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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第5章 シルウァニア戦争
PR
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第7話 シルウァニアの反撃準備

 シルウァニア戦争開戦から二日。


 エクィトゥム王国軍北西部方面軍は、ヴロントリア辺境伯領に隣接する国境地帯の巨大防衛城塞を陥落させた。


 五万人の攻城部隊が投入された第一段階は成功した。


 しかし、その代償も大きかった。二千人が戦死し、六千人が負傷して戦線を離脱した。合計八千人。そのため、第二段階へそのまま移行できる兵力は四万二千人となった。


 それでも、エクィトゥム軍は進撃を止めなかった。防衛城壁という最大の障害は突破された。ここから先は、シルウァニア王国北西部を押し上げていくことが第二段階の目的だった。


 四万二千人は五つの部隊へ分けられた。


 中央部隊、一万人。


 その左右に、それぞれ八千人。


 さらに両翼にも八千人ずつ。


 合計四万二千人。


 五つの部隊が横一線に近い形で展開し、それぞれの担当区域から戦線を押し上げていく。


 当初、エクィトゥム側は城塞陥落によってシルウァニア軍の北西部防衛が大きく崩れたと判断していた。


 しかし、進軍を始めて間もなく、その判断が甘かったことを思い知らされる。


「敵部隊を確認!」


 左翼の八千人部隊から報告が入った。


「規模は?」


「およそ五千!」


 部隊指揮官は前方を見つめる。


 敵は五千。


 こちらは八千。


 数字だけなら、押し切ることも不可能ではない。


「前進を続けろ」


 命令が下される。


 だが、進軍はすぐに鈍った。


 敵は正面から決戦を挑んでこない。森や丘陵の向こうへ姿を隠し、エクィトゥム軍が近づけば攻撃し、追撃しようとすれば距離を取る。その繰り返しによって、八千人の部隊は前へ進むことも、敵を完全に捕捉することもできなかった。


