表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第1章 誕生と王国の影
PR
29/311

幕間 帝国内戦

アエテリア歴1270年。


五百年以上もの長きにわたり、アエテリア大陸の大部分を支配してきた超大国――アエテリア帝国は、ルイーナエ大戦において諸国連合に大敗した。


帝国軍は各地で敗走。


そして皇帝モルトゥウスもまた、戦場にて命を落とした。


帝国の威信は地に落ちた。


五百年以上にわたり大陸に君臨してきた帝国が、初めて明確な敗北を喫したのである。


その後。


帝国元老院は、新たな皇帝を選出した。


選ばれたのは、アエテリア帝国を構成する諸国の中でも最大級の国力を誇るポテンス王国。


その国王――


ホスティス・レクス・ポテンス。


彼は帝都インペリアへ移り住み、


ホスティス・インペラトル・ポテンス・アエテリア


として、第五次ポテンス朝初代皇帝に即位した。


だが。


皇帝となったホスティスを待っていたのは、安定した帝国ではなかった。


むしろ――


敗戦によって、それまで辛うじて保たれていた帝国の均衡が崩れ始めていた。


アエテリア帝国。


その実態は、単一の王国ではない。


皇帝を頂点としながらも、数多の王国、公国、諸侯国によって構成された巨大な連合体だった。


帝国内の各構成国は、それぞれの国力に応じた人数の代表を帝都へ送り出す。


彼らは帝国元老院の議員として帝国政治に参加していた。


法案の決議。


外交政策。


帝国軍に関する議論。


そして――皇帝の選出。


帝国の重要事項の多くは、元老院の意思によって決定されていた。


皇帝に選ばれた構成国の君主は帝都へ移り、帝国全体を統治する。


しかし。


その権力には、明確な限界があった。


各構成国は広範な自治権を持ち、独自の軍事力を維持している。


国内政治についても、大きな裁量を与えられていた。


つまり――


アエテリア帝国は、一つの巨大国家でありながら。


同時に、多数の国家が結びついた巨大な連合体でもあった。


そして。


その構造こそが、帝国を五百年以上存続させた理由でもあった。


各国が帝国という巨大な枠組みの中に留まりながら、それぞれの権益を守る。


皇帝だけが突出した権力を持つことを防ぎ。


各構成国だけが突出することも防ぐ。


それが、五百年以上続いてきた帝国の均衡だった。


だが――


ルイーナエ大戦の敗北によって、その均衡は崩れた。


敗戦の責任を巡り、帝国内では二つの勢力が対立した。


敗戦を招いた先帝モルトゥウス。


その祖国であるウェトゥス王国を中心とする勢力――


旧ウェトゥス派。


そして。


皇帝の権限を制限し、従来通り元老院を中心とした帝国政治を維持しようとする――


元老院派。


二つの勢力は、ホスティスが皇帝に即位した後も帝国内で大きな影響力を保持していた。


さらに。


帝国軍内部にも不満が蓄積していた。


「なぜ我々は敗北したのか」


「なぜ敗戦の責任を負う者たちが、未だに権力を握っているのか」


「なぜ帝国軍は、政治家たちの都合によって動かされなければならないのか」


敗戦によって生まれた不満は、やがて帝国そのものへの不満へと変わっていった。


そして――


その状況を、皇帝ホスティスは冷静に見ていた。


彼が考えていたのは、


どうすれば帝国を再び強国へ戻せるか。


それだけではない。


もっと根本的な問題だった。


――なぜ、帝国は敗北したのか。


その原因を突き詰めたとき。


ホスティスが出した結論は、一つだった。


帝国そのものを作り替える。


帝国軍による粛清


アエテリア帝国皇帝執務室。


帝都インペリア。


アエテリア帝城の最奥に位置する皇帝執務室では、一つの計画が最終段階へ入っていた。


皇帝ホスティスの前には、一人の男が立っている。


帝国軍を統べる最高位の軍人。


帝国軍元帥――マギステル・エクィス・ミリトゥム。


「準備は?」


「整っております」


「元老院派は?」


「主要人物の多くを、帝都へ集めることに成功しております」


「旧ウェトゥス派は?」


「彼らの上層部も同様です」


ホスティスは頷いた。


「彼らは、何のために集められたと思っている?」


「新政権による恩賞の調整。あるいは敗戦後の帝国再建についての協議だと考えているでしょう」


「そうか」


皇帝は窓の外を見る。


帝都インペリア。


五百年以上にわたって帝国の中心であり続けた都市。


そして今。


この都市が、帝国の未来を決める。


「では――始めよう」


その言葉を合図に。


帝国内各地へ向けて、命令が発せられた。


元老院派の主要人物を拘束せよ。


旧ウェトゥス派の主要人物を拘束せよ。


抵抗する者は反逆者として処理せよ。


そして――


帝国軍を各構成国へ進軍させよ。


その日のうちに、帝国軍は動き始めた。


元老院派の構成国。


旧ウェトゥス派の構成国。


それぞれの国へ向けて、皇帝ホスティスの名による命令が届けられる。


――帝国軍への抵抗を禁ずる。


――皇帝への忠誠を誓え。


――従わぬ場合、帝国への反逆とみなす。


しかし。


各国が事態を理解した頃には、すでに遅かった。


帝都では、政治的指導者の多くが拘束されていた。


そして各地では、帝国軍が国境を越えていた。


だが。


帝国軍は、ルイーナエ大戦で敗北したままの軍隊ではなかった。


ホスティスは皇帝に即位してから数年間。


密かに軍内部の人事を進めていた。


旧来の派閥に属する将校を要職から外し。


自らに忠実な将校を、少しずつ重要な地位へ配置していた。


そのため。


元老院派や旧ウェトゥス派が期待していたほど、帝国軍内部からの抵抗は起こらなかった。


