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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 岸田減税
最終章 第二次ルイーナエ大戦
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第67話 地盤

第二防壁への後退準備を命じてから、俺は王宮司令部に残り、今後の防衛計画を練っていた。


 第二次総攻撃によって第一防壁の各所では激しい戦闘が続いており、帝国軍の攻城塔や梯子を利用した攻撃によって、すでに複数の場所で帝国兵が城壁上へ侵入している。こちらも歩兵を各所へ送り込んで必死に抵抗しているものの、敵の遠距離射撃に十分な対抗ができず、負傷兵の後送さえ滞り始めていた。アトラシート伯爵から第二防壁への後退を提案されたのも、こうした状況を考えれば当然の判断だった。


 とはいえ、第一防壁から第二防壁へ後退するといっても、単純に全軍を移動させれば済むわけではない。戦闘が続いている以上、部隊ごとに後退する時機を考えなければならず、各所で戦っている兵士たちを無秩序に下げれば、それまで維持していた防衛線が崩れるだけでなく、帝国軍に追撃の機会を与えることにもなる。そのため、まずは第二防壁側の受け入れ態勢を整えながら、第一防壁に残る兵力をどのように移動させるかを考える必要があった。


「陛下、現在の状況では、第一防壁を維持するために必要な兵力を確保すること自体が難しくなっています。第二防壁への後退を進めるのであれば、各部隊の移動と負傷兵の搬送を同時に行う必要がありますが、現状では搬送に割ける兵力も不足しております」


 アトラシート伯爵は地図を確認しながら、現在の問題点を改めて説明した。彼の指摘はもっともであり、俺自身も同じ問題を考えていた。第一防壁を維持するために歩兵を投入し続ければ、いずれ後退に必要な兵力すら残らなくなる可能性がある。一方で、早々に全軍を下げてしまえば、帝国軍の攻勢をそのまま許すことになり、第二防壁へ移動する前に追撃を受ける危険もあった。


「負傷兵については、歩ける者から順に第二防壁へ移動させる。歩けない者については、現場で可能な限り処置を行い、搬送できる状況になり次第、後方へ下げるしかないだろう」


「しかし、その方法では重傷者の搬送が遅れる可能性があります」


「分かっている。だからこそ、第一防壁での戦闘をいつまでも続けるわけにはいかない」


 俺は地図に記された防衛線を眺めながら答えた。第一防壁を守り続けることだけを考えれば、今までどおり兵力を投入して抵抗を続けるという選択もある。しかし、現状では歩兵を投入するたびに負傷者が増え、その後送のためにさらに人手が必要になるという悪循環に陥りつつあった。戦線を維持するための兵力と、負傷者を救うための人員を両立させることが難しくなっている以上、第二防壁への後退によって、一度態勢を立て直す必要があった。


 もっとも、後退したからといって、帝国軍の攻撃が緩む保証はない。第一防壁から第二防壁へ移れば、今度は新たな防衛線を維持しながら、帝国軍の攻勢を再び受け止めなければならない。しかも、敵はすでに次の攻撃に向けて兵力と攻城兵器を整えており、こちらが後退するまで待ってくれるわけではなかった。


 そのため、俺は第二防壁への後退後に必要となる兵力の配置や、戦闘を続けるための態勢について、アトラシート伯爵らと検討を続けていた。第一防壁を放棄するという判断は、決して軽いものではない。だが、そこで無理に抵抗を続けて部隊そのものを失えば、次の防衛線を維持することもできなくなる。それだけは避けなければならなかった。


 そんな折、王宮司令部へ新たな報告が届いた。


「陛下、帝国亡命政府から書状が届きました!」


 伝令の言葉に、俺は顔を上げた。


「帝国亡命政府から?」


「はい。矢に結ばれた書状として届けられたとのことです」


 やはり、包囲されている状態では亡命政府関係者が矢文を放つしか情報伝達手段がないのも問題だろう。帝国軍に包囲されているレクィエリアへ、帝国亡命政府から書状が届いたという事実そのものも重要だったが、今はその内容を確認する必要があった。


「すぐに見せてくれ」


「承知しました」


 伝令から書状を受け取り、俺は慎重に内容へ目を通した。そこに記されていたのは、帝国亡命政府が進めていた反攻作戦に関する報告だった。


 ノルマデースをはじめ、帝国内の一部の構成国や旧構成国軍を亡命政府側へ引き入れることに成功したという。これまで帝国に対抗するために進めていた協力関係が、ようやく大規模な軍事行動を実施できる段階へ近づいたことを知らせる内容だった。


 俺は書状を読み進めながら、帝国亡命政府がどのような方針で各国への働きかけを進めてきたのかについても確認した。どうやら、亡命政府側は情報が漏洩する危険性をかなり重く見ていたらしい。そのため、帝国側に寝返る可能性が少しでもある勢力や、参加の意思が不確かな構成国には、あえて声を掛けなかったようだった。確実に亡命政府側につくと判断できる構成国と旧構成国軍だけに協力を求めることで、作戦そのものが帝国に察知される危険を抑えようとしていたのである。


