第9話 守備隊壊滅
北西部戦線で各地から敵襲の報告が相次ぎ、エクィトゥム王国軍司令部が混乱していた頃。
前線から少し離れた場所に、一つの小さな村があった。
エクィトゥム王国軍が戦線を押し上げた際に制圧した村である。
村そのものに大きな軍事的価値があったわけではない。
しかし、前線基地へ向かう街道の近くに位置していたため、エクィトゥム軍は後方の安全を確保する目的で百人ほどの兵士を配置していた。
兵士たちは村の中央に簡単な宿営地を設け、村人たちを監視しながら周辺の警戒にあたっていた。
「異常なし」
「街道側も問題ありません」
「周囲に敵影はありません」
交代の兵士たちが報告を交わす。
これまで、この村で大きな問題は起きていなかった。
村人たちはエクィトゥム軍の支配を受け入れたように見えていた。
食料を要求されれば提出する。
街道を通る兵士に道を聞かれれば答える。
少なくとも表面上は、従順だった。
だが、それはエクィトゥム軍から見た表面に過ぎなかった。
村の中では、別の準備が進んでいた。
エクィトゥム軍が村を制圧した直後から、村人たちは互いに連絡を取り合っていた。
男だけではない。
若者も。
年配者も。
女たちも。
戦える者、運べる者、見張れる者。
それぞれが自分にできる役割を担う。
村に暮らす人間のうち、実際に戦闘へ参加できる者を集めた結果、その数は二百二十五人に達していた。
そして、その中には武器を扱った経験のある者もいた。
村人の中には、シルウァニア王国軍に所属していた経験者もいる。
山岳地帯で暮らしてきた彼らにとって、森や村の地形はよく知っている。
どこから入れば見つかりにくいのか。
どこなら身を隠せるのか。
どこを通れば街道へ出られるのか。
それらは、地図を見て考えるものではない。
この土地で暮らしてきた人間なら知っている。
さらに――。
エクィトゥム軍が村を制圧する前から、別の兵士たちが潜伏していた。
シルウァニア王国軍の兵士五十人。
彼らは村の周囲の森や建物に分散し、エクィトゥム軍が村へ駐屯するのを待っていた。
村人たちだけで戦うのではない。
正規兵五十人と、村の民兵二百二十五人。
合計二百七十五人。
それが、百人のエクィトゥム軍を待っていた。
その日の昼過ぎ。
エクィトゥム軍の兵士たちは、普段通りの警戒を続けていた。
「村の周囲に異常は?」
「ありません」
「北側は?」
「問題なしです」
守備隊長が頷く。
百人。
大軍ではないが、村を守るには十分な人数だと考えていた。
しかも、周囲の村人たちは抵抗する様子を見せていない。
「交代の時間だ」
「了解」
兵士たちが配置を入れ替える。
その瞬間だった。
「今だ!」
村の外から声が響いた。
次の瞬間、建物の陰や森の中から人影が一斉に現れた。
武器を手にした村人たち。
そして、シルウァニア王国軍の兵士たち。
「敵襲!」
エクィトゥム兵が叫ぶ。
だが、遅かった。
攻撃は一方向ではない。
村の北側。
南側。
街道側。
宿営地の近く。
複数の場所から同時に攻撃が始まった。
百人の守備隊は、瞬時に対応を迫られる。
「盾を!」
「隊列を組め!」
「敵はどこだ!」
兵士たちが叫びながら武器を構える。
しかし、相手の数が多い。
二百七十五人。
しかも敵は村の地形を完全に把握している。
村人たちは正面から一斉に突撃するのではなく、複数の方向から攻撃を仕掛け、守備隊の動きを分断していく。
建物の陰から攻撃する者。
街道側から攻撃する者。
森から姿を現すシルウァニア兵。
エクィトゥム兵が一方向へ集まれば、別の場所から攻撃が始まる。
「南側が危ない!」
「隊長!」
「こちらへ集まれ!」
守備隊長が兵を集めようとする。
しかし、命令が全員へ届く前に、別の場所から再び敵が現れた。
百人の守備隊は、数では劣っている。
さらに、不意を突かれた。
そして何より、敵が村そのものを利用している。
どこが安全なのか判断できない。
どこから敵が現れるのかも分からない。
戦闘は短時間で決着へ向かっていった。
「後退!」
守備隊長が叫ぶ。
だが、すでに退路も完全には確保できていない。
街道へ出ようとした部隊が、別のシルウァニア兵に阻まれる。
村の外へ逃れようとした兵士が、民兵に囲まれる。
エクィトゥム兵は一つのまとまった部隊として戦うことができなくなっていた。
やがて、守備隊長が地面へ膝をついた。
「……撤退を」
その命令を伝えることすら難しかった。
残った兵士たちは必死に抵抗した。
しかし、兵力差と奇襲。
そして、地形を熟知した敵。
その三つが重なったことで、戦況を覆すことはできなかった。
ほどなくして、村を守っていたエクィトゥム王国軍百人は戦闘能力を失った。
守備隊は壊滅した。
戦闘が終わると、村には再び静けさが戻った。
しかし、村人たちの表情に安堵はなかった。
まだ戦争は終わっていない。
彼らも理解している。
この戦闘によって、エクィトゥム軍はこの村を失った。
そして、この村だけではない。
北西部には同じような村がいくつもある。
同じように森林がある。
同じように山道がある。
そして、そこにはこの土地を知る人間が暮らしている。
シルウァニア王国軍の兵士五十人を率いていた指揮官が、村の外を見た。
「これで終わりではない」
民兵の一人が頷く。
「次も来るでしょう」
「ああ」
「ならば、また戦います」
それ以上の言葉は必要なかった。
北西部の戦いは、正規軍同士が戦場で向き合うだけの戦争ではなくなっていた。
エクィトゥム軍が村を制圧すれば、村そのものが抵抗の拠点になる。
街道を確保すれば、その街道が攻撃の対象になる。
前線基地を築けば、その周囲から敵が現れる。
エクィトゥム王国軍は、少しずつ理解し始めていた。
ここでは、敵軍だけを見ていても戦えない。
村も。
森も。
街道も。
そして、そこに暮らす人々さえも。
すべてがシルウァニア側の戦争に組み込まれている。
百人の守備隊が消えたという報告は、やがて北西部方面軍司令部へ届くことになる。
そしてフィリウスは、さらに難しい現実を突きつけられることになる。




