第13話 第四段階開始
シルウァニア戦争が始まってから、しばらくの時が過ぎていた。
俺たち南部方面軍五万人は、シルウァニア王国との国境へ向けて進軍を続けていた。
先頭を進むのは、カヴィーレスターン軍三万三千人とアンティクイランド軍一万七千人からなる連合軍。その中に俺、ティア、カイ、エリシア、アトラシート伯爵たちもいる。
そして、ついに目的地へ到着した。
コンキューウン男爵領の国境付近。
その先には、山々に挟まれた街道と、それを塞ぐように築かれたシルウァニア王国の防御壁が見えていた。
「……ここだな」
俺は騎馬の上から、遠くに見える防御壁を見つめた。
山と山の間を通る街道を塞ぐ大きさだ。壁の向こうにはシルウァニア軍の陣地があり、そのさらに先には山岳地帯が続いている。
「大きいね」
隣のティアが言う。
「ああ」
「これを突破するんだよね」
「そうだ」
俺は答えながら、周囲を見渡した。
五万人。
カヴィーレスターン軍三万三千。
アンティクイランド軍一万七千。
この人数が一度に動けば、街道も周辺の平地も兵士で埋め尽くされる。
俺たちの役目は明確だった。
この防御壁を突破する。
そして、南部からシルウァニア王国内部へ進出する。
その先には王都がある。
今回の「竜の祝福」第四段階は、ここから始まる。
到着すると、すぐに準備が始まった。
まず工兵たちが地形を調べる。
攻城兵器を置く場所。
兵士を集める場所。
防御壁までの距離。
敵からの射撃を受けにくい場所。
退路。
補給路。
全てを確認していく。
「殿下」
アトラシート伯爵が地図を持ってきた。
「ファイアカタパルトの配置が完了しました」
「射撃位置は?」
「こちらです」
地図を見る。
「少し遠いな」
「ただ、改良型なら射程内です」
「分かった。バリスタは?」
「左右へ配置します。城壁上の敵兵を狙わせる予定です」
「攻城塔は?」
「現在組み立て中です。完成したものから前線へ移します」
「破城槌と梯子は?」
「こちらも準備を進めています」
「よし」
俺は頷いた。
今回の攻城戦も、単純な歩兵の突撃にはしない。
ファイアカタパルト。
バリスタ。
弓兵。
弩兵。
攻城塔。
破城槌。
梯子。
使えるものは全て使う。
北部と南西部では、すでに防御壁を巡る大規模な攻城戦が行われている。
そして、そのどちらも簡単には終わっていない。
北部では五万人の攻城部隊から戦死二千、戦線離脱六千。
南西部では四万人の攻撃で、戦死三千、戦線離脱七千。
どちらも城壁を突破すること自体には成功した。
だが、突破には大きな犠牲が伴っている。
だからこそ、俺は目の前の防御壁を見ながら、慎重に考えていた。
「レノ」
ティアが声をかける。
「何だ?」
「少し難しい顔してる」
「北部も南西部もかなりの損害を出してるからな」
「ここも同じになるとは限らないよ」
「分かってる」
俺は防御壁を見る。
「でも、敵も同じ山岳民族だ。ここの地形も知り尽くしているはずだ」
「つまり、油断しないってこと?」
「ああ」
ティアが頷く。
「分かった」
準備は続いた。
ファイアカタパルトが組み立てられる。
バリスタが地面へ固定される。
攻城塔が完成し、車輪の状態が確認される。
破城槌の周囲には防護用の設備が取り付けられ、梯子も部隊ごとに整理されていく。
五万人もの兵士を待機させるには、それだけで大量の食料と水が必要になる。
補給部隊は毎日物資を運び込み、軍医たちは戦闘に備えて治療施設を整えていた。
俺たちは砦周辺に臨時の司令部を設置した。
ただし、カヴィーレスターン軍とアンティクイランド軍の指揮系統は依然として別だ。
前線での細かな命令は、それぞれの軍司令部から伝えられる。
この問題は、南部国境へ来ても解決していない。
それでも、今は戦闘準備が優先だ。
「殿下」
カイが近づいてくる。
「何だ?」
「北西部と南西部の状況ですが……かなり厳しいですね」
「ああ」
俺は受け取った報告書へ目を落とした。
北西部ではルペリウス戦線が停滞している。
シルウァニア軍が森や村落へ散開し、ゲリラ戦を続けている。
