第6話 学院生交流会
学院生交流会の日が来た。
王立貴族学院の大広間には、普段の授業では見ないほど多くの貴族子弟が集まっていた。
壁際には料理や菓子が並び、楽団が静かに音楽を奏でている。
一見すれば、学院生同士が親睦を深めるための華やかな催しだ。
しかし、実際には違う。
これは子供たちの社交界だ。
誰が誰と話しているのか。
どの家の令息と令嬢が親しくしているのか。
どの家がどの王子を支持しているのか。
それを、本人たちだけでなく、その背後にいる親たちも見ている。
俺は会場へ入ると、周囲から集まってくる視線を感じた。
王族である俺には、最大十人まで護衛や使用人を連れてくることが許されている。
今日は護衛騎士と使用人を合わせて八人。
それだけでも、俺が他の学院生とは違う存在であることが分かる。
だが――。
俺の周囲に集まってきた貴族子弟を見て、少しだけ考えさせられた。
「殿下」
最初に声をかけてきたのは、ルリウス・ウィーヌムだった。
母上の実家であるウィーヌム子爵家の長男。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
「俺が参加することを礼を言われるようなことではないだろう」
「それでも、殿下がいらっしゃると皆が安心しますので」
そう言って、ルリウスは微笑んだ。
その後ろには数人の令息と令嬢がいる。
俺の学院での知り合いたちだ。
一人ずつ挨拶を交わしていく。
そして、ふと気づいた。
男爵家。
騎士家。
また男爵家。
騎士家。
そして――子爵家。
それほど多くない。
俺は何気ないふりをして、周囲を見渡した。
第一王子派。
現在、俺の周囲に集まっているのは、そのほとんどが男爵家や騎士家の子供たちだった。
もちろん、ウィーヌム子爵家やアトラシート伯爵家のような有力な家も存在する。
しかし、その数は少ない。
家格だけで比較すれば、第一王子派は明らかに弱い。
俺はその事実を、改めて目の前で突きつけられていた。
「殿下、こちらの方は――」
ルリウスが新しい令息を紹介する。
「アリフレータ騎士家のご子息です」
「よろしくお願いいたします、殿下」
「こちらこそ」
笑顔で返す。
そして、また別の令嬢。
「コンキューウン男爵家の――」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
俺は一人ずつ名前を覚えていった。
別に彼らを軽視しているわけではない。
むしろ逆だ。
今ここにいる彼らは、家格が低くても俺のところへ来ている。
それだけでも十分に意味がある。
だが――。
会場の反対側へ視線を向ける。
そこには第二王子がいた。
そして、その周囲には俺とは明らかに違う顔ぶれが集まっている。
ガルディシア伯爵家。
有力な子爵家。
そして、第二王子派に属する法衣貴族の家々。
一人一人の家格が高い。
俺の周囲よりも明らかに政治的な影響力を持つ家が多かった。
中心にいるのは、第二王妃の実家であるガルディシア伯爵家の次男。
アウルス・ガルディシア。
彼の周囲には、自然と人が集まっている。
俺はその光景をしばらく眺めていた。
「……随分と違いますね」
隣にいたルリウスが小さく呟く。
「何がだ?」
「我々と、あちらです」
俺は答えなかった。
言われなくても分かっている。
こちらには人数こそいる。
だが、上級貴族が少ない。
あちらには、家格の高い者が多い。
政治とは人数だけで決まるものではない。
むしろ、誰がその人数を支えているのかが重要だ。
俺は静かに考えた。
第一王子派は弱い。
それは事実だった。
そして、その事実を十歳の俺がどうにかできるわけでもない。
少なくとも、今すぐには。
「殿下」
また別の令息が近づいてきた。
「お話しさせていただいてもよろしいでしょうか」
「ああ。もちろん」
俺は笑顔を作った。
そして彼の話を聞く。
家名を聞く。
父親の名前を聞く。
兄弟のことを聞く。
領地のことを聞く。
一つずつ覚えていく。
その一方で、会場の向こうでは第二王子の周囲にさらに人が集まっていた。
俺はそれを横目で確認する。
焦る必要はない。
少なくとも、今は。
俺はまだ十歳。
王位継承争いが今日明日で決着するわけではない。
それに――。
今ここにいる男爵家や騎士家の子供たちも、いずれは貴族社会を担う。
家格だけが全てではない。
俺はそう考えながら、目の前の令息に微笑んだ。
「それで、君の家では――」
交流会は続いていく。
華やかな音楽。
笑い声。
菓子を囲む子供たち。
一見すれば、平和な学院の催しにしか見えない。
だが、その裏ではすでに二つの集団が形を作り始めていた。
第一王子派。
そして第二王子派。
俺はその一方の中心に立っている。
けれど――。
その勢力は、決して強くない。
むしろ、今の俺は弱い。
だからこそ。
この交流会で交わす一つ一つの言葉が、いつか意味を持つのかもしれない。
俺はそう考えながら、目の前の貴族令息へ再び笑顔を向けた。
まだ、始まったばかりなのだから。