 しばらくして、別の八千人部隊からも報告が入った。


「敵部隊と接触!」


「規模は?」


「こちらも五千前後!」


 司令部の空気が変わった。


 二つの部隊が、それぞれ約五千人のシルウァニア軍によって足止めされている。


 しかも、敵は真正面から激突するのではなく、地形を利用しながらエクィトゥム軍の進軍を鈍らせていた。


「中央部隊は?」


「予定通り進んでいます」


「反対側は?」


「こちらも予定通りです」


 五つの部隊のうち二つは停滞。


 残る三つは前進を続けている。


 戦線全体が止まったわけではない。


 中央部隊一万人と残る二つの八千人部隊は、敵の散発的な抵抗を排除しながら着実に前進し、北西部の一部地域を確保していった。


 その結果、エクィトゥム軍は一定の戦線押し上げに成功したと判断した。


 しかし、二つの部隊が足止めされている以上、これ以上無理に前進を続ければ、部隊間の距離が広がり、前線が不規則に突出する危険がある。


「ここで一度止める」


 北西部方面軍司令部が判断した。


「確保した地域を固めろ。各部隊は現在位置を維持し、前線基地の構築を最優先する」


 進撃を続けるより、まず占領した地域を軍事拠点へ変える。


 工兵隊が動き始める。


 防御陣地の構築。


 物資の集積。


 負傷者の収容所の設置。


 弾薬や食料の保管場所の確保。


 さらに、後方との連絡路を整備し、今後到着する大規模な増援を受け入れられるようにする。


 ルペリウス城もその一つだった。


 シルウァニア側の重要拠点である以上、そのまま放置するわけにはいかない。エクィトゥム軍は城内の設備を調べ、兵員を配置し、周囲を防衛拠点として整えていく。


 前線基地が完成すれば、後続の二十万人を受け入れるための拠点になる。


 つまり、第二段階の目的は単純な領土拡大だけではない。


 次に来る大軍を支えるための足場を確保することだった。


 その頃。


 エクィトゥム軍の進撃路から少し離れた場所に、ルペリウス城があった。


 シルウァニア王国北西部を治める大族長、カエルス・アル・ルペリウスの居城である。


 カエルスは、これまで何度もエクィトゥム王国との戦争で前線に立ってきた。幾度となく自ら兵を率い、エクィトゥム軍との戦いを主導してきた人物だ。


 エクィトゥム軍にとって、この地域で最も警戒すべき敵指揮官の一人だった。


 そのルペリウス城にも、エクィトゥム軍が迫っていた。


「大族長、エクィトゥム軍がこちらへ向かっています」


 部下から報告を受け、カエルスは城壁の上から遠くを見た。


「分かっている」


「城の守備兵を増やしますか?」


「必要ない」


 部下が驚く。


「しかし、このままでは城が――」


「落ちるだろう」


 カエルスは淡々と言った。


「最初から、この城を最後まで守るつもりはない」


 カエルスは城内に集めていた民兵を思い返す。


 その多くは、すでに森へ移してある。


 山岳地帯で育った民兵たちにとって、森は城よりも慣れた場所だった。


 城を守るために兵を集中させれば、エクィトゥム軍の大兵力に正面から潰される。


 ならば、守る場所を変える。


 城ではなく、土地そのものを使う。


「城を失っても、北西部を失うわけではない」


 カエルスはそう言った。


 ルペリウス城への攻撃が始まった。


 エクィトゥム軍は城壁へ攻撃を加え、歩兵を前進させる。


 カエルスは長期にわたる正面防衛を選ばなかった。守備隊は最低限の抵抗を行い、時間を稼ぐ。


 そして、やがてルペリウス城は陥落した。


 エクィトゥム軍の旗が城内へ掲げられる。


「大族長を確認できません!」


「逃げたのか?」


「不明です!」


 エクィトゥム軍は城を制圧した。


 だが、カエルス本人はすでに森の中へ移動していた。


 エクィトゥム軍がルペリウス城を落とした頃。


 カエルスの手元には、この地域の兵力についての報告が届いていた。


 先ほどエクィトゥム軍の八千人部隊を迎撃している二つの部隊。


 それぞれ約五千人。


 合計一万人。


 この二つの部隊は、あえて敵と距離を保ちながら睨み合いを続け、エクィトゥム軍の進軍を止める役割を担っている。


 それ以外の兵力。


 約四万五千人。


 その大部分が、すでに北西部全域へ散開していた。


 正規兵。


 民兵。


 各村落の防衛戦力。


 森や山道に慣れた者たち。


 誰もが大軍同士の正面衝突をするためではなく、自分たちの土地を使うために配置されている。


 村人たちは街道や村落周辺に障害や仕掛けを用意し、エクィトゥム軍が通過するたびに進軍を妨げる準備を整えていた。


