第56話 祝宴
婚礼式と来賓への披露を終え、俺とティアは再び王宮大広間へ戻った。
先ほどまで祭壇が置かれていた場所はすでに整え直され、中央には長い食卓が並べられている。白い布地の上には銀の食器と王家の紋章が刻まれた杯が整然と置かれ、壁際には数多くの燭台が灯されていた。昼間の冬の日差しが消えたことで、白銀を基調とした婚礼装飾は暖かな灯火に照らされ、昼間とは違った落ち着いた雰囲気を作っている。
俺とティアの席は大広間の中央。
正面には父上と母上。
左右にはフィリウスとアイガード。
その周囲には国内の主要貴族、王宮関係者、中央軍の関係者が席についている。ルリウスやエリシアたちも、それぞれ決められた位置についていた。
俺が席につくと、隣のティアが小さく息を吐いた。
「疲れた?」
「少し」
ティアが衣装の裾をわずかに動かす。
「これ、やっぱり重い」
「朝からずっと着ているからな」
「でも、まだ大丈夫」
「無理はするな」
「分かってる」
ティアが笑う。
その時、父上が立ち上がった。
大広間の会話が静まる。
「本日は、我が息子レノウィウスとティアの婚姻を祝うため、これほど多くの方々に集まっていただいたことを嬉しく思う」
父上の声が広間へ響いた。
「国内より参列された諸侯、王国軍関係者、そして遠方より来訪されたエクィトゥム王国王太子フィリウス殿下、カヴィーレスターン大族長アイガード・ゼフィル殿に、改めて感謝する」
父上は俺とティアを見る。
「今日より二人は夫婦となる。王太子と王太子妃として、これから王国を支える立場にもなるだろう。二人の未来と、王国の安寧を願う」
父上が杯を掲げる。
「二人の門出に」
大広間にいる者たちが一斉に杯を取った。
「乾杯」
杯が重なる音が広間に広がる。
俺も杯を掲げ、ティアも隣で同じように杯を上げた。
それから祝宴が始まった。
最初に運ばれてきた料理は、婚礼に相応しく普段の王宮の晩餐よりも多かった。王都周辺で採れた野菜や果物、各地から取り寄せられた肉、海峡から運ばれた魚介などが並び、それぞれの料理には婚礼用の細かな装飾まで施されている。
「これ、全部食べるの?」
ティアが小声で言った。
「全部食べる必要はないだろ」
「よかった」
「ただ、少しは食べた方がいい」
「分かってる」
ティアが笑った。
しばらく料理を楽しんでいると、国内の貴族たちが順番に俺たちの席へ挨拶に訪れ始めた。
「王太子殿下、王太子妃殿下。このたびは誠におめでとうございます」
「ありがとうございます」
「お二人の婚姻が王国のさらなる安定につながることを願っております」
「そうなるよう努めます」
ティアも相手へ礼を返す。
「ありがとうございます」
一人が戻れば、また次の貴族が来る。
法衣貴族。
領地貴族。
軍務に携わる者。
王宮と関係の深い家。
それぞれが立場に応じた祝辞を述べ、俺たちはそれに応じる。
結婚式の前から何度も名前と立場を確認してきたおかげで、対応そのものは問題なかった。
ティアも最初の頃の緊張はかなり薄れている。
「慣れてきた?」
俺が小声で尋ねる。
「うん。でも、話す人が多い」
「そうだな」
「レノは平気?」
「多少は疲れる」
ティアが少し意外そうに俺を見る。
「レノでも?」
「これだけ続けば誰でも疲れるだろ」
「それもそうか」
ティアが笑う。
しばらくすると、エリシアが近づいてきた。
「ティア殿下、少し休憩されますか?」
「まだ大丈夫」
「承知しました。ただ、衣装の裾にはお気をつけください」
「ありがとう」
エリシアはそれだけ言うと、再び少し離れた場所へ戻った。
俺はその背中を見送る。
今日のエリシアは朝からずっとティアの側にいる。衣装、移動、挨拶、来賓との対応、その全てで常に周囲を確認している。本人は疲れを見せないが、かなりの時間を立ったまま過ごしているはずだ。
そこへフィリウスが話しかけてきた。
「レノ」
「何?」
「今日は本当におめでとう」
「ありがとう」
