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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第5章 シルウァニア戦争
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第27話 襲撃

 森の中で身を潜めていた俺たちは、しばらくの間、シルウァニア軍の動きを観察していた。


 三百人ほどの兵士。その中央には、シルウァニア王国王太子セルシール・モンタヌスがいる。周囲には常に護衛がついているが、王太子は指揮や打ち合わせのために天幕を出入りし、そのたびに護衛の配置が変化していた。


 俺は息を潜めたまま、その様子を見つめ続けていた。


 そして、ついに機会が訪れた。


「……動いた」


 エリシアが小声で呟いた。


 セルシールが天幕から出てくる。


 その周囲には十人ほどの護衛兵がついている。王太子は、そのまま少し離れた場所へ向かって歩いていった。そこには別の族長らしき男が待っている。


 二人は何か重要な話をするために、天幕から離れていくようだった。


 そして、ほんの一瞬。


 周囲の兵士たちとの距離が開いた。


「今だ」


 俺は小さく呟いた。


 七人が一斉に身を低くする。


 声を抑えながら、詠唱を始めた。


 身体に魔力が巡る。


 筋力、反応、身体能力。


 そして、武器そのものへも魔力を流し込む。


 武術強化。


 武具強化。


 さらに、俺とティアは通常より上位の強化術を重ねて発動させた。


 それぞれの身体を包む魔力が一気に濃くなる。


 次の瞬間。


 七人全員が魔力を放出した。


 空気が震える。


 周囲に強烈な威圧が走った。


 シルウァニア兵たちが一斉に振り返る。


「敵――!」


 叫び声が上がる。


 しかし、それより早く俺は立ち上がっていた。


「ティア!」


「うん!」


 俺は腰へ手を伸ばした。


 鞘から碧い剣を抜く。


 氷雪の女神グラシエルの加護を受けた、俺の神器。


 碧い刀身が陽光を受けて輝く。


 その一方で、ティアは魔力をさらに高めていた。


 俺たちは互いに視線を交わす。


 言葉は必要なかった。


 やることは決まっている。


 俺は氷結魔法の詠唱を開始する。


 ティアも炎熱魔法の詠唱へ入る。


 周囲のシルウァニア兵が一斉に武器を構えた。


「敵襲!」


「王太子殿下を守れ!」


 護衛たちがセルシールの周囲へ集まる。


 族長らしき男も驚いた様子で後退した。


 だが、距離は十分ではない。


 俺は詠唱を続ける。


 ティアも同時に詠唱を続ける。


 魔力が膨れ上がっていく。


 森の中の空気が一変する。


 そして――。


 二人の詠唱が、ほぼ同時に完成した。


「――炎上」


 ティアが手を前へ掲げる。


 瞬間。


 巨大な炎が一気に放たれた。


 広範囲へ広がる炎。


 シルウァニア兵たちが慌てて退く。


 だが、その瞬間だった。


「風……?」


 俺は目を見開いた。


 セルシールたちの周囲で、突然、強い風が巻き起こった。


 炎の軌道が僅かに逸れる。


 直撃するはずだった炎の一部が横へ流され、周囲の地面や木々へ広がっていく。


 シルウァニア兵の何人かは炎に巻き込まれ、その場に倒れた。


 しかし――。


 完全には避けられていない。


 セルシールたちの周囲にも炎が広がり、護衛兵たちが大きく動揺した。


「まだだ!」


 俺は叫んだ。


 炎が巻き上がる中、俺は右手に握った碧い剣を前へ向けた。


「氷雪の力よ――」


 最後の詠唱が完成する。


「――氷城!」


 瞬間。


 大地が凍った。


 俺の足元から巨大な氷が一気に走り、地面を覆いながらセルシールたちへ迫っていく。


 巨大な氷塊が大地を駆け抜ける。


 逃げようとする護衛たち。


 しかし、間に合わない。


 氷はセルシールと、その周囲にいた護衛たちをまとめて呑み込んだ。


 爆発的な冷気が周囲へ広がる。


 そして、数秒後。


 セルシール・モンタヌスの姿は、氷の向こうに消えていた。


 王太子を守っていた護衛たちも、ほとんどがその場で動かなくなっている。


 戦場に、一瞬だけ静寂が生まれた。


「……今だ!」


 エリシアが叫ぶ。


 その瞬間、俺たちの護衛四人が一斉に飛び出した。


 目標は一つ。


 セルシールが身につけていた、シルウァニア王族の証であるブローチ。


 護衛の一人がセルシールへ駆け寄り、その胸元からブローチを引き抜く。


「確保!」


 別の護衛が受け取る。


「戻れ!」


 四人はすぐにこちらへ戻ってくる。


 俺もティアも、追撃する余裕がないことは理解していた。


 周囲にはまだ大量のシルウァニア兵がいる。


 ここに長く留まれば、三百人の敵軍に包囲される。


「離脱する!」


 俺が命令する。


 七人は一斉に森の奥へ走り出した。


 エリシアが先頭。


 その後ろにティア。


 俺も続く。


 最後尾の護衛が周囲を警戒しながら後退する。


 背後では、シルウァニア軍の怒号が響いていた。


「追え!」


「奴らを逃がすな!」


「王太子殿下が――!」


 その声を聞きながら、俺は振り返らなかった。


 ただ、走った。


 身体は限界に近い。


 それでも、足を止めるわけにはいかない。


 俺たちは森の中へ消えていく。


 手元には、セルシール・モンタヌスがシルウァニア王族であることを示す証。


 これが、この戦争のアイティクイランド唯一の戦果だ。

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