 森から姿を現して攻撃し、すぐに姿を消す。


 街道を進んでいた部隊が突然足を止められる。


 先頭と後方の部隊が分断されかける。


 補給部隊が狙われ、後方へ戻れば攻撃が止む。


 エクィトゥム軍にとって、敵がどこにいるのかを把握することそのものが難しくなっていく。


 北西部全域が、シルウァニア側の戦場になっていた。


 カエルスは地図を広げ、その状況を確認していた。


「二つの五千人部隊は?」


「現在もエクィトゥム軍と睨み合っています」


「動かすな」


「はい」


「正面から決着をつける必要はない」


 カエルスは北西部全体を見渡すように地図へ視線を落とす。


 四万五千。


 この兵力が、森や村落に散らばっている。


 しかも、彼らはこの土地を知っている。


 敵が進めば攻撃する。


 敵が止まれば距離を取る。


 追撃されれば森へ消える。


 そして、別の場所へ移る。


 それを繰り返す。


 エクィトゥム軍が戦線を押し上げようとすればするほど、守らなければならない場所は増えていく。


 一方、エクィトゥム軍は確保した地域で前線基地の構築を急いでいる。


 カエルスも、その動きを把握していた。


「奴らは止まったか」


「はい。これ以上の前進を続けるより、現在確保した地域を固めることを優先しているようです」


「なるほど」


 カエルスは地図上のエクィトゥム軍の前線基地予定地へ視線を向けた。


 そこを固められれば、後続の大軍が入ってくる。


 二十万人。


 それが加われば、今の四万五千では正面から押し返すことは難しくなる。


 ならば、待っているわけにはいかなかった。


 カエルスの表情が変わる。


「今のうちに叩く」


「大族長?」


「各地へ伝令を出せ」


「何を?」


「散開している部隊へ、一斉攻撃を命じる」


 側近が目を見開く。


「一斉に、ですか?」


「ああ」


 カエルスは頷いた。


「正面から大軍へ突っ込めと言っているわけではない」


 地図上の複数の地点を指す。


「森から出る。村落から出る。街道を見張る。敵の進軍が止まれば攻撃する。敵が追ってきたら離れる。別の場所へ移動する」


 それは一つの戦場で決着をつける戦いではない。


 北西部全域を使って、エクィトゥム軍の進撃そのものを妨害する戦いだった。


「敵に休む時間を与えるな」


 カエルスは続ける。


「奴らが前線基地を固める前に、周囲から絶え間なく圧力をかける。道を使えば攻撃を受ける。森へ入れば別の部隊が現れる。補給を動かせば、それを狙う」


「承知しました」


「そして、二つの五千人部隊はそのまま敵を引きつけろ」


「分かりました」


 側近が次々と伝令を送っていく。


 北西部各地に散開していた兵たちへ。


 森の中へ潜伏していた民兵たちへ。


 村落で待機していた者たちへ。


 一斉に命令が伝わっていく。


 ルペリウス城は落ちた。


 国境防衛部隊も、あの城壁の戦いですでに大きく崩壊している。


 それでも、 シルウァニア戦争開戦から二日。


 エクィトゥム王国軍北西部方面軍は、ヴロントリア辺境伯領に隣接する国境地帯の巨大防衛城塞を陥落させた。


 五万人の攻城部隊が投入された第一段階は成功した。


 しかし、その代償も大きかった。二千人が戦死し、六千人が負傷して戦線を離脱した。合計八千人。そのため、第二段階へそのまま移行できる兵力は四万二千人となった。


 それでも、エクィトゥム軍は進撃を止めなかった。防衛城壁という最大の障害は突破された。ここから先は、シルウァニア王国北西部を押し上げていくことが第二段階の目的だった。


 四万二千人は五つの部隊へ分けられた。


 中央部隊、一万人。


 その左右に、それぞれ八千人。


 さらに両翼にも八千人ずつ。


 合計四万二千人。


 五つの部隊が横一線に近い形で展開し、それぞれの担当区域から戦線を押し上げていく。


 当初、エクィトゥム側は城塞陥落によってシルウァニア軍の北西部防衛が大きく崩れたと判断していた。


 しかし、進軍を始めて間もなく、その判断が甘かったことを思い知らされる。


「敵部隊を確認!」


 左翼の八千人部隊から報告が入った。


「規模は?」


「およそ五千!」


 部隊指揮官は前方を見つめる。


 敵は五千。


 こちらは八千。


 数字だけなら、押し切ることも不可能ではない。


「前進を続けろ」


 命令が下される。


 だが、進軍はすぐに鈍った。


 敵は正面から決戦を挑んでこない。森や丘陵の向こうへ姿を隠し、エクィトゥム軍が近づけば攻撃し、追撃しようとすれば距離を取る。その繰り返しによって、八千人の部隊は前へ進むことも、敵を完全に捕捉することもできなかった。