南西部ではオスティエール公爵率いる四万人が防御壁を突破し、前線基地を制圧した。
しかし、戦死三千。
戦線離脱七千。
残った三万人は前進を止め、基地の維持に専念している。
「エクィトゥム軍も、予定通りには進んでいない」
俺が呟く。
「第三段階まで進めたのに、そこで止まっている」
カイも頷いた。
「それでも第四段階をやるんですか?」
「まだ命令は来ていない」
俺は書類を置いた。
「だから、今は準備するだけだ」
「分かりました」
カイが一礼する。
そこへエリシアがやってきた。
「ティア殿下、お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
ティアが受け取る。
俺も地図へ目を戻した。
南部方面軍は、今のところ戦闘をしていない。
ただ待っている。
待ちながら、準備をする。
それが今の俺たちの役目だった。
数日が過ぎた。
防御壁の前には、さらに多くの攻城兵器が並んでいた。
兵士たちも攻撃に備えて整列訓練を繰り返している。
夜になっても、工兵の仕事は終わらない。
攻城塔の修繕。
ファイアカタパルトの調整。
バリスタの確認。
破城槌の整備。
俺は何度も前線へ足を運び、状況を確認した。
「こちらは問題ありません」
「分かった」
「弓兵も配置を確認しています」
「よし」
少しずつ準備が整っていく。
だが、肝心の命令は来ない。
俺はそれを不思議に思っていた。
北西部は停滞。
南西部も基地の維持で手一杯。
それでも、作戦上は第四段階を行うことになっている。
なら、エクィトゥム側では何か判断をしているはずだ。
「レノ」
ティアが隣に来る。
「何だ?」
「まだ来ないね」
「ああ」
「第四段階の命令」
「そうだな」
俺は遠くの防御壁を見る。
夕暮れの光を受けた石壁が赤く染まっている。
「来たら、すぐ動く」
「うん」
ティアが頷く。
そして、さらに数日。
とうとう、その時が来た。
砦の中でいつものように地図を確認していると、外から騎馬が駆け込んでくる音が聞こえた。
「王太子殿下!」
伝令の声。
「入れ」
扉が開く。
一人の兵士が息を整えながら入ってきた。
「エクィトゥム王国軍司令部より、正式な連絡です!」
「内容は?」
伝令が書状を差し出した。
「『竜の祝福』第四段階、発動の要請です」
俺は書状を受け取った。
封蝋を確認する。
間違いない。
正式な軍令だった。
ついに来た。
俺は封を切り、内容を読む。
第四段階の開始。
南部方面軍五万人による進撃。
目標は目の前の防御壁。
それを突破し、シルウァニア王国内部へ進出する。
俺は書状を閉じた。
「分かった」
伝令を見る。
「全軍へ伝える」
「はっ!」
伝令が一礼して駆け出していく。
直後。
砦の外で、兵士たちが一斉に動き始めた。
ファイアカタパルトの準備。
バリスタの最終確認。
攻城塔の移動。
破城槌の配置。
梯子の運搬。
弓兵と弩兵が所定の位置へ移動する。
五万人の軍営が、一気に戦闘態勢へ変わっていく。
俺は砦の外へ出た。
ティアも隣にいる。
カイとエリシアも少し後ろへ続いている。
そして目の前には、シルウァニア王国の防御壁。
その向こうには、山岳地帯が広がっている。
「始まるね」
ティアが言った。
「ああ」
俺は騎馬へ乗った。
今まで準備を続けてきた。
あとは、命令を出すだけだ。
五万人の兵士が、俺たちの後ろにいる。
カヴィーレスターン軍三万三千人。
アンティクイランド軍一万七千人。
これまで何度も話し合い、それでも完全には解決しなかった指揮権の問題を抱えたまま、それでも同じ戦場へ立つ。
俺は前方を見る。
防御壁。
その先にあるシルウァニア王国。
そして、そのさらに先にある王都。
俺は静かに息を吐いた。
「これより、『竜の祝福』作戦の第四段階を開始する」
その命令が、五万人の軍へ伝わっていった。
ファイアカタパルトが射撃位置につく。
バリスタが構えられる。
攻城塔が前へ出る。
破城槌が運ばれる。
梯子を担いだ兵士たちが隊列へ加わる。
長い準備の時間が終わる。
これから始まるのは、南部方面での本格的な攻撃だった。