 その結果、現時点で参加を確約している勢力は、当初想定していたよりも限定的になったのかもしれない。しかし、今からさらに参加を呼び掛ければ、その過程で情報が漏れる可能性がある以上、これ以上の工作を続けることは難しいという判断が示されていた。


 俺は書状を一度置き、内容を整理するために、もう一度目を通した。


 帝国亡命政府は、すでに反攻作戦を実行できるだけの協力関係を築きつつある。ノルマデースをはじめ、帝国内の一部の構成国と旧構成国軍を味方に引き入れたことで、帝国に対抗するための軍事力も確保されつつあった。これ以上の勢力拡大は情報漏洩の危険があるため、現在参加している勢力を中心に作戦を実行するという方針なのだろう。


「陛下、何か進展があったのでしょうか?」


 アトラシート伯爵が尋ねてきた。


「ああ。帝国亡命政府が、いよいよ反攻作戦を開始できる段階に近づいたらしい」


「それは、本当ですか?」


「書状にはそう記されている」


 俺は書状を伯爵へ渡した。彼はそれを受け取ると、内容を確認しながら静かに読み進めていく。その表情は読み進めるにつれて変わり、最後まで目を通したところで、ようやく顔を上げた。


「ノルマデースだけでなく、帝国内の構成国や旧構成国軍まで味方につけたのですか」


「ああ。もっとも、情報が漏れる危険を考えて、協力が確実な勢力だけに声を掛けたようだ」


「それでも、これだけの勢力を集められたのであれば、反攻作戦を開始するための基盤は整いつつあるということでしょう」


「そういうことになるな」


 俺は頷いた。


 これまで帝国に対抗するためには、外部からの反攻だけでなく、内部から帝国の支配を揺るがす動きも必要だった。帝国亡命政府が各国の協力を得ることができれば、その両方を同時に進めることができる。特に、帝国内の構成国や旧構成国軍が亡命政府側へ加わることは、帝国がこれまで維持してきた支配体制そのものに影響を与える可能性があった。


 しかし、今回の書状で最も重要なのは、単に協力する勢力が増えたことではない。帝国亡命政府が、すでに具体的な反攻作戦を開始するための準備に入っているという点だった。


 書状には、現在帝都に集結しているノルマデースと亡命政府の連合部隊を中心に、参加を決めた旧構成国軍、さらにノルマデース軍とカヴィーレスターン軍が連携し、大規模な反攻作戦を開始する計画が記されていた。その目的は、帝国軍に対する反攻だけではない。帝国の軍事指揮を担っている最高中央司令部への襲撃も、同時に実施することになっていた。


 帝国軍の中枢へ攻撃を仕掛けることで、帝国側が対応のために戦力を移動させざるを得ない状況を作る。その動きによって生じる隙を利用し、今度は西側からエクイトゥムとアイティクィランドの両軍が反転攻勢を開始する。各方面から同時に帝国軍を圧迫することで、帝国が現在の戦線を維持できない状態に追い込み、その支配体制そのものを崩壊させるというのが、今回の作戦の大まかな方針だった。


 俺はその内容を確認しながら、これまでの戦況を改めて考え直していた。


 帝国は広大な領土を支配し、その各地に軍を配置している。レクィエリアに十万人もの兵力を投入できるのも、それだけの軍事力を持っているからだ。しかし、それだけの兵力を複数の戦場で同時に運用するためには、当然ながら戦力を各地へ分散させる必要がある。そのため、別の方面で大規模な反攻作戦が開始されれば、帝国軍は現在の戦力を維持するだけでは済まなくなる。


 そして、最高中央司令部への襲撃が成功すれば、帝国軍が各方面へ命令を出す体制にも大きな影響が出る可能性がある。もっとも、それだけで帝国全体が崩壊するとは限らない。だが、帝国の構成国や旧構成国軍が亡命政府側につき、さらにノルマデースやカヴィーレスターンなどの軍が連携して動けば、帝国軍がこれまでのように一つの意思で動き続けることは難しくなるはずだった。


「反攻作戦と最高中央司令部への襲撃を同時に実施するしか、諸国連合側に勝ち目はないか。」


「はい。しかし、この作戦で帝国軍が対応するために戦力を動かせば、西側からの反転攻勢によってさらに圧力を掛けることができます。成功率は低くないかと。」


 伯爵の言葉に、俺は頷いた。


 帝国軍の戦力が移動する瞬間を狙うという考え方は、今回の作戦において重要な意味を持つ。帝国軍が東部で攻撃を受ければ、当然ながら各方面から兵力を集めようとするだろう。その移動によって生じた隙を、エクイトゥムとアイティクィランドの両軍が西側から突くのである。


 この作戦の成否は、それぞれの勢力がどれだけ連携できるかにも左右されるだろう。反攻作戦を開始する勢力がそれぞれ別々に動いてしまえば、帝国軍に各個撃破される危険もある。しかし、今回の書状を見る限り、帝国亡命政府はその点も考慮したうえで準備を進めているようだった。