 しばらくして、別の八千人部隊からも報告が入った。


「敵部隊と接触!」


「規模は?」


「こちらも五千前後!」


 司令部の空気が変わった。


 二つの部隊が、それぞれ約五千人のシルウァニア軍によって足止めされている。


 しかも、敵は真正面から激突するのではなく、地形を利用しながらエクィトゥム軍の進軍を鈍らせていた。


「中央部隊は?」


「予定通り進んでいます」


「反対側は?」


「こちらも予定通りです」


 五つの部隊のうち二つは停滞。


 残る三つは前進を続けている。


 戦線全体が止まったわけではない。


 中央部隊一万人と残る二つの八千人部隊は、敵の散発的な抵抗を排除しながら着実に前進し、北西部の一部地域を確保していった。


 その結果、エクィトゥム軍は一定の戦線押し上げに成功したと判断した。


 しかし、二つの部隊が足止めされている以上、これ以上無理に前進を続ければ、部隊間の距離が広がり、前線が不規則に突出する危険がある。


「ここで一度止める」


 北西部方面軍司令部が判断した。


「確保した地域を固めろ。各部隊は現在位置を維持し、前線基地の構築を最優先する」


 進撃を続けるより、まず占領した地域を軍事拠点へ変える。


 工兵隊が動き始める。


 防御陣地の構築。


 物資の集積。


 負傷者の収容所の設置。


 弾薬や食料の保管場所の確保。


 さらに、後方との連絡路を整備し、今後到着する大規模な増援を受け入れられるようにする。


 ルペリウス城もその一つだった。


 シルウァニア側の重要拠点である以上、そのまま放置するわけにはいかない。エクィトゥム軍は城内の設備を調べ、兵員を配置し、周囲を防衛拠点として整えていく。


 前線基地が完成すれば、後続の二十万人を受け入れるための拠点になる。


 つまり、第二段階の目的は単純な領土拡大だけではない。


 次に来る大軍を支えるための足場を確保することだった。


 その頃。


 エクィトゥム軍の進撃路から少し離れた場所に、ルペリウス城があった。


 シルウァニア王国北西部を治める大族長、カエルス・アル・ルペリウスの居城である。


 カエルスは、これまで何度もエクィトゥム王国との戦争で前線に立ってきた。幾度となく自ら兵を率い、エクィトゥム軍との戦いを主導してきた人物だ。


 エクィトゥム軍にとって、この地域で最も警戒すべき敵指揮官の一人だった。


 そのルペリウス城にも、エクィトゥム軍が迫っていた。


「大族長、エクィトゥム軍がこちらへ向かっています」


 部下から報告を受け、カエルスは城壁の上から遠くを見た。


「分かっている」


「城の守備兵を増やしますか?」


「必要ない」


 部下が驚く。


「しかし、このままでは城が――」


「落ちるだろう」


 カエルスは淡々と言った。


「最初から、この城を最後まで守るつもりはない」


 カエルスは城内に集めていた民兵を思い返す。


 その多くは、すでに森へ移してある。


 山岳地帯で育った民兵たちにとって、森は城よりも慣れた場所だった。


 城を守るために兵を集中させれば、エクィトゥム軍の大兵力に正面から潰される。


 ならば、守る場所を変える。


 城ではなく、土地そのものを使う。


「城を失っても、北西部を失うわけではない」


 カエルスはそう言った。


 ルペリウス城への攻撃が始まった。