「ティアも」
「ありがとうございます」
フィリウスは二人を交互に見る。
「こうして見ると、やっぱり結婚したんだね」
「そうだな」
「以前から二人を知っているから、少し不思議な感じがするよ」
ティアが笑う。
「フィリウス殿下も、婚礼の準備は大変でした?」
「僕は立場上、呼ばれる側のことが多いからね。主役になる側の方が大変だと思う」
「その通りかも」
「でも、今日の二人はよくできていたよ」
「ありがとう」
俺が答える。
「明日からは王太子夫妻としての仕事も増えるけど、今日はもう何も考えず楽しめばいい」
「そうする」
フィリウスが席へ戻っていく。
反対側では、アイガードが国内の軍務関係者と話している。
「大族長、今日は軍の話はしないと言っていませんでしたか?」
俺が近くを通る際に声をかける。
アイガードが豪快に笑った。
「していませんぞ。今は馬の話をしているだけです」
「馬なら大丈夫なんですか?」
「軍馬の話ではありませんからな」
「……そういうことにしておきます」
「そうしてください」
アイガードが笑う。
その周囲でも、何人かの貴族が笑った。
祝宴の空気は少しずつ柔らかくなっていた。
しばらくすると、楽団が演奏する曲を変えた。
侍従が大広間の中央へ進み出る。
「王太子殿下、王太子妃殿下。最初の舞踏をお願いいたします」
ティアが俺を見る。
「やっぱり来た」
「ああ」
「練習したけど、少し緊張する」
「大丈夫だ」
「レノは?」
「私は問題ない」
「そういうと思った」
俺は立ち上がり、ティアへ手を差し出した。
「行こう」
「うん」
大広間の中央へ進む。
楽団が演奏を始めた。
俺たちは事前に確認した通りに動く。
一歩。
向きを変える。
ティアが歩くたび、白銀の衣装が静かに揺れる。長いヴェールの縁に施された雪晶の刺繍が灯火を受け、細かな光を返していた。
俺の礼装も同じように、青と銀の刺繍が淡く輝く。
大勢の人間がこちらを見ている。
それでも、動きに集中していると周囲のことはそれほど気にならなかった。
「レノ」
「何?」
「さっきより緊張してない?」
「そうだな」
「なんで?」
「二人だけで動く方が楽だからだろ」
ティアが笑う。
「それ、ちょっと分かる」
曲が終わった。
俺たちは一礼し、大きな拍手を受けながら席へ戻った。
「終わった」
ティアが小さく息を吐く。
「問題なかった」
「レノ、簡単に言うね」
「実際、問題なかった」
「まあ、そうだけど」
ティアが笑う。
その後も祝宴は続いた。
料理が追加され、果実水や酒が配られ、貴族たちはそれぞれ交流を深めていく。音楽も何度か変わり、時間が進むにつれて大広間の雰囲気は少しずつ落ち着いていった。
俺も何人かの貴族と話をした。
領地の状況。
王国への期待。
新しい役職について。
結婚後の王太子夫妻に何を期待しているのか。
ただ、具体的な政策や軍事作戦について踏み込むことはなかった。
今日は婚礼の日だ。
そうした話は別の場所で行えばいい。
ティアも女性貴族たちと話していた。
「王太子妃殿下、婚礼衣装がとても素敵です」
「ありがとうございます」
「王家らしいお色ですね」
「雪をイメージして作っていただきました」
「とてもお似合いです」
ティアが笑って礼を返す。
以前なら緊張していたような場面でも、今は落ち着いている。
俺は少し安心した。
今日からティアは王太子妃だ。
これまでとは違う立場になる。
それでも、少なくとも今日一日を見ている限り、ティアなら問題なくやっていけるだろう。
夜が深くなってくると、料理も少しずつ片付けられ始めた。
楽団の演奏も静かなものへ変わり、来賓たちの会話も次第に少なくなっていく。
そして、父上が再び立ち上がった。
それを見た侍従たちが静かに動く。
「皆様、本日は長時間にわたり、我が息子レノウィウスと王太子妃ティアの婚礼を祝っていただき、改めて感謝する」
大広間が静まる。
