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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第5章 シルウァニア戦争
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第18話 疑問

南部方面軍の各地で戦闘が続いていた。


 俺たちは、つい先ほど三千人のシルウァニア軍を退けた。しかし、それは南部戦線全体から見れば、ほんの一つの局地戦に過ぎなかった。諸侯軍が攻撃を受け、傭兵団が襲撃され、補給部隊が狙われ、前線基地の周囲にも敵影が現れる。まるで南部戦線のあちこちから、同時にシルウァニア軍が湧き出しているようだった。


 俺は地図を見つめながら、これまでの作戦計画を頭の中で整理していた。


 本来なら、シルウァニア王国軍の主力は北西部へ向かうはずだった。


 エクィトゥム王国軍が最初に北西部から攻撃を開始し、さらにその後、北西部方面へ追加の大軍を投入する。シルウァニア側がそれに対応するため主力を北西部へ集めたところで、南西部方面からエクィトゥム軍がさらに大軍を投入する。


 その瞬間、北西部へ集まったシルウァニア軍主力が南西部へ引き返す。


 それが、俺たちが考えていた流れだった。


 だからこそ、南部方面軍はシルウァニア軍主力が北西部へ移動していることを前提に、比較的自由に南部から圧力をかけられるはずだった。


 ところが――。


「どうなっている?」


 俺は小さく呟いた。


 北西部ではルペリウス戦線が停滞している。


 南西部でも、オスティエール公爵率いる軍が防御壁を突破したものの、大損害を受けて前進を止めている。


 つまり、北西部と南西部の双方で、こちらは予定より苦戦している。


 それなら本来、シルウァニア軍の主力は北西部へ集まっているはずだった。


 しかし、南部では明らかに敵の攻撃が増えている。


「殿下」


 カイが地図を覗き込む。


「何か変です」


「ああ」


 俺は頷いた。


「敵の動きが、俺たちの想定と合わない」


 シルウァニア軍が南部へ兵力を投入している。


 それ自体は、おかしくない。


 俺たちが南部から進撃している以上、当然守備隊はいる。


 しかし、今起きていることは、それとは規模が違う。


 諸侯軍や傭兵団まで各地で攻撃を受けている。


 しかも、一つの場所で大規模な決戦が起きているわけではない。


 複数の場所で、ほぼ同時に攻撃が起きている。


「シルウァニア軍は、どこまで南へ兵を動かしている?」


「分かりません」


 アトラシート伯爵が答えた。


「敵の主力と思われる大規模な軍勢については、依然として確認できていません」


「……主力は北西部にいるはずなんだがな」


 俺は呟いた。


 少なくとも、作戦計画ではそうなっている。


 まず北西部へ敵を引きつける。


 南西部から新たな大軍を投入する。


 そして敵主力を南西部へ誘導する。


 そこから先が「竜の祝福」の本来の流れだった。


 だから今の状況は、明らかにおかしい。


 敵は北西部へ主力を集めていない。


 それどころか、南部の各地でこちらの分散した部隊を攻撃している。


「もしかすると……」


 ティアが地図を見る。


「敵も作戦を変えたのかな?」


「その可能性はある」


 俺は答える。


「ただ、そうだとしても、どこまで戦力を動かしているのか分からない」


 それが一番の問題だった。


 俺たちは、敵の姿を見ることができていない。


 森と山が視界を遮る。


 敵は小部隊に分かれて動いている。


 伝令も行き来しにくい。


 しかも、敵の攻撃地点があまりにも多い。


 どれか一つを本隊だと考えれば、その間に別の場所が襲われる。


 どこかへ援軍を送れば、別の場所が手薄になる。


「各部隊へ通達する」


 俺は命じた。


「敵の攻撃を受けても、勝手に追撃するな。現在地を維持して、必ず近隣部隊へ連絡しろ」


「承知しました!」


 伝令が走っていく。


 俺は地図から目を離さなかった。


 何かがおかしい。


 それだけは分かる。


 しかし、何がおかしいのかまでは、まだ分からない。


 俺たちの作戦では、シルウァニア軍主力は北西部へ向かっているはずだった。


 そして、南西部でエクィトゥム軍が大軍を投入した段階で、ようやく南部方面へ引き返してくる。


 それを前提として、俺たちは南部から王都へ圧力をかけるはずだった。


 ところが今、南部戦線では、すでにシルウァニア軍の攻撃が始まっている。


 しかも、その規模はこれまでのゲリラ戦とは明らかに違う。


「……いったい、敵はどこまで来ているんだ?」


 俺の問いに、誰も答えられなかった。


 この時点で俺は、まだ知らなかった。


 北西部へ向かうと想定されていたシルウァニア王国軍の主力、その十万人が、すでに南部方面へ向けて進軍していることを。


 そして、その十万人が南部方面防衛軍と合流し、俺たち南部方面軍の退路と連絡線を狙って動き始めていることを。


 俺たちの目の前に見えているのは、ほんの一部のシルウァニア軍に過ぎなかった。

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