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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第4章 二つの生を越えて
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第52話 来賓到着

 冬の半ばに近づいたある朝、王都レクィエリアは普段とは少し違う緊張感に包まれていた。王宮周辺では朝から警備兵の姿が増え、正門へ続く街路にも王宮騎士や中央軍の兵士が配置されている。王都の人々も今日は何か特別な行事があることを察しているらしく、大通りの端には人が集まり始めていた。


 今日は、エクィトゥム王国王太子フィリウス殿下と、カヴィーレスターン大族長アイガード・ゼフィル殿が王都へ到着する日だ。


 俺とティアは、王宮正門に近い歓迎式の場で待っていた。俺は白を基調とした王太子の正装ではなく、来賓を迎えるための正式な礼装を身につけている。胸元には王家の紋章章を着け、隣には次期王太子妃としての礼装に身を包んだティアが立っていた。結婚式はまだ先だが、外国の王太子と大族長を迎える以上、二人とも王族として正式な立場を示す必要がある。


「ちょっと緊張する」


 ティアが小声で言った。


「出迎えるだけだ」


「それでもだよ。フィリウス殿下とは久しぶりだし、アイガード大族長ともちゃんと話すんでしょう?」


「今日は歓迎が中心だ。会談は別に時間を取る」


「分かってる。でも、大勢の前で挨拶するのは少し苦手」


 俺はティアを見る。


「今のうちに、最初の挨拶だけ確認しておけばいい」


「うん」


 ティアが小さく頷く。


 その後ろにはエリシアが控えている。王宮側の侍女や式典担当者とも最終確認を済ませており、ティアが動く際にはすぐ対応できるよう準備していた。少し離れた場所にはルリウスもいる。今日は王太子側の随行として、俺の近くで行動することになっていた。


「殿下」


 ルリウスが声をかけてきた。


「何でしょう?」


「先ほど先行部隊から連絡が入りました。エクィトゥム側の一行が王都南門を通過したそうです」


「分かった」


「カヴィーレスターン側も、予定通りなら間もなく到着します」


「こちらの準備は?」


「問題ありません。護衛騎士の配置も完了しています」


「それなら大丈夫ですね」


 俺は正門の向こうへ視線を向けた。


 しばらくすると、街路の先から騎馬と馬車の列が見えてきた。先頭にはエクィトゥム王国の紋章を掲げた旗があり、その後ろには護衛の騎士たちが続いている。王都へ入ってきた一行はゆっくりと王宮へ近づき、やがて正門前で停止した。


 最初の馬車から一人の青年が降りる。


 エクィトゥム王国王太子フィリウス殿下だった。


 以前に顔を合わせた時と変わらない落ち着いた雰囲気で、こちらへ歩いてくる。俺は所定の位置まで進み、王太子として出迎えた。


「フィリウス殿下、ようこそアンティクイランド王国へ」


 俺が声をかける。


「レノウィウス殿下、お久しぶりです。こうして正式にお迎えいただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、王都までお越しいただきありがとうございます」


 フィリウスは穏やかに笑った。


「それに、もうすぐご結婚ですね」


「はい。フィリウス殿下にもご出席いただけることを嬉しく思います」


「もちろんです。ぜひ、この大切な日をお祝いさせてください」


 そこへティアが一歩進み出る。


「フィリウス殿下、お久しぶりです」


「ティア殿下も、お元気そうで何よりです」


「ありがとうございます」


 二人の短い挨拶が終わると、歓迎式が始まった。王宮騎士が整列し、王家の旗が掲げられる。形式に従って簡単な歓迎の言葉が交わされ、その後、フィリウス一行は王宮内へ案内される。


 だが、今日はもう一人の来賓もいる。


 フィリウス一行が王宮へ入った後、しばらくして別の騎馬隊が姿を見せた。


 先頭に掲げられているのはカヴィーレスターンの旗。


「到着しました」


 ルリウスが伝える。


「そうか」


 俺はそちらへ向き直った。


 馬車が停止し、中からアイガード・ゼフィル大族長が降りてくる。


 俺は以前ガルディシアで会っている。


 その時と同じように大柄な体格で、周囲の護衛より一回りほど大きく見える。今日は大族長としての正式な礼装を身につけており、肩にはカヴィーレスターンの装飾が施された外套を掛けていた。


