第3話 入学式
翌朝。
俺は王立貴族学院の正門前に立っていた。
目の前に広がるのは、王都でもひときわ大きな建築物。
白い石材で造られた校舎。
中央にそびえる時計塔。
その背後には、講義棟や図書館、訓練場、魔術演習場などの施設が並んでいる。
敷地そのものが、一つの街のようだった。
「……思っていたより大きいな」
思わず呟く。
王立貴族学院。
アンティクイランド王国において、次世代の王国を担う貴族を育成するために設立された教育機関だ。
男女共学の通学制。
十歳から十五歳までの五年間。
五学年制で、一学年の定員は五十人。
つまり全校生徒は二百五十人。
一学年につき二クラス。
一クラス二十五人。
決して大規模な学院ではない。
むしろ、王国全体の貴族人口を考えれば非常に狭き門だった。
ただし、誰でも同じ条件で入学できるわけではない。
爵位を持つ貴族家の嫡男や嫡女。
王族。
そして、王弟カシウス公爵家。
彼らには、原則として入学資格が与えられている。
家を継ぐ者。
あるいは王族として国家を担う者。
そうした者たちに、高度な教育を受けさせるためだ。
一方で、裕福な中央騎士家。
領地貴族家や法衣貴族家の次男、次女。
その他、爵位を持つ家の子弟であっても、家督を継がない者が入学する場合には試験が課される。
家柄だけではなく、一定の能力が求められるわけだ。
反対に、諸侯騎士家。
裕福ではない中央騎士家。
領地貴族や法衣貴族の三男以下などは、基本的に十五歳まで別の進路を取る。
王国の将来を支える人材を、全員同じ教育へ押し込む必要はない。
騎士を目指す者は騎士見習いとして。
文官を目指す者は文官見習いとして。
それぞれの家や仕官先で実務を学ぶ。
そして十五歳になった後、必要に応じて王立士官学校へ進む。
つまり王立貴族学院は――。
貴族なら誰でも通う学校ではない。
王国を担う立場に就く可能性が高い者を、選抜して育てる場所。
それが、この学院だった。
「殿下、そろそろ参りましょう」
「分かった」
カイに促され、俺は正門をくぐった。
学院の敷地内には、すでに多くの生徒が集まっている。
男もいる。
女もいる。
年齢は俺と同じ十歳の者から、すでに上級生となっている者まで様々だ。
伯爵家の紋章を身につけた者。
子爵家の家紋を刺繍した服を着ている者。
騎士家らしい服装の者。
そして――王族。
ただ一つ、共通しているものがある。
全員が、これからこの国を背負っていく可能性を持っているということだ。
俺が歩くと、視線が集まる。
当然だ。
第一王子。
この国の王位継承順位第一位。
そんな人間が同じ学年に入ってくるのだから、気にするなという方が無理だろう。
「……すごい見られてますね」
マリーが小声で言う。
「お前が言うな」
「私が見られているわけではありませんよ」
「そういう意味じゃない」
横ではグラフィルが相変わらず静かに歩いている。
そして少し前にはカイ。
すでに三年生だから、俺たちとは別の列になる。
「では、入学式が始まる前に私は上級生の方へ行きます」
「ああ」
「何かあれば、遠慮なく呼んでください」
「分かった」
カイと別れる。
そして俺たちは、新入生用の集合場所へ向かった。
そこには五十人の生徒が集まっていた。
これが第一学年の全員。
男と女がおおよそ半分ずつ。
伯爵家。
子爵家。
男爵家。
王族。
王弟公爵家。
そして騎士家など。
家格も出身も様々だ。
だが、全員が同じ場所に立っている。
それだけでも王立貴族学院という場所の特殊性が分かる。
「……五十人か」
俺は周囲を見渡した。
前世の高校とは、あまりにも規模が違う。
何百人もの生徒が廊下を歩いていた前世とは違い、ここでは一人一人の顔と家名を覚えられる程度の人数しかいない。
だからこそ、人間関係が重要になる。
五年間。
同じ世代の人間と学び続ける。
その間に生まれた友情。
競争。
派閥。
婚姻関係。
主従関係。
それらは、卒業後も続いていくだろう。
つまり――。
この五年間そのものが、未来の王国を形作る。
「新入生は、こちらへ」
学院の教師に案内され、俺たちは講堂へ入った。
広い。
天井が高く、正面には王家の紋章が掲げられている。
その下には演壇。
左右には教師たちが並んでいる。
そして、最前列には王族や王弟公爵家の席が用意されている。
俺は指定された席へ座った。
隣にはマリー。
その少し先にはグラフィル。
周囲には、まだ名前も知らない生徒たち。
しばらくすると講堂の扉が閉じられた。
ざわめきが止まる。
静寂。
やがて、演壇へ一人の男が上がった。
学院長兼教務卿のマスドリート子爵だった。
「新入生諸君。入学おめでとう」
静かな声が講堂に響く。
「今日より君たちは、王立貴族学院の生徒となる」
学院長が、ゆっくりと全員を見渡す。
「この学院は、単に知識を得るための場所ではない」
「王国の歴史を知り」
「法を学び」
「政治を理解し」
「魔術を修め」
「武を学び」
「そして、人の上に立つ者として必要な責任を身につける場所だ」
俺は黙って聞いていた。
「諸君の中には、将来この国の領地を治める者もいるだろう」
「軍を率いる者もいる」
「王国の行政を担う者もいる」
「交易を支える者もいる」
「そして――国王を支える者もいる」
その言葉に、講堂の空気が少しだけ変わった。
「血筋は力になる」
「家名は信用になる」
「爵位は権威になる」
学院長はそこで一度言葉を切った。
「だが、それだけでは足りない」
「力を持つ者には、その力に見合うだけの責任がある」
「五年間の学びを通して、それを理解してほしい」
最後に学院長は静かに告げた。
「諸君が十五歳でこの学院を卒業するとき、今よりも優れた人間になっていることを願っている」
拍手が起こった。
俺も手を叩く。
だが、頭の中では別のことを考えていた。
この学院は、思っていた以上に重要な場所だ。
ここにいる五十人。
その多くが、将来の王国を動かす。
ならば――。
俺にとっても、ここはただの学校ではない。
人間を知る場所だ。
誰が優秀なのか。
誰が野心を持っているのか。
誰が権力に近づこうとしているのか。
誰が家の意思で動いているのか。
そして――。
誰が、自分自身の意思で動いているのか。
俺は静かに周囲を見渡した。
今日から五年間。
この場所で学ぶ。
前世では、ただの高校生だった。
けれど今世では違う。
俺は第一王子だ。
そして、ここにいる人間の多くは、将来の俺を支える者になるかもしれない。
あるいは――。
俺の前に立ちはだかる敵になるかもしれない。
「……面白そうだな」
小さく呟く。
入学式は、まだ終わっていない。
だが――。
俺にとっての王立貴族学院での五年間は、この瞬間から始まった。




