起こった。
「軍隊を動かすためには、兵站や補給、地形、部隊編成などについても理解する必要があります」
セドリックはそこで一度言葉を切った。
「また、学科は家柄だけで決定されるものではありません」
「本人の希望、成績、適性、将来の進路などを考慮して決定されます」
一人の生徒が手を挙げる。
「騎士家の者が法衣科に進んでもいいのですか?」
「もちろんです」
「領地貴族が騎士科へ進むことも?」
「可能です」
そして別の生徒が質問した。
「王族も同じですか?」
教室中の視線が俺へ集まる。
セドリックも俺を見る。
一瞬だけ、昔の家庭教師だった頃の表情が戻ったように見えた。
しかし、すぐに教師の顔へ戻る。
「王族も基本的には同じです」
「ただし、王族については将来の役割を考慮し、複数の分野を横断して学ぶ場合があります」
なるほど。
俺は頷いた。
そしてセドリックは黒板に最後の一文を書いた。
第一学年は、進路を決めるための一年である。
「皆さんはまだ若い」
「今の時点で、自分の将来を完全に決める必要はありません」
「この一年間で、自分が何を得意とするのか。そして何を苦手とするのか。それを見つけてください」
「そして二年生になるとき、自分の進む道を選びなさい」
授業が終わる。
生徒たちが席を立ち始める。
俺も教科書を閉じた。
セドリックと視線が合う。
昔なら、授業が終われば彼から次の課題を渡されていた。
だが今は違う。
俺は第一王子。
彼は学院教師。
そして彼の実家は――第二王子派。
政治というものは、昔から俺たちの間に存在していた。
それでも。
「……久しぶりに先生の授業を受けました」
俺がそう言うと、セドリックは少しだけ笑った。
「私も、殿下の成長を拝見できて嬉しく思います」
それだけだった。
過去のことを、互いに口にはしなかった。
だが俺には分かっている。
この学院では、教師と生徒ですら完全に政治から自由ではない。
そして俺自身もまた――
第一王子という立場から逃れることはできないのだ。