 エクィトゥム軍は城壁へ攻撃を加え、歩兵を前進させる。


 カエルスは長期にわたる正面防衛を選ばなかった。守備隊は最低限の抵抗を行い、時間を稼ぐ。


 そして、やがてルペリウス城は陥落した。


 エクィトゥム軍の旗が城内へ掲げられる。


「大族長を確認できません!」


「逃げたのか?」


「不明です!」


 エクィトゥム軍は城を制圧した。


 だが、カエルス本人はすでに森の中へ移動していた。


 エクィトゥム軍がルペリウス城を落とした頃。


 カエルスの手元には、この地域の兵力についての報告が届いていた。


 先ほどエクィトゥム軍の八千人部隊を迎撃している二つの部隊。


 それぞれ約五千人。


 合計一万人。


 この二つの部隊は、あえて敵と距離を保ちながら睨み合いを続け、エクィトゥム軍の進軍を止める役割を担っている。


 それ以外の兵力。


 約四万五千人。


 その大部分が、すでに北西部全域へ散開していた。


 正規兵。


 民兵。


 各村落の防衛戦力。


 森や山道に慣れた者たち。


 誰もが大軍同士の正面衝突をするためではなく、自分たちの土地を使うために配置されている。


 村人たちは街道や村落周辺に障害や仕掛けを用意し、エクィトゥム軍が通過するたびに進軍を妨げる準備を整えていた。


 森から姿を現して攻撃し、すぐに姿を消す。


 街道を進んでいた部隊が突然足を止められる。


 先頭と後方の部隊が分断されかける。


 補給部隊が狙われ、後方へ戻れば攻撃が止む。


 エクィトゥム軍にとって、敵がどこにいるのかを把握することそのものが難しくなっていく。


 北西部全域が、シルウァニア側の戦場になっていた。


 カエルスは地図を広げ、その状況を確認していた。


「二つの五千人部隊は?」


「現在もエクィトゥム軍と睨み合っています」


「動かすな」


「はい」


「正面から決着をつける必要はない」


 カエルスは北西部全体を見渡すように地図へ視線を落とす。


 四万五千。


 この兵力が、森や村落に散らばっている。


 しかも、彼らはこの土地を知っている。


 敵が進めば攻撃する。


 敵が止まれば距離を取る。


 追撃されれば森へ消える。


 そして、別の場所へ移る。


 それを繰り返す。


 エクィトゥム軍が戦線を押し上げようとすればするほど、守らなければならない場所は増えていく。


 一方、エクィトゥム軍は確保した地域で前線基地の構築を急いでいる。


 カエルスも、その動きを把握していた。


「奴らは止まったか」


「はい。これ以上の前進を続けるより、現在確保した地域を固めることを優先しているようです」


「なるほど」


 カエルスは地図上のエクィトゥム軍の前線基地予定地へ視線を向けた。


 そこを固められれば、後続の大軍が入ってくる。


 二十万人。


 それが加われば、今の四万五千では正面から押し返すことは難しくなる。


 ならば、待っているわけにはいかなかった。


 カエルスの表情が変わる。


「今のうちに叩く」


「大族長?」


「各地へ伝令を出せ」


「何を?」


「散開している部隊へ、一斉攻撃を命じる」


 側近が目を見開く。


「一斉に、ですか?」


「ああ」


 カエルスは頷いた。


「正面から大軍へ突っ込めと言っているわけではない」


 地図上の複数の地点を指す。


