第27話 襲撃
森の中で身を潜めていた俺たちは、しばらくの間、シルウァニア軍の動きを観察していた。
三百人ほどの兵士。その中央には、シルウァニア王国王太子セルシール・モンタヌスがいる。周囲には常に護衛がついているが、王太子は指揮や打ち合わせのために天幕を出入りし、そのたびに護衛の配置が変化していた。
俺は息を潜めたまま、その様子を見つめ続けていた。
そして、ついに機会が訪れた。
「……動いた」
エリシアが小声で呟いた。
セルシールが天幕から出てくる。
その周囲には十人ほどの護衛兵がついている。王太子は、そのまま少し離れた場所へ向かって歩いていった。そこには別の族長らしき男が待っている。
二人は何か重要な話をするために、天幕から離れていくようだった。
そして、ほんの一瞬。
周囲の兵士たちとの距離が開いた。
「今だ」
俺は小さく呟いた。
七人が一斉に身を低くする。
声を抑えながら、詠唱を始めた。
身体に魔力が巡る。
筋力、反応、身体能力。
そして、武器そのものへも魔力を流し込む。
武術強化。
武具強化。
さらに、俺とティアは通常より上位の強化術を重ねて発動させた。
それぞれの身体を包む魔力が一気に濃くなる。
次の瞬間。
七人全員が魔力を放出した。
空気が震える。
周囲に強烈な威圧が走った。
シルウァニア兵たちが一斉に振り返る。
「敵――!」
叫び声が上がる。
しかし、それより早く俺は立ち上がっていた。
「ティア!」
「うん!」
俺は腰へ手を伸ばした。
鞘から碧い剣を抜く。
氷雪の女神グラシエルの加護を受けた、俺の神器。
碧い刀身が陽光を受けて輝く。
その一方で、ティアは魔力をさらに高めていた。
俺たちは互いに視線を交わす。
言葉は必要なかった。
やることは決まっている。
俺は氷結魔法の詠唱を開始する。
ティアも炎熱魔法の詠唱へ入る。
周囲のシルウァニア兵が一斉に武器を構えた。
「敵襲!」
「王太子殿下を守れ!」
護衛たちがセルシールの周囲へ集まる。
族長らしき男も驚いた様子で後退した。
だが、距離は十分ではない。
俺は詠唱を続ける。
ティアも同時に詠唱を続ける。
魔力が膨れ上がっていく。
森の中の空気が一変する。
そして――。
二人の詠唱が、ほぼ同時に完成した。
「――炎上」
ティアが手を前へ掲げる。
瞬間。
巨大な炎が一気に放たれた。
広範囲へ広がる炎。
シルウァニア兵たちが慌てて退く。
だが、その瞬間だった。
「風……?」
俺は目を見開いた。
セルシールたちの周囲で、突然、強い風が巻き起こった。
炎の軌道が僅かに逸れる。
直撃するはずだった炎の一部が横へ流され、周囲の地面や木々へ広がっていく。
シルウァニア兵の何人かは炎に巻き込まれ、その場に倒れた。
しかし――。
完全には避けられていない。
セルシールたちの周囲にも炎が広がり、護衛兵たちが大きく動揺した。
「まだだ!」
俺は叫んだ。
炎が巻き上がる中、俺は右手に握った碧い剣を前へ向けた。
「氷雪の力よ――」
最後の詠唱が完成する。
「――氷城!」
瞬間。
大地が凍った。
俺の足元から巨大な氷が一気に走り、地面を覆いながらセルシールたちへ迫っていく。
巨大な氷塊が大地を駆け抜ける。
逃げようとする護衛たち。
しかし、間に合わない。
氷はセルシールと、その周囲にいた護衛たちをまとめて呑み込んだ。
爆発的な冷気が周囲へ広がる。
そして、数秒後。
セルシール・モンタヌスの姿は、氷の向こうに消えていた。
王太子を守っていた護衛たちも、ほとんどがその場で動かなくなっている。
戦場に、一瞬だけ静寂が生まれた。
「……今だ!」
エリシアが叫ぶ。
その瞬間、俺たちの護衛四人が一斉に飛び出した。
目標は一つ。
セルシールが身につけていた、シルウァニア王族の証であるブローチ。
護衛の一人がセルシールへ駆け寄り、その胸元からブローチを引き抜く。
「確保!」
別の護衛が受け取る。
「戻れ!」
四人はすぐにこちらへ戻ってくる。
俺もティアも、追撃する余裕がないことは理解していた。
周囲にはまだ大量のシルウァニア兵がいる。
ここに長く留まれば、三百人の敵軍に包囲される。
「離脱する!」
俺が命令する。
七人は一斉に森の奥へ走り出した。
エリシアが先頭。
その後ろにティア。
俺も続く。
最後尾の護衛が周囲を警戒しながら後退する。
背後では、シルウァニア軍の怒号が響いていた。
「追え!」
「奴らを逃がすな!」
「王太子殿下が――!」
その声を聞きながら、俺は振り返らなかった。
ただ、走った。
身体は限界に近い。
それでも、足を止めるわけにはいかない。
俺たちは森の中へ消えていく。
手元には、セルシール・モンタヌスがシルウァニア王族であることを示す証。
これが、この戦争のアイティクイランド唯一の戦果だ。




