第37話 ヴェルゼバンセス上陸作戦6
ヴェルゼバンセス攻略戦は、エクィトゥム王国軍にとって予想を大きく上回る苦戦となっていた。
約六万人もの兵力を投入しているにもかかわらず、港湾部の制圧には想定以上の時間がかかっている。シルウァニア軍は高台と城壁を巧みに利用し、弓兵による射撃と歩兵による足止めを組み合わせながら、上陸したエクィトゥム兵を少しずつ削っていた。
港には遮蔽物が少ない。
そのため、上陸した弓兵や弩兵は特に狙われやすく、船上からの援護射撃も味方の位置によって制限される。
「前線が動きません!」
「負傷者が増えています!」
「高台への進出も止まっています!」
次々と報告が届く。
新フェルゼンハルト公爵は、旗艦から戦場を睨んでいた。
ここまで来ても、まだ高台を完全には突破できていない。
しかも、シルウァニア軍は周辺地域から増援を呼び寄せ始めていた。
「敵の数が増えている?」
「はい。最初に確認した五千人に加え、周辺から新たな部隊が集まっているようです」
「……時間を与えすぎたか」
公爵の表情が険しくなる。
当初の計画では、強襲によってヴェルゼバンセスを短時間で奪い、港をそのまま前線基地へ転用するはずだった。
しかし、今では逆にシルウァニア軍へ時間を与えている。
このまま戦いが長引けば、敵の増援はさらに増える。
六万人という兵力がある。
だが、それ以上の問題が生じていた。
「もし敵がこのまま増え続ければ、どうなりますか?」
副官が尋ねる。
「上陸軍そのものが港で足止めされる」
公爵は答えた。
「そして、港を完全に確保できないまま夜を迎えれば、こちらの負担はさらに大きくなる」
それは十分にあり得る未来だった。
海戦には勝った。
だが、陸上では苦戦している。
海軍力の差が、そのままヴェルゼバンセス攻略の成功にはつながっていない。
その時だった。
「公爵閣下!」
別の伝令が駆け込んできた。
「何だ!」
「西側の港湾部から、敵の防衛線に綻びが生じているとの報告です!」
公爵が顔を上げた。
「綻び?」
「はい。先ほどから北側へ上陸した部隊が前進したことで、シルウァニア軍の一部がそちらへ兵力を移動させています。その影響で、港湾部の中央付近にいた部隊の密度が低下しています」
公爵はすぐに地図へ目を落とした。
エクィトゥム軍は、六万人を全て同じ場所へ投入しているわけではない。
複数の輸送船から、港の各区域へ兵士を送り込んでいる。
シルウァニア軍も、それぞれの地点に兵を配置して対応している。
つまり――。
一つの場所が攻撃されれば、別の場所が薄くなる。
「……そういうことか」
公爵の目に、僅かな光が宿る。
「敵にも、同じだけの限界がある」
シルウァニア軍は地形を利用している。
しかし、五千人から始まった防衛部隊が、周辺から増援を受けながら六万人規模の軍勢を相手にするには、それだけの兵力を適切に配置し続けなければならない。
どこかへ兵を集中させれば、別の場所が薄くなる。
そしてエクィトゥム軍には、海上から継続的に新しい兵士を送り込めるという強みがある。
「第一陣を北側へ進めろ」
「はっ!」
「中央はそのまま敵を引きつける」
公爵は続けた。
「そして、空いた場所へ後続部隊を入れる」
指揮官たちが地図を見つめる。
「敵が北へ兵を回せば中央を押す。中央へ兵を戻せば北を押す」
それは、シルウァニア軍がこれまでエクィトゥム軍へ行ってきたことと似ていた。
だが、今度は規模が違う。
エクィトゥム軍には、後ろに海がある。
そして、その海には約三百隻の艦隊が存在している。
港へ続々と船が入り、新しい兵士を運び込む。
「後続部隊、上陸準備!」
港へ新しい船が接近する。
「弓兵、第二陣を降ろせ!」
「弩兵も続け!」
新たな兵士たちが上陸していく。
シルウァニア兵が矢を放つ。
それでも、後続は止まらない。
一つの部隊が損害を受けても、後ろから別の部隊が入ってくる。
その光景を見て、公爵は初めて気づいた。
この戦いは、単純な「六万人対五千人」ではない。
シルウァニア軍が有限の兵力を使ってどれだけ長く港を守れるか。
そして、
エクィトゥム軍がどれだけ継続的に新しい兵力を送り込めるか。
その消耗戦になっている。
「港湾部の一部で、シルウァニア軍が後退しています!」
伝令が叫ぶ。
「敵の防衛線に穴が生じました!」
公爵は地図から顔を上げた。
「……ようやくか」
まだ勝利ではない。
高台も、崖も、城壁も健在だ。
シルウァニア軍もまだ戦っている。
だが、初めて明確な変化が現れた。
エクィトゥム軍の圧倒的な兵力が、少しずつ戦場そのものへ影響を与え始めている。
「全軍へ伝えろ」
公爵が言った。
「焦るな。港を一つずつ取れ」
強襲上陸は、当初の予定通りにはいかなかった。
短時間で終わるはずの戦いは、長期戦へ変わった。
それでも、エクィトゥム軍には一つの強みがあった。
兵士を送り続けられる。
物資を送り続けられる。
そして、海上にはまだ大量の艦艇が残っている。
対するシルウァニア軍は、この港を守るために周辺から少しずつ兵を集め続けなければならない。
「押せ」
公爵が呟く。
「少しずつでいい」
エクィトゥム軍が前へ進む。
港湾部の一角。
ほんの僅かな前進だった。
だが、その僅かな前進こそが、この長い戦いにおける最初の逆転の兆しだった。




