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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第2章 巡り合うには遠すぎて
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プロローグ (第1話)絶望と渇望

あの日。


 私は、答えを出せなかった。


 佐藤湊に告白された日。


 夕暮れの帰り道。


 いつもの道だった。


 幼稚園の頃から、何度も歩いた道。


 隣には、いつものように湊がいた。


 だから私は、きっとこれからもそうなのだと思っていた。


 明日も。


 来週も。


 来年も。


 高校を卒業しても。


 大人になっても。


 ずっと隣にいるのだと。


 だから――。


『湊のこと、大切だよ』


『たぶん……すごく好き』


 そこまでは、言えた。


 でも。


『それが、恋なのか分からないの』


 私は、そう言ってしまった。


 自分でも分からなかった。


 湊は大切だった。


 誰よりも近くにいた。


 一緒にいることが当たり前だった。


 いなくなるなんて、考えたこともなかった。


 だからこそ。


 それが恋なのか。


 それとも、幼馴染に対する特別な感情なのか。


 私は分からなかった。


『だから……少しだけ、考えさせて』


 そう言った私に、湊は笑ってくれた。


『分かった』


『急がなくていいよ』


 その言葉に、私は救われた気がした。


 だから――。


 明日、考えればいいと思った。


 明後日でもいい。


 一週間後でも。


 少し時間をかければ、自分の気持ちが分かると思っていた。


 そして。


 その翌日。


 湊は死んだ。


 事故だった。


 学校へ向かう途中だったらしい。


 昨日まで普通に話していた人が。


 昨日まで隣にいた人が。


 もう、いない。


「……嘘」


 それしか言えなかった。


 何度聞いても、現実だとは思えなかった。


 だって。


 私はまだ答えていない。


 まだ、何も終わっていない。


 湊だって。


 きっと明日も私の隣にいると思っていた。


 なのに。


 もう、いない。


 葬儀の日。


 私は泣いた。


 声が出なくなるほど泣いた。


 胸の奥が空っぽになった。


 そして、ようやく気づいた。


 私は――。


 湊がいなくなることを、一度も考えたことがなかった。


 だから、答えを先延ばしにした。


 いつでも言えると思っていた。


 でも。


 そんな「いつか」は、突然なくなる。


 私はもう、二度と湊に答えを伝えられない。


 数日後。


 私は一人で、昔遊んだ森へ向かった。


 小さい頃。


 湊と何度も遊んだ場所。


 木の枝を拾って。


 秘密基地を作って。


 雨が降れば木の下で雨宿りして。


 本当に、くだらないことばかりだった。


 でも。


 私にとっては、大切な思い出だった。


 森の中を歩く。


 木々の間から差し込む光。


 土の匂い。


 風に揺れる葉。


 どれも、あの頃のままだった。


「……湊」


 誰もいない森で名前を呼ぶ。


 返事はない。


 当然だった。


「私ね……」


 言葉が続かない。


 あの日、言えなかった。


 だから今になって言おうとしても。


 もう、届かない。


「……好きだったよ」


 涙が落ちる。


「たぶんじゃない」


 私は拳を握った。


「ちゃんと、好きだった」


 もっと早く気づけばよかった。


 もっと早く言えばよかった。


 あの日。


 湊が告白してくれた時に。


 私も同じ気持ちだと言えていたら。


 何かが変わっていたのだろうか。


 分からない。


 もう、確かめることはできない。


 だから私は。


 この後悔を抱えたまま、生きていくしかない。


 そう思っていた。


 けれど。


 それからしばらくして。


 私はもう一度、その森へ足を運んだ。


 何度も。


 何度も。


 湊との思い出が残る場所を訪れた。


 一緒に走った道。


 二人で座った木の根元。


 雨宿りをした場所。


 どこへ行っても、思い出す。


 湊の声。


 湊の笑顔。


 くだらない会話。


 そして――。


 あの日の告白。


 私は、そのたびに思った。


 もし、もう一度だけ会えたら。


 もし、もう一度だけ話せたら。


 もし、もう一度だけ――。


 あの頃みたいに、一緒にいられたら。


 今度こそ、ちゃんと伝えたい。


 今度こそ、迷わない。


 今度こそ――。


 湊と一緒に過ごしたい。


 そう思った。


 本当に、心の底からそう願った。


「……もう一度」


 誰もいない森で、私は小さく呟いた。


「もう一度、湊と過ごしたい」


 その瞬間だった。


 不思議なほど、心が静かになった。


 悲しみも。


 後悔も。


 寂しさも。


 全部が遠ざかっていく。


 まるで、長い夢が終わるように。


 私はゆっくりと目を閉じた。


 そして――。


          ◆


 次に目を開けた時。


 そこにあったのは、見慣れた天井ではなかった。


 白い天井でもない。


 病院でもない。


 知らない部屋だった。


「……ここは?」


 声が出た。


 けれど、その声は――。


 私が知っている自分の声とは違っていた。


 小さな手。


 小さな身体。


 見知らぬ部屋。


 そして。


 聞こえてくる、知らない言葉。


 私は混乱した。


 何が起きたのか分からない。


 けれど。


 一つだけ、はっきりしていることがあった。


 私は――。


 もう一度、生きている。


 前世とは違う世界。


 アエテリア大陸西部海岸地域。


 その地に広がる、帝国に次ぐ大国。


 エクィトゥム王国。


 そこで私は、新しい人生を与えられた。


 王族として。


 新しい名前とともに。


 ――グラーティア。


 それが、今の私の名前だった。


 私は小さな手を握った。


 理由は分からない。


 どうして自分がここにいるのかも。


 なぜ、もう一度生きているのかも。


 ただ――。


 あの願いだけは、はっきり覚えていた。


 もう一度。


 湊と過ごしたい。


 今度こそ、言えなかった言葉を伝えたい。


 そして。


 もし、もう一度会えるのなら。


 今度は――。


 絶対に、迷わない。


 私は、新しい世界を見つめた。


 この世界で。


 新しい人生を生きていく。


 そして私の名は――。


 エクィトゥム王国第三王女、グラーティア・アウレリア・デイ・エクィトゥム。


 それが。


 今世の私の名前だった。

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