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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第4章 二つの生を越えて
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第54話 婚礼直前

 冬の終わり。


 王都レクィエリアは朝から普段とは違う空気に包まれていた。


 王宮の周囲には早朝から中央軍と王宮騎士が配置され、正門から続く街路には各地から到着した貴族の馬車が次々と入ってくる。王宮内部でも普段より多くの侍従や侍女、文官が行き交い、来賓を案内する者、式典の進行を確認する者、警備の最終確認を行う者と、それぞれが忙しく動いていた。


 今日、俺とティアは結婚する。


 それまで何度も準備を重ねてきた。


 衣装を決め、式次第を確認し、来賓の名簿を覚え、王宮内の移動経路を何度も歩いた。フィリウスもアイガードもすでに王都へ入り、昨日までには主要な来賓の到着も終わっている。あとは、決められた通りに今日を進めるだけだった。


 俺は王宮の一室で、最後の身支度を終えていた。


 白を基調とした礼装。


 布地には青と銀の刺繍が施されている。襟元から肩、袖口にかけて細かな雪晶の意匠が入り、白銀の装飾がその間を走っていた。普段の王太子礼装よりも白の割合が多く、婚礼用として仕立てられたものだ。


 胸元には、白銀の地金で形作られた盾型の婚礼章。


 中央には氷雪の女神グラシエルを象徴する雪晶。


 そして、その中心には澄みきった泉を思わせる碧い宝石が一粒嵌め込まれている。


 窓から差し込む冬の光を受けるたび、淡く光を返した。


 最後に鏡を見る。


 問題ない。


「殿下、最終確認を」


 侍従が近づいてくる。


「どうぞ」


 襟元、袖口、胸元の婚礼章、外衣の留め具を一つずつ確認していく。


「問題ありません」


「分かった」


 侍従が一礼して離れる。


 俺は一度だけ深く息を吐いた。


 緊張しているわけではない。


 ただ、今日一日に必要なことを頭の中で整理していた。


 婚礼式。


 披露。


 祝宴。


 来賓への挨拶。


 その後の予定。


 順番さえ間違えなければ問題ない。


 扉が開いた。


「レノ」


 ティアだった。


 俺は振り返った。


 そして、一瞬だけ言葉が出なかった。


 ティアは純白を基調とした婚礼衣装を身につけていた。


 白銀の布地には銀糸による雪晶の刺繍が施され、胸元から腰、そして裾へ向かうほど細かな模様が広がっている。その中には淡い碧色の糸が混じり、雪に差し込む冬の光のような柔らかな色を作っていた。


 長いヴェールの縁にも雪晶の刺繍が連なっている。


 髪には銀細工の髪飾り。


 中央に小さな雪晶があり、その周囲には細い銀の枝が広がり、いくつもの淡い碧色の石が光を返している。


 胸元には、俺の婚礼章と対になる装飾。


 雪晶の中心に、小さな碧い宝石が嵌め込まれている。


「……」


 ティアが少し不安そうに俺を見る。


「どう?」


 俺は衣装全体を見た。


「綺麗だ」


「それだけ?」


「かなり似合ってる」


「……本当に?」


「ああ」


 ティアの表情が少し緩んだ。


「よかった」


 エリシアがティアの後ろから入ってくる。


「ティア殿下、こちらの最終確認をお願いします」


「うん」


 エリシアがヴェールの位置や髪飾りを確認していく。いつもと変わらず真剣な表情だが、今日ばかりは少しだけいつもより慎重だった。


「問題ありません」


「ありがとう」


 ティアが小さく息を吐く。


「レノ」


「何?」


「変じゃない?」


「変ではない」


「そうじゃなくて……」


 ティアが言葉を止める。


「今日、本当に結婚するんだなって」


 俺は少し考えた。


「そうだな」


「レノは緊張してない?」


「してない」


「やっぱり」


 ティアが苦笑する。


「私は少し緊張してる」


「始まれば落ち着く」


「そうかな」


「これまで何度も確認しただろ」


「それはそうだけど」


「なら大丈夫だ」


 ティアが俺を見る。


「……うん」


 少しだけ安心したようだった。


 その時、扉の外から声がした。


「殿下。そろそろお時間です」


「分かった」


 俺は立ち上がった。


 ティアも姿勢を正す。


「行こう」


「うん」


 俺たちは部屋を出た。


 王宮の廊下には、普段より多くの人がいた。


 ただし誰も騒いでいない。


 侍従は静かに道を空け、文官は手元の進行表を確認し、王宮騎士は所定の位置で立っている。


 廊下の先には父上がいた。


 アウレリウス王。


 その隣には母上であるヴィクトリアがいる。


「来たな」


 父上が俺たちを見る。


「はい」


「ティアも準備はできたか?」


「はい、父上」


 母上がティアへ近づき、ヴェールをもう一度確認する。


「とても綺麗よ」


「ありがとうございます」


「レノも、よく似合っているわ」


「ありがとうございます」


 父上は俺たちを見てから、静かに頷いた。


「もうすぐ始まる」


「分かっています」


「ここから先は、今まで確認した通りだ。慌てる必要はない」


「はい」


 父上がティアを見る。


「ティアも」


「うん」


 ティアが頷く。


 その時、遠くから鐘の音が聞こえた。


 一つ。


 二つ。


 王宮内にゆっくりと響いていく。


 開始時刻が近づいている。


 俺たちの後ろには、式典を進行する侍従と護衛が控えている。


 そのさらに先には、今日の来賓たちがいる。


 エクィトゥム王国王太子フィリウス。


 カヴィーレスターン大族長アイガード。


 そして国内の王族、主要貴族、軍務関係者。


 父上が俺たちの前を向いた。


「行くぞ」


「はい」


 ティアも頷いた。


 俺は隣のティアを見る。


 白銀の衣装。


 淡い碧の宝石。


 そして、俺の胸元にある婚礼章。


 ここまで準備してきた。


 あとは、始めるだけだ。


 侍従が扉の前へ進み、ゆっくりと手を上げる。


 その向こうには、今日のために用意された婚礼の場がある。


「王太子殿下、次期王太子妃殿下。ご準備を」


「分かった」


 扉が開く直前、ティアが小さくこちらを見る。


「レノ」


「何?」


「……一緒に行こう」


 俺は頷いた。


「ああ」


 そして、扉が開いた。

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