「森から出る。村落から出る。街道を見張る。敵の進軍が止まれば攻撃する。敵が追ってきたら離れる。別の場所へ移動する」


 それは一つの戦場で決着をつける戦いではない。


 北西部全域を使って、エクィトゥム軍の進撃そのものを妨害する戦いだった。


「敵に休む時間を与えるな」


 カエルスは続ける。


「奴らが前線基地を固める前に、周囲から絶え間なく圧力をかける。道を使えば攻撃を受ける。森へ入れば別の部隊が現れる。補給を動かせば、それを狙う」


「承知しました」


「そして、二つの五千人部隊はそのまま敵を引きつけろ」


「分かりました」


 側近が次々と伝令を送っていく。


 北西部各地に散開していた兵たちへ。


 森の中へ潜伏していた民兵たちへ。


 村落で待機していた者たちへ。


 一斉に命令が伝わっていく。


 ルペリウス城は落ちた。


 国境防衛部隊も、あの城壁の戦いですでに大きく崩壊している。


 それでも、シルウァニア側にはまだ四万五千人の兵力が残っていた。


 彼らは一つの軍としてまとまるのではなく、北西部全域へ散らばっている。


 そしてカエルス・アル・ルペリウスは、その兵力を使い、エクィトゥム軍が築き始めた前線基地と、その先の進軍路へ一斉に攻撃を仕掛けようとしていた。


 一方、ルペリウス城を落としたエクィトゥム王国軍は、一定の戦線押し上げに成功したことで前進を停止し、確保した地域の要塞化を急いでいた。


 だが、その停止は休息を意味しない。


 これから後続の二十万人を迎え入れるための準備であり、次なる進撃のための前線基地を築くための時間だった。


 その時間を、一日でも長く奪う。


 カエルスが選んだのは、北西部全域を使った持久的なゲリラ戦だった。 シルウァニア戦争開戦から二日。


 エクィトゥム王国軍北西部方面軍は、ヴロントリア辺境伯領に隣接する国境地帯の巨大防衛城塞を陥落させた。


 五万人の攻城部隊が投入された第一段階は成功した。


 しかし、その代償も大きかった。二千人が戦死し、六千人が負傷して戦線を離脱した。合計八千人。そのため、第二段階へそのまま移行できる兵力は四万二千人となった。


 それでも、エクィトゥム軍は進撃を止めなかった。防衛城壁という最大の障害は突破された。ここから先は、シルウァニア王国北西部を押し上げていくことが第二段階の目的だった。


 四万二千人は五つの部隊へ分けられた。


 中央部隊、一万人。


 その左右に、それぞれ八千人。


 さらに両翼にも八千人ずつ。


 合計四万二千人。


 五つの部隊が横一線に近い形で展開し、それぞれの担当区域から戦線を押し上げていく。


 当初、エクィトゥム側は城塞陥落によってシルウァニア軍の北西部防衛が大きく崩れたと判断していた。


 しかし、進軍を始めて間もなく、その判断が甘かったことを思い知らされる。


「敵部隊を確認!」


 左翼の八千人部隊から報告が入った。


「規模は?」


「およそ五千!」


 部隊指揮官は前方を見つめる。


 敵は五千。


 こちらは八千。


 数字だけなら、押し切ることも不可能ではない。


「前進を続けろ」


 命令が下される。


 だが、進軍はすぐに鈍った。


 敵は正面から決戦を挑んでこない。森や丘陵の向こうへ姿を隠し、エクィトゥム軍が近づけば攻撃し、追撃しようとすれば距離を取る。その繰り返しによって、八千人の部隊は前へ進むことも、敵を完全に捕捉することもできなかった。