それでも、各地では抵抗が続いた。


だが。


政治的指導者を失った諸国には、帝国軍に対抗するための統一された指揮系統が存在しない。


一つの国が抵抗している間にも。


隣国が降伏する。


隣国が降伏すれば。


さらに別の国が帝国側へ寝返る。


帝国軍は、一国ずつ敵を打ち破っていたのではない。


敵対勢力そのものを分断しながら、帝国内部を制圧していた。


そして。


数年にわたる戦いの末。


元老院派の勢力は崩壊した。


旧ウェトゥス派もまた、主要な構成国が次々と降伏。


その政治的基盤を失った。


帝国軍による軍事的勝利。


そして政治的粛清。


その二つによって――


皇帝ホスティスに対抗できる二大勢力は、帝国内から消滅した。


だが。


ホスティスにとって、それは終わりではなかった。


むしろ――


ここからが本当の改革だった。


帝国改造


ホスティスにとって、内戦に勝利することは目的ではなかった。


目的は、その先にある。


二度と同じ帝国へ戻さないこと。


そのために、皇帝は帝国制度そのものへ手を入れ始めた。


最初に行われたのは――


軍事権の集中だった。


各構成国が独自に保有していた軍隊は縮小される。


一定以上の規模の軍事力を保有することは禁止された。


そして帝国軍は――


皇帝直属の常備軍へと再編された。


これにより。


各構成国が帝国へ反旗を翻しても、単独で皇帝と戦えるほどの軍事力を持つことは難しくなった。


次に手を入れたのは――


外交権。


構成国が独自に外国と軍事同盟を結ぶことは制限された。


帝国としての外交政策は、皇帝政府が主導する。


さらに――


財政。


これまで各構成国ごとに複雑に分かれていた徴税制度へ改革が加えられた。


帝国全体から徴収される税の一部を中央政府が直接管理する制度が整えられていく。


そして――


官僚制度。


それまで各構成国の影響を強く受けていた帝国官僚は、皇帝による任命制度へと改められた。


忠誠の対象を、


「自らの出身国」


から、


「帝国皇帝」


へと変えるためである。


そして最後に。


長年、帝国政治の中心に存在してきた――


元老院。


かつての元老院は、皇帝を選出する権利を持っていた。


皇帝の政策を制限することもできた。


しかし。


内戦によって旧勢力が消滅した後。


議場に並んだのは、新たな議員たちだった。


皇帝に忠実な者。


皇帝によって新たに爵位を与えられた者。


皇帝の政策によって利益を得るようになった構成国の代表。


彼らは元老院そのものを廃止することはなかった。


廃止する必要がなかったからだ。


ホスティスは理解していた。


制度を壊す必要はない。


中身を変えればいい。


かつて皇帝を選び。


皇帝の政策を制限していた元老院は――


皇帝の政策を承認するための機関へと変わっていった。


こうして。


五百年以上続いた帝国の政治構造は、少しずつ姿を変えていった。


かつてのアエテリア帝国は、


「皇帝を頂点としながらも、元老院と各構成国が強い権限を持つ巨大な連合体」


だった。


だが。


もう違う。


帝国軍は皇帝直属。


外交権は皇帝へ集中。


財政も中央政府が管理する。


官僚は皇帝が任命する。


構成国の軍事力は制限される。


独自外交にも制約が課される。


そして――


元老院は、かつての政治的影響力を失った。


五百年以上続いた帝国の政治構造は、数年間の内戦と、その後の改革によって根本から変えられた。


帝都インペリア。


かつて元老院議員たちが激しい議論を交わしていた議場を、皇帝ホスティスは静かに見下ろしていた。


隣には、帝国軍元帥が立っている。


「これで、帝国は一つになったか」


皇帝が尋ねる。


「はい」


元帥は答えた。


「もはや、陛下に対抗できるほどの軍事力と政治力を併せ持つ勢力は、帝国内には存在いたしません」


ホスティスは議場へ視線を戻した。


「そうか」


それだけだった。


喜ぶこともない。


誇ることもない。


ただ。


自らが必要だと判断した改革を終えた。


こうして――


アエテリア帝国は、五百年以上続いた連合的な政治体制から、皇帝を頂点とする中央集権国家へと姿を変えた。


そして。


その中央集権化は、やがて――


絶対君主制へと繋がっていく。


皇帝。


ホスティス・インペラトル・ポテンス・アエテリア。


彼は単なる第五次ポテンス朝の初代皇帝ではなかった。


ルイーナエ大戦による敗北を利用し。


内戦を利用し。


帝国の旧勢力を排除し。


五百年以上続いた政治構造そのものを作り替えた皇帝。


そして。


その瓦礫の上に――


皇帝を頂点とする新たなアエテリア帝国を築いた男。


それが、ホスティスだった。


皮肉なことに。


ルイーナエ大戦によって「帝国の衰退」が始まったと考えられていたアエテリア歴1270年は。


帝国にとって、別の意味で歴史の転換点となった。


敗北によって帝国は弱体化した。


だが。


その弱体化こそが、ホスティスに帝国そのものを作り替える機会を与えた。


そして――


レノウィウスが四歳になった頃から、さらに十年以上が経った。


帝国軍の再編。


財政改革。


官僚制度改革。


元老院改革。


そして構成国の権限縮小。


長い時間をかけて進められた中央集権化は、ついに完成する。


アエテリア帝国は、もはやかつての帝国ではなかった。


五百年以上続いた「連合帝国」は終わりを迎えた。


その後に残ったのは――


皇帝を頂点とする、強大な中央集権国家だった。


そしてこの帝国が。


後のアエテリア大陸の歴史を、大きく動かすことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