「本日の祝宴は、これをもって終了とする。遠方より来られた方も多い。どうかそれぞれの宿泊場所へ戻り、ゆっくりと休んでいただきたい」
参列者たちが一斉に立ち上がる。
フィリウスがこちらへ来た。
「今日は本当におめでとう、レノ。ティア」
「ありがとう」
「明日からも予定があるけど、今夜はゆっくり休んで」
「そうする」
ティアも笑う。
「フィリウス殿下も、今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
アイガードもやって来た。
「いやあ、良い婚礼でしたな」
「ありがとうございます、大族長」
「明日からまた軍の話もありますが、今日はもう忘れておきましょう」
「そうします」
「それがいい」
アイガードは豪快に笑ってから、従者とともに退場していった。
国内の貴族たちも、一人ずつ俺たちの前へ来て最後の挨拶をしていく。
「本日は誠におめでとうございました」
「ありがとうございます」
「王太子妃殿下、今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
最後の来賓が大広間を出る。
楽団が最後の演奏を終えた。
侍女たちが食器を片付け始め、文官たちも式次第がすべて終了したことを確認していく。
さっきまで大勢の人間で満ちていた大広間が、少しずつ静かになっていく。
やがて、俺とティアの周囲に残ったのは、王族と少数の侍従たちだけになった。
「終わったね」
ティアが言った。
「ああ」
「本当に終わった」
「長かったな」
「朝からずっとだったもん」
「疲れたか?」
「少し。でも大丈夫」
ティアが大広間を見渡す。
白銀の装飾。
灯りの減った燭台。
片付けが始まった長い食卓。
そして、今日一日ずっと飾られていた雪晶。
「静かになると、さっきまでここに人がたくさんいたのが嘘みたい」
「そうだな」
俺は婚礼章へ目を落とした。
朝からずっと胸元にあった白銀の盾。
その中央の雪晶と碧い宝石が、今も静かな光を返している。
今日一日の役目を終えても、まだ外すことはできない。
俺はティアを見る。
「そろそろ戻ろう」
「うん」
エリシアが近づいてきた。
「ティア殿下、お部屋の準備は整っております」
「ありがとう、エリシア」
ルリウスも俺の側へ来る。
「殿下、こちらも準備が整っています」
「分かった」
俺たちは大広間を後にした。
王宮の廊下を進む。
昼間に比べれば人の数はかなり少ない。婚礼のために灯されていた明かりも一部は落とされ、静かな夜の王宮へ戻りつつあった。
やがて、俺とティアのために用意された王太子夫妻の居室へ到着する。
扉の前で侍従と侍女が立ち止まった。
「こちらでございます」
「分かった」
エリシアとルリウスもそれぞれ一礼した。
「本日はお疲れでしょう。どうぞ、ご・ゆ・っ・く・り、お休みください」
「ありがとう」
ティアが答える。
侍従たちが一礼し、扉が閉じられる。
部屋の中には、二人分の衣装を扱うための場所と、暖炉、簡素な応接用の椅子、それから奥に寝室が用意されていた。
今日からここが、俺たちの部屋になる。
ティアが部屋を見回した。
「……本当に同じ部屋なんだね」
「.......」
「........」
何とも言い難い沈黙が落ちる。
「今日は長かったね」
「ああ」
「でも、いい日だった」
「私もそう思う」
話しは続かずティア、窓の外へ目を向けた。
王都の明かりが夜の中に広がっている。
俺は自分の婚礼章を外し、丁寧に台の上へ置いた。
ティアも胸元の装飾を外す。
白銀の雪晶と碧い宝石が、並んで置かれる。
そして__
「ね、ねえ。これって....その...」
「言うな!俺も恥ずかしいから!」
「う、うん。でも、今夜はその...。」
ティアは頬を赤らめ上目遣いで俺を見つめながら言う。
「よろしくね?」
「あ、ああ。」
俺たちはそのままベットへ向かった。
その後のことは...
読者の皆様の想像力の豊かさにお任せするとしよう。