 しばらくして、別の八千人部隊からも報告が入った。


「敵部隊と接触!」


「規模は?」


「こちらも五千前後!」


 司令部の空気が変わった。


 二つの部隊が、それぞれ約五千人のシルウァニア軍によって足止めされている。


 しかも、敵は真正面から激突するのではなく、地形を利用しながらエクィトゥム軍の進軍を鈍らせていた。


「中央部隊は?」


「予定通り進んでいます」


「反対側は?」


「こちらも予定通りです」


 五つの部隊のうち二つは停滞。


 残る三つは前進を続けている。


 戦線全体が止まったわけではない。


 中央部隊一万人と残る二つの八千人部隊は、敵の散発的な抵抗を排除しながら着実に前進し、北西部の一部地域を確保していった。


 その結果、エクィトゥム軍は一定の戦線押し上げに成功したと判断した。


 しかし、二つの部隊が足止めされている以上、これ以上無理に前進を続ければ、部隊間の距離が広がり、前線が不規則に突出する危険がある。


「ここで一度止める」


 北西部方面軍司令部が判断した。


「確保した地域を固めろ。各部隊は現在位置を維持し、前線基地の構築を最優先する」


 進撃を続けるより、まず占領した地域を軍事拠点へ変える。


 工兵隊が動き始める。


 防御陣地の構築。


 物資の集積。


 負傷者の収容所の設置。


 弾薬や食料の保管場所の確保。


 さらに、後方との連絡路を整備し、今後到着する大規模な増援を受け入れられるようにする。


 ルペリウス城もその一つだった。


 シルウァニア側の重要拠点である以上、そのまま放置するわけにはいかない。エクィトゥム軍は城内の設備を調べ、兵員を配置し、周囲を防衛拠点として整えていく。


 前線基地が完成すれば、後続の二十万人を受け入れるための拠点になる。


 つまり、第二段階の目的は単純な領土拡大だけではない。


 次に来る大軍を支えるための足場を確保することだった。


 その頃。


 エクィトゥム軍の進撃路から少し離れた場所に、ルペリウス城があった。


 シルウァニア王国北西部を治める大族長、カエルス・アル・ルペリウスの居城である。


 カエルスは、これまで何度もエクィトゥム王国との戦争で前線に立ってきた。幾度となく自ら兵を率い、エクィトゥム軍との戦いを主導してきた人物だ。


 エクィトゥム軍にとって、この地域で最も警戒すべき敵指揮官の一人だった。


 そのルペリウス城にも、エクィトゥム軍が迫っていた。


「大族長、エクィトゥム軍がこちらへ向かっています」


 部下から報告を受け、カエルスは城壁の上から遠くを見た。


「分かっている」


「城の守備兵を増やしますか?」


「必要ない」


 部下が驚く。


「しかし、このままでは城が――」


「落ちるだろう」


 カエルスは淡々と言った。


「最初から、この城を最後まで守るつもりはない」


 カエルスは城内に集めていた民兵を思い返す。


 その多くは、すでに森へ移してある。


 山岳地帯で育った民兵たちにとって、森は城よりも慣れた場所だった。


 城を守るために兵を集中させれば、エクィトゥム軍の大兵力に正面から潰される。


 ならば、守る場所を変える。


 城ではなく、土地そのものを使う。


「城を失っても、北西部を失うわけではない」


 カエルスはそう言った。


 ルペリウス城への攻撃が始まった。


 エクィトゥム軍は城壁へ攻撃を加え、歩兵を前進させる。


 カエルスは長期にわたる正面防衛を選ばなかった。守備隊は最低限の抵抗を行い、時間を稼ぐ。


 そして、やがてルペリウス城は陥落した。


 エクィトゥム軍の旗が城内へ掲げられる。


「大族長を確認できません!」


「逃げたのか?」


「不明です!」


 エクィトゥム軍は城を制圧した。


 だが、カエルス本人はすでに森の中へ移動していた。


 エクィトゥム軍がルペリウス城を落とした頃。


 カエルスの手元には、この地域の兵力についての報告が届いていた。


 先ほどエクィトゥム軍の八千人部隊を迎撃している二つの部隊。


 それぞれ約五千人。


 合計一万人。


 この二つの部隊は、あえて敵と距離を保ちながら睨み合いを続け、エクィトゥム軍の進軍を止める役割を担っている。


 それ以外の兵力。


 約四万五千人。


 その大部分が、すでに北西部全域へ散開していた。


 正規兵。


 民兵。


 各村落の防衛戦力。


 森や山道に慣れた者たち。


 誰もが大軍同士の正面衝突をするためではなく、自分たちの土地を使うために配置されている。


 村人たちは街道や村落周辺に障害や仕掛けを用意し、エクィトゥム軍が通過するたびに進軍を妨げる準備を整えていた。


