第30話 報告と対応
アンティクイランド王国王都レクィエリアへ戻った俺たちは、王城へ入り、父上――国王アウレリウス・ゲンス・デイ・アンティクイランドへの謁見を行うことになった。
謁見の間へ入ると、玉座には父上が座っていた。その周囲には王国の重臣や軍務を担当する貴族たちが並んでいる。俺はティア、カイ、エリシアとともに玉座の前まで進み、王太子として姿勢を正した。
「父上。ただいま戻りました」
俺が頭を下げる。
アウレリウス王はしばらく俺を見つめ、それから静かに口を開いた。
「レノウィウス、よく戻った」
そして、その表情を僅かに緩める。
「まずは、奮戦ご苦労だった」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
その言葉を聞いた瞬間、肩にのしかかっていた重圧が僅かに軽くなった気がした。戦場から戻って以来、俺は自分の判断が正しかったのか、王都でどのような評価を受けるのか、そればかりを考えていた。だが、少なくとも父上は俺を責めることから始めなかった。
「南部方面軍について報告を」
「はい」
俺は顔を上げた。
「南部方面軍はシルウァニア軍の大規模な反撃を受けました。しかし、我々は敵軍との戦闘を続け、敵国王太子にして主力軍総大将であったセルシール・モンタヌスを討ち取りました」
そう言って、俺は懐から小箱を取り出した。
中には、シルウァニア王族の証であるブローチが入っている。
謁見の間に、僅かなざわめきが広がった。
「敵王太子の証か」
重臣の一人が呟く。
「はい」
俺は答えた。
「セルシール・モンタヌス本人から奪取したものです」
もちろん、本当の戦場を知る俺にとって、あれは「勝利」という言葉だけで片づけられる戦いではない。
南部方面軍は押し返された。
カヴィーレスターン軍は総大将を失った。
アンティクイランド軍も大きな損害を受けた。
だが、俺はそれを「敗北」とは言わなかった。
「南部方面軍は多大な犠牲を払いながらも奮戦し、敵軍主力を率いる王太子兼総大将を討ち取るという決定的な戦果を挙げました。その後、戦力を維持するため、国境付近まで戦線を移しました」
父上は黙って俺の報告を聞いていた。
「分かった」
そして、はっきりと言った。
「敵国の王太子を討ち取った功績は大きい」
その言葉に、謁見の間の空気が変わった。
何人かの貴族が頷いている。
中には、俺の報告をそのまま勝利として受け取っている者もいた。
「それほどの戦果を挙げたのであれば、南部方面軍の戦線後退もやむを得まい」
「敵の王太子を失ったシルウァニアは、大きな打撃を受けたはずです」
「これは我が国にとって大勝利ですな」
そんな声が聞こえる。
俺は何も言わなかった。
彼らは、本当にそう信じているのかもしれない。
だが――。
「私は、そう単純には考えておりません」
別の貴族が静かに言った。
その言葉に、謁見の間が静まり返った。
「敵王太子を討ち取ったことは確かに大戦果です。しかし、南部方面軍の損害も無視できません。さらに、北西部ではルペリウス戦線が停滞し、南西部でも大きな損害を受けております」
「つまり、戦争そのものは予定通り進んでいない、と?」
「その通りです」
現実を見ている貴族たちは、静かに頷いていた。
俺はその姿を見ながら、少しだけ安堵した。
全員が、俺の言葉を額面通りに受け取っているわけではない。
少なくとも、この戦争の状況を正確に見ようとしている者たちはいる。
「では、今後について議論する」
父上が言った。
重臣たちが一斉に姿勢を正す。
「南部方面軍はどうするべきだ」
「再度の攻勢は慎重に判断すべきでしょう」
「しかし、戦線を空ければシルウァニア軍がこちらへ進出してくる可能性があります」
「ならば、一定の兵力を残す必要がある」
様々な意見が飛び交う。
そして、俺も一つの案を出した。
「南部方面には、一定の軍を残すべきです」
父上がこちらを見る。
「理由は?」
「シルウァニアに、我々が継戦能力を失っていないことを示すためです」
俺は答えた。
「南部方面軍を完全に引き上げれば、シルウァニア側は今回の戦闘を自分たちの勝利だと判断する可能性があります。そして、こちらが南部から完全に撤退したと判断されれば、さらに国境へ兵力を集中させるでしょう」
「つまり、攻勢を続けるためではなく、戦争を継続する意思を見せるために兵を残す」
「はい」
父上が頷いた。
「現状で大規模な攻勢を再開する必要はない。しかし、国境付近を完全に空けるべきでもない」
現実的な案だった。
王国としても、現在の損害を考えれば、すぐに再び大軍を送り込むわけにはいかない。
だが、だからといって「もう戦えません」という姿勢を見せれば、シルウァニア軍に主導権を渡すことになる。
「では、どの程度の兵力を残す?」
軍務担当の貴族が尋ねる。
俺は答えを聞くため、父上へ視線を向けた。
やがて王が決断する。
「中央軍第三軍団を残す」
続いて別の兵力が挙げられる。
「北部諸侯軍も配置する」
「それに加えて、傭兵団を投入します」
最終的に、南部方面の国境付近へ残す兵力は三千人と決定された。
中央軍第三軍団。
北部諸侯軍。
そして傭兵団。
合わせて三千人。
大軍ではない。
シルウァニア王国へ再侵攻するための兵力でもない。
しかし、それでも意味はある。
我々は戦争を続けることができる。
その意思を、シルウァニア側へ示すための兵力だった。
「三千人で足りるのですか?」
俺が尋ねる。
「攻勢を行うための軍ではない」
父上が答えた。
「国境を監視し、敵の動きを確認し、必要ならば戦闘を行うための兵力だ。今はそれで十分だ」
「分かりました」
俺は頷いた。
こうして南部戦線には、三千人の軍が残されることになった。
中央軍第三軍団。
北部諸侯軍。
そして傭兵団。
今回の敗戦――いや、公式には勝利とされた戦役によって疲弊した大軍をそのまま残すのではなく、必要最小限の戦力だけを前線へ置く。
そして王都では、俺の戦果が大きく評価される一方で、現実を見ている貴族たちはシルウァニア軍が依然として強大であることを理解していた。
俺はその両方を見ながら、静かに息を吐いた。
少なくとも、今すぐ国内で俺の責任問題が爆発することはなさそうだった。
敵王太子を討ち取ったという戦果が、俺を守る盾になっている。
そして、南部国境には三千人の兵士が残された。
シルウァニア王国に対して、こう伝えるために。
――アンティクイランド王国は、まだ戦争を続けることができる、と。