「レノウィウス殿下」


 アイガードがこちらへ近づいてくる。


「アイガード大族長、王都へようこそ」


「久しぶりですな、殿下」


「ガルディシア以来ですね」


「ええ。あの時より少しばかり大事になりましたが」


 アイガードが笑う。


「まさか婚礼の席で再びお会いすることになるとは思いませんでした」


「私もです」


 ティアも一歩前へ出る。


「アイガード大族長、お久しぶりです」


「ティア殿下もお元気そうで何よりです。ご婚礼、お祝い申し上げます」


「ありがとうございます」


 アイガードは頷いた。


「いやあ、カヴィーレスターンからここまで来るだけでも結構な距離でした。ですが、こういう祝い事なら苦にはなりませんな」


「ありがとうございます。今日はゆっくりお休みください」


「その前に一つ」


 アイガードが俺を見る。


「軍の話もあるのでしょう?」


「明日、父上との会談を予定しています」


「そうですか。ならば今日は婚礼の客として大人しくしておきましょう」


 その言い方に、俺は少しだけ笑った。


「お願いします」


 アイガードも笑う。


 こうして二人の重要な来賓が、無事に王都へ入った。


 夕方。


 歓迎晩餐会が始まった。


 王宮の大広間には長い卓が並べられ、王家、エクィトゥム王国、カヴィーレスターン、そして国内の主要な貴族や軍務関係者が席についている。


 俺とティアは中央に近い位置に座っていた。


 正面には父上。


 少し離れた席にはフィリウス殿下とアイガード大族長。


 エリシアはティアの側で控え、ルリウスも俺の随行として近くにいる。


 晩餐会の始まりには父上が歓迎の言葉を述べた。


「遠路よりアンティクイランド王国へお越しいただいたフィリウス王太子殿下、そしてアイガード大族長殿に、改めて歓迎の意を表する」


 フィリウスが立ち上がる。


「このたびは盛大な歓迎をいただき、ありがとうございます。レノウィウス殿下とティア殿下の婚礼に出席できることを、エクィトゥム王国を代表して嬉しく思います」


 続いてアイガードが立つ。


「カヴィーレスターンを代表して、二人のご婚礼を心よりお祝い申し上げます。王国と我らの間にある結びつきが、今回の婚姻によってさらに強くなることを願っております」


 それぞれが挨拶を終えると、晩餐が始まった。


 しばらくは祝賀の雰囲気が続いた。


 国内貴族がフィリウスへ挨拶し、アイガードとはカヴィーレスターンの話をする者もいる。俺とティアにも次々に声がかかり、婚礼への祝辞を受けながら簡単な挨拶を返していく。


 ティアは最初こそ少し緊張していたが、しばらくすると普段通りに話せるようになっていた。


「少し慣れてきた?」


 俺が小声で聞く。


「うん。でも、まだ名前を間違えないか心配」


「分からなくなったら私に聞けばいい」


「分かった」


 ティアが小さく笑う。


 その後しばらくして、フィリウスが俺の席へ目を向けた。


「レノウィウス殿下」


「はい?」


「婚礼の準備は順調ですか?」


「王宮側がかなり進めてくれています。私たちは確認が中心です」


「なるほど。私はもう少し早く来たかったのですが、王都までの準備に時間がかかりまして」


「それでも予定通りです」


「それならよかった」


 フィリウスが少し笑う。


「明日は父上と会談だと聞いています」


「はい」


「私はエクィトゥム側の話をさせていただくことになるでしょう」


「そうですね」


「婚礼の話とは別に、国家としての話も必要ですから」


「私もそう考えています」


 フィリウスは頷いた。


「ただ、今夜は婚礼を祝う席です。難しい話は明日にしましょう」


「その方がいいですね」


 俺たちはそのまま晩餐を続けた。


 少し離れたところでは、アイガードが国内の貴族と話している。時折大きな笑い声が聞こえてくるが、少なくとも今夜は軍事会談の場ではない。


 予定通りなら、明日は父上との正式な会談。


 そして俺もそこへ参加する。


 婚礼準備と外交日程が、少しずつ同じ時間の中に重なり始めていた。


 それでも今夜については、余計なことを考える必要はない。


 王都へ来てくれた二人を歓迎する。


 それが今日の役割だった。

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