 森から姿を現して攻撃し、すぐに姿を消す。


 街道を進んでいた部隊が突然足を止められる。


 先頭と後方の部隊が分断されかける。


 補給部隊が狙われ、後方へ戻れば攻撃が止む。


 エクィトゥム軍にとって、敵がどこにいるのかを把握することそのものが難しくなっていく。


 北西部全域が、シルウァニア側の戦場になっていた。


 カエルスは地図を広げ、その状況を確認していた。


「二つの五千人部隊は?」


「現在もエクィトゥム軍と睨み合っています」


「動かすな」


「はい」


「正面から決着をつける必要はない」


 カエルスは北西部全体を見渡すように地図へ視線を落とす。


 四万五千。


 この兵力が、森や村落に散らばっている。


 しかも、彼らはこの土地を知っている。


 敵が進めば攻撃する。


 敵が止まれば距離を取る。


 追撃されれば森へ消える。


 そして、別の場所へ移る。


 それを繰り返す。


 エクィトゥム軍が戦線を押し上げようとすればするほど、守らなければならない場所は増えていく。


 一方、エクィトゥム軍は確保した地域で前線基地の構築を急いでいる。


 カエルスも、その動きを把握していた。


「奴らは止まったか」


「はい。これ以上の前進を続けるより、現在確保した地域を固めることを優先しているようです」


「なるほど」


 カエルスは地図上のエクィトゥム軍の前線基地予定地へ視線を向けた。


 そこを固められれば、後続の大軍が入ってくる。


 二十万人。


 それが加われば、今の四万五千では正面から押し返すことは難しくなる。


 ならば、待っているわけにはいかなかった。


 カエルスの表情が変わる。


「今のうちに叩く」


「大族長?」


「各地へ伝令を出せ」


「何を?」


「散開している部隊へ、一斉攻撃を命じる」


 側近が目を見開く。


「一斉に、ですか?」


「ああ」


 カエルスは頷いた。


「正面から大軍へ突っ込めと言っているわけではない」


 地図上の複数の地点を指す。


「森から出る。村落から出る。街道を見張る。敵の進軍が止まれば攻撃する。敵が追ってきたら離れる。別の場所へ移動する」


 それは一つの戦場で決着をつける戦いではない。


 北西部全域を使って、エクィトゥム軍の進撃そのものを妨害する戦いだった。


「敵に休む時間を与えるな」


 カエルスは続ける。


「奴らが前線基地を固める前に、周囲から絶え間なく圧力をかける。道を使えば攻撃を受ける。森へ入れば別の部隊が現れる。補給を動かせば、それを狙う」


「承知しました」


「そして、二つの五千人部隊はそのまま敵を引きつけろ」


「分かりました」


 側近が次々と伝令を送っていく。


 北西部各地に散開していた兵たちへ。


 森の中へ潜伏していた民兵たちへ。


 村落で待機していた者たちへ。


 一斉に命令が伝わっていく。


 ルペリウス城は落ちた。


 国境防衛部隊も、あの城壁の戦いですでに大きく崩壊している。


 それでも、シルウァニア側にはまだ四万五千人の兵力が残っていた。


 彼らは一つの軍としてまとまるのではなく、北西部全域へ散らばっている。


 そしてカエルス・アル・ルペリウスは、その兵力を使い、エクィトゥム軍が築き始めた前線基地と、その先の進軍路へ一斉に攻撃を仕掛けようとしていた。


 一方、ルペリウス城を落としたエクィトゥム王国軍は、一定の戦線押し上げに成功したことで前進を停止し、確保した地域の要塞化を急いでいた。


 だが、その停止は休息を意味しない。


 これから後続の二十万人を迎え入れるための準備であり、次なる進撃のための前線基地を築くための時間だった。


 その時間を、一日でも長く奪う。


 カエルスが選んだのは、北西部全域を使った持久的なゲリラ戦だった。側にはまだ四万五千人の兵力が残っていた。


 彼らは一つの軍としてまとまるのではなく、北西部全域へ散らばっている。


 そしてカエルス・アル・ルペリウスは、その兵力を使い、エクィトゥム軍が築き始めた前線基地と、その先の進軍路へ一斉に攻撃を仕掛けようとしていた。


 一方、ルペリウス城を落としたエクィトゥム王国軍は、一定の戦線押し上げに成功したことで前進を停止し、確保した地域の要塞化を急いでいた。


 だが、その停止は休息を意味しない。


 これから後続の二十万人を迎え入れるための準備であり、次なる進撃のための前線基地を築くための時間だった。


 その時間を、一日でも長く奪う。


 カエルスが選んだのは、北西部全域を使った持久的なゲリラ戦だった。

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