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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第1章 誕生と王国の影
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第37話 計画立案と保留

「アルゲントゥム商会を潰す」


俺はそう決めた。


だが、今の俺にはそれを実行するだけの証拠も権力もない。


父上に訴えたところで、「帝国と繋がっている」という俺の推測だけでは動いてもらえないだろう。仮に調査を命じてもらえたとしても、アルゲントゥム商会ほどの大商会を一気に摘発するには、それ相応の証拠が必要になる。


何より問題なのは、その後だ。


アルゲントゥム商会は王都三大商会の一つ。


隊商を持ち、船隊を運用し、倉庫を所有し、各地に支店を持っている。商会に雇われている傭兵も多い。王都の商人や運送業者の中にも、アルゲントゥム商会の仕事で生計を立てている者は少なくない。


そんな商会が突然消えれば、当然ながら市場は混乱する。


商品の流通が滞り、価格が上がる。


港から王都へ入ってくる商品の量も減る。


アルゲントゥム商会と取引していた中小商会にも影響が及ぶ。


敵を一つ消した結果、王都の経済そのものを傷つけてしまえば本末転倒だ。


「……なら、受け皿が必要になる」


俺は王都の商会を書き出した紙を眺めた。


三大商会。


アルゲントゥム商会。


ヘーロース商会。


メルカトル商会。


アルゲントゥム商会とヘーロース商会は完全に敵対している。だからこそ、アルゲントゥム商会がヘーロース商会を潰そうとしていることにも不思議はない。


そして、ヘーロース商会はアンティクイランド国内の商会として、自分たちの勢力を守るためにアルゲントゥム商会と対立している。


ならば、アルゲントゥム商会が倒れた場合、その市場を最も大きく引き継ぐのはヘーロース商会になる。


「……それも危険だな」


アルゲントゥム商会の代わりに、ヘーロース商会が王都経済を握ってしまえばいいわけではない。


一つの商会に物流が集中すれば、結局は同じ問題が起こる。


ましてや俺には、ヘーロース商会を王家の管理下に置く権力などない。


それなら――。


「市場そのものを分散させる」


俺は紙に線を引いた。


アルゲントゥム商会が持っている交易路。


倉庫。


船隊。


隊商。


取引先。


それらを一つの商会に集中させるのではなく、ヘーロース商会と複数の中規模商会、新しく勢力を伸ばしている商会へ分散させる。


そうすれば、アルゲントゥム商会が消えても、王都経済そのものが止まることは避けられる。


だが――。


「……今の俺には、それを命令する権限がない」


七歳の第一王子。


俺が商会に対して、


「この市場を取れ」


「この交易路を使え」


「この商会を大きくしろ」


などと命令したところで、法的な強制力はない。


そんなことをすれば、むしろ俺が裏で商会を操っているという疑いを持たれる。


ならば、今は無理に動かす必要はない。


「保留だ」


俺は紙にそう書いた。


中規模商会を育てる。


それ自体は必要だ。


だが、それは俺が権力を持つようになってからでも遅くない。


今やるべきなのは――。


「誰が使える商会なのかを知ることだ」


俺は中規模商会の名前を一つずつ眺める。


どこがどの交易路を持っているのか。


どこが船を持っているのか。


どこが隊商を運用しているのか。


どこがヘーロース商会と取引しているのか。


どこがアルゲントゥム商会に依存しているのか。


そして――。


アルゲントゥム商会が消えた時、自力で規模を拡大できる商会はどこなのか。


今の俺にできるのは、そこまでだ。


育てるのではない。


選ぶ。


将来、王家が支援する価値のある商会を見つけておく。


それだけでも十分だった。


「……そして、もう一つ」


俺は地図へ視線を移した。


ヘーロース商会連合。


アルゲントゥム商会の徒党集団。


現在、両者は王都の裏社会で激しく衝突している。


問題は、ヘーロース商会側が先に動いた場合だ。


アルゲントゥム商会は、それを単なる商会同士の抗争として終わらせるつもりはないだろう。


向こうには帝国との繋がりがある。


ヘーロース商会を潰し、その市場を奪えば、王都経済に対する影響力はさらに強くなる。


だから俺は、ヘーロース商会を勝たせる必要がある。


少なくとも――。


潰させてはいけない。


だが、表立って助けることもできない。


第一王子である俺がヘーロース商会を支援したと知られれば、王位継承争いにも影響する。


ならば。


「裏から手を回す」


俺は浮浪児たちから集めた情報を確認する。


アルゲントゥム商会の徒党集団が占拠している場所。


人数。


見張りの配置。


武器の保管場所。


そこへヘーロース商会連合が攻撃を仕掛ける。


その瞬間に――。


「浮浪児たちには、別の場所を調べさせる」


目的は戦闘ではない。


アルゲントゥム商会の裏側で動いている人間を見つけること。


誰が指示を出しているのか。


どこへ逃げるのか。


何を運び出すのか。


誰と接触するのか。


そして、可能なら証拠を拾う。


俺自身が剣を振る必要などない。


王宮の兵士を動かす必要もない。


ただ、敵が動いた瞬間に、その動きを記録する。


「……これなら、俺にもできる」


今の俺には商会を潰す権力はない。


中規模商会を育てる権力もない。


だからこそ、今は準備する。


情報を集める。


人を知る。


商会を知る。


王都の経済を知る。


そして――。


いつか俺に権力が与えられた時、その瞬間に動けるようにしておく。


俺は地図の上に視線を落とした。


アルゲントゥム商会。


ヘーロース商会。


メルカトル商会。


そして、その下に存在する数多くの中規模商会。


今はただの商会だ。


だが、アルゲントゥム商会が消えれば、その勢力図は大きく変わる。


その時、誰が伸びるのか。


誰が倒れるのか。


誰が王国に忠実で、誰が外国勢力と繋がっているのか。


それを今のうちから見極めておく。


「……焦る必要はない」


俺は紙をまとめた。


俺にはまだ時間がある。


七歳の王子にできることなど限られている。


ならば――。


今は、積み上げる。


情報を。


人脈を。


知識を。


そして、いつか権力を手にした時に使える選択肢を。


アルゲントゥム商会を潰すのは、その時だ。


今はまだ――。


敵に、自分が敵だと気づかせる必要はない。

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