第4話 新入生代表挨拶
「それでは、新入生代表挨拶」
マスドリート子爵が、演壇の横へ一歩退く。
「第一王子レノウィウス・ゲンス・デイ・アンティクイランド殿下」
その瞬間。
講堂にいた五十人の視線が、一斉に俺へ向いた。
静かだった。
さっきまで小声で話していた者も、隣の人間と目を合わせていた者も、全員がこちらを見ている。
まあ、当然だ。
俺は第一王子。
そして今日は、この学院に入学する五十人を代表して挨拶をする。
しかも――。
二年連続だ。
昨年は、カシウス公爵家の次男が新入生代表を務めた。
そして今年は俺。
第一王子派に属する人間が、二年続けて新入生全員の前に立つ。
政治に興味のない者にとっては、ただの入学式だろう。
だが、貴族社会で生きる人間なら、この意味を理解している。
誰が代表に選ばれたのか。
誰がその代表を支持するのか。
それだけでも、ある程度の勢力図が見える。
俺は席から立ち上がった。
背筋を伸ばす。
そして、ゆっくりと演壇へ向かう。
足音が、妙に大きく聞こえた。
演壇へ上がる。
振り返る。
五十人の新入生。
教師たち。
上級生。
学院関係者。
その中には、俺を知っている者もいる。
俺を支持している者も。
第二王子派に属する家の子弟もいる。
そして、まだどの派閥にも属していない者もいる。
俺は一度だけ息を吸った。
そして口を開く。
「新入生代表、レノウィウス・ゲンス・デイ・アンティクイランドです」
自分の声が講堂へ響く。
「本日、私たちは王立貴族学院へ入学しました」
少し間を置く。
「これから五年間、私たちはこの場所で学ぶことになります」
「王国の歴史を学び、法を学び、政治を学び、魔術を学ぶ」
「人によって得意なものは違うでしょう」
「家柄も違う」
「領地も違う」
「将来目指す道も違う」
俺は一人一人の顔を見る。
「それでも、この五年間だけは、私たちは同じ学院の生徒です」
ここで一度、言葉を切る。
「私は、それを大切にしたいと思っています」
少しだけ空気が変わった。
俺は続ける。
「貴族として生まれた以上、私たちは将来、この国を支える立場になるでしょう」
「領地を治める者もいる」
「軍を率いる者もいる」
「王国の行政に携わる者もいる」
「交易を支える者もいる」
「王家に仕える者もいる」
「その形が何であれ――」
俺は言葉を選ぶ。
「私たちが将来担う責任は、決して小さくありません」
講堂は静まり返っていた。
「だからこそ、私はこの五年間を無駄にしたくありません」
「知識を身につけるだけではなく」
「自分とは違う考えを持つ人間の話を聞き」
「自分にはないものを持つ人間を知り」
「時には競い」
「時には協力し」
「互いに成長できればと思います」
そこまで言って、俺は少しだけ周囲を見る。
拍手はまだ起きない。
誰も動かない。
当然だ。
俺が話し終わっていない。
「そして――」
最後の言葉を選ぶ。
「五年後、この学院を卒業するとき」
「今日ここにいる五十人全員が」
「この国を支えるに足る人間になっていることを願います」
俺は一度だけ頭を下げた。
「これを、新入生代表としての挨拶とさせていただきます」
顔を上げる。
そして、演壇から一歩下がった。
一瞬。
本当に、一瞬だけ静寂があった。
次の瞬間。
拍手が起こった。
だが――。
すべての人間が拍手しているわけではない。
俺の言葉に賛同した者。
第一王子派に属する家の子弟。
王族。
俺の側近に近い家。
そして、派閥とは関係なく純粋に言葉へ共感した者。
彼らが手を叩いている。
だが、一方で。
腕を組んだままの者もいる。
手を叩かない者もいる。
無表情でこちらを見ている者もいる。
中には、明らかに面白くなさそうな顔をしている者までいる。
俺はそれを見ていた。
拍手の大きさよりも。
拍手をしていない人間の方を。
二年連続で第一王子派が代表になった。
それを快く思わない者がいる。
当然だ。
そして逆に。
俺が代表になったことを歓迎している者もいる。
それも当然だ。
初日から、これだけは分かった。
王立貴族学院は――。
ただ勉強をする場所ではない。
ここには、すでに政治がある。
そして今日。
俺はその中心に立った。
僅か十歳。
けれど、この五十人がいつか王国を動かす人間になるのなら。
今日の一歩も、決して小さくはない。
俺は静かに席へ戻った。
マスドリート子爵と目が合う。
子爵は何も言わない。
ただ、ほんの僅かに頷いた。
俺も、小さく頷き返した。
そして俺は、自分の席へ座った。
入学式は、まだ続いている。
だが――。
俺にとっての学院生活は、もう始まっていた。
最初に見えたのは、教室でも。
教師でも。
授業でもない。
誰が拍手をしたのか。
そして――。
誰が、拍手をしなかったのか。
それだった。