「つまり、これ以上の勢力拡大は諦めて、今いる戦力で反攻作戦を開始するということか」


「そう解釈してよいかと。情報が漏れれば、帝国側に先手を打たれる可能性もありますから、参加が確実な勢力だけで実行する方針は理解できます」


 アトラシート伯爵はそう答えた。


 確かに、これ以上の勢力拡大を図って情報が漏れれば、今まで築いてきた協力関係そのものが危険に晒される可能性がある。せっかく参加を確約した構成国や旧構成国軍まで帝国側に察知されれば、反攻作戦の開始前に妨害を受けることも考えられる。それならば、今の段階で参加が確実な勢力だけを使い、作戦の準備を進める方が現実的だった。


 俺は改めて書状へ視線を落とした。


 帝国を崩壊させるための作戦は、ようやく実行可能な段階へ近づいている。これまで各方面で進められていた協力関係が、単なる外交上の合意に留まらず、実際の軍事行動へ移るための基盤になったのだ。


 だが、それで俺たちがすぐに反攻へ移れるわけではない。


 レクィエリアは今も帝国軍の攻撃を受けている。


 第二次総攻撃によって第一防壁の状況は悪化し、こちらは第二防壁への後退準備を進めなければならないほど追い詰められていた。帝国亡命政府が反攻作戦を開始する準備を整えたとしても、それが実際に始まるまでの間、レクィエリアが持ちこたえられなければ意味がない。


「レクィエリアが陥落する前に、反攻作戦を開始する必要があるな」


「はい。こちらが持ちこたえられなければ、帝国軍はさらに戦力を別の方面へ回すことができます。反攻作戦を開始するまでに、少なくともレクィエリアの防衛を維持する必要があります」


 伯爵の指摘に、俺は再び頷いた。


 今回の反攻作戦は、帝国軍の支配体制そのものを崩すためのものだ。そのためには、各方面の軍がそれぞれの役割を果たす必要がある。帝都に集結している連合部隊が反攻を開始し、最高中央司令部への襲撃を行う。その際に帝国軍が戦力を移動させた隙を突き、エクイトゥムとアイティクィランドの両軍が西側から反転攻勢を仕掛ける。


 だが、その作戦を実行するためには、準備が整うまでの時間を確保しなければならない。


 今のレクィエリアは、そのための時間を稼ぐ役目も担っているのだろう。


「反攻作戦の準備が整うまで、こちらも防衛態勢を維持しなければならないな」


「そのためにも、第二防壁での態勢を早急に整える必要があります」


「分かっている」


 俺は地図を広げ直した。


 第一防壁を維持することが難しくなった以上、次の防衛線となる第二防壁でいかに態勢を立て直すかが重要になる。後退する際に兵力を無駄に失えば、第二防壁に移ってからの防衛にも影響が出る。逆に、第一防壁の戦闘を必要以上に長引かせれば、後退そのものが困難になるかもしれない。


 したがって、後退の準備と同時に、第二防壁でどのように兵力を再配置するかを考えなければならなかった。


 俺は地図に記された第二防壁の位置を確認しながら、アトラシート伯爵とともに具体的な配置について話し合った。第一防壁から後退してきた部隊をそのまま配置するのか、それとも一度態勢を整え直してから防衛線に組み込むのか。負傷兵をどこまで後方へ下げることができるのか。さらに、帝国軍が第一防壁を突破したあと、どのような形で第二防壁へ攻撃を仕掛けてくるのかについても、考えておく必要があった。


 すべてを完全に決めることは難しい。


 敵がどの場所へ攻撃を集中させるのか、どれほどの兵力を残しているのかによって、こちらが取るべき対応も変わるからだ。それでも、何の準備もないまま第二防壁へ後退するよりは、あらかじめ可能な範囲で態勢を整えておいた方がいい。今はそのために必要な判断を積み重ねるしかなかった。


 そんな中でも、帝国亡命政府から届いた書状の内容は、俺の頭から離れなかった。


 ノルマデースと帝国亡命政府の連合部隊、参加した旧構成国軍、そしてノルマデースやカヴィーレスターンの軍が連携して反攻作戦を開始する。さらに、最高中央司令部への襲撃によって帝国軍の戦力移動を誘い、その隙にエクイトゥムとアイティクィランドが西側から反転攻勢を仕掛ける。


 これまで帝国軍に押されていた各勢力が、今度は帝国そのものを崩壊させるために動き始めるのだ。


 その準備が整いつつあるという報告は、確かに大きな意味を持っていた。


 しかし、レクィエリアの戦況が好転したわけではない。


 第二次総攻撃は続いており、こちらは第一防壁からの後退を準備している。今後も帝国軍の攻撃を受け続ける以上、反攻作戦の開始を待っているだけでは、こちらの防衛線が先に崩れてしまう可能性があった。


 俺はもう一度、第二防壁の位置を確認した。


 反攻作戦の地盤は固まりつつある。


 あとは、レクィエリアが陥落する前に準備を完了させ、作戦を開始するだけだった。


 そして俺もまた、その時まで防衛を維持するために、第二防壁への後退によって態勢を立て直す作戦を立案し続けていた。

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