第51話 来賓
冬季休暇に入ってから、王宮での婚礼準備は少しずつ本格的になっていた。婚礼衣装の最終調整が進み、式典当日の進行や席次も細かく決められている。俺もティアも学校が休みになった分、王宮で確認することが増えていたが、その中でも今日の話は特に重要だった。
俺とティアが父上の執務室へ呼ばれると、すでに父上の机の上には新しい資料が並べられていた。前回見せられた婚礼関係の資料とは別に、国外からの来賓についてまとめられた書類が何枚もある。エリシアもティアの側近として同席しており、部屋の隅にはルリウスの姿もあった。
「二人とも来たか」
「はい、父上」
「何か決まったの?」
ティアが席に座る。
「今日は、フィリウス殿下とアイガード大族長の到着について正式に伝えておく」
父上が一枚の書類を取り出した。
「二人の来訪日が決定した。冬の半ばに近い時期だ」
俺は資料を受け取った。
「フィリウス殿下が先ですか?」
「同日に到着する予定だ。別々の経路から来るため、王都へ入る時間は多少異なるが、どちらも同じ日に王宮へ入る」
「同じ日に二人とも?」
ティアが驚いたように聞く。
「その方が王宮側の受け入れをまとめやすい。それに、二人とも今回の婚礼に出席する。王都に入った後の予定も互いに調整する」
父上は次の資料を広げた。
「まずフィリウス殿下。エクィトゥム王国王太子として、正式な国賓扱いになる。到着時には王国軍と王宮騎士の一部を整列させ、王太子としての歓迎礼式を行う」
「私も出迎えるんだったな」
「そうだ」
俺が確認すると、父上は頷いた。
「レノは王太子として出迎える。婚礼前なので、ティアは次期王太子妃として同席する。ただし、正式な王太子妃として扱うのは婚礼成立後だ。この区別は各所へ通達してある」
「そこは分かった」
ティアも頷く。
「アイガード大族長は?」
「こちらも同様に、国家元首に準ずる格式で迎える」
父上の説明が続く。
「カヴィーレスターン側の随行員はかなりの人数になる。大族長本人だけではなく、側近、護衛、外交関係者、軍事関係者も同行する」
「軍事関係者も?」
「当然だ。カヴィーレスターン軍は現在ガルディシアに展開している。大族長が来る以上、軍事面の話をする者も同行する」
俺は資料へ目を落とした。
大族長本人だけならまだいい。
随行員まで含めれば、王宮内の動線や警備はかなり複雑になる。
「王宮側の警備は?」
俺が尋ねる。
「すでに準備に入っている。二人の随行員が使用する区画は分ける。護衛が自由に動けば王宮側の警備と衝突するからな。移動できる範囲と時間も事前に決める」
「当然ですね」
「レノ、随分と軍人らしい顔になったな」
父上が少し笑った。
「王宮警備の方が気になります」
「それだけで十分だ」
父上は次に、来賓到着当日の予定表を俺たちへ渡した。
「まず、フィリウス殿下が王都へ入る。王都南門から王宮までの経路はすでに決めてある。街路の一部を一時的に封鎖し、歓迎に必要な場所だけ人を通す」
「王都の人々にも見せるんだね」
ティアが言った。
「そうだ。外国の王太子が王都へ来ること自体が外交上の行事だからな。秘密裏に入れる理由もない」
「アイガード大族長も同じ?」
「同じだ。ただし、カヴィーレスターン側は軍事関係者も多いから、警備面では少し厳しくする」
「それなら私たちは、到着した場所で挨拶して、そのまま王宮へ案内するの?」
「基本はそうだ。だが、その前にいくつか礼式を確認しておけ」
父上が別の紙を取り出す。
「まず出迎えた時の挨拶。それから王宮へ入る時の順序。歓迎式の後に晩餐会がある。そこでの席次も覚えておけ」
「また席次か」
ティアが小さく呟いた。
「結婚式だけじゃなくて、来賓が来るたびに席次があるんだね」
「王宮とはそういう場所だ」
父上が平然と答える。
「……覚えること多いなあ」
ティアがぼやく。
エリシアが横から資料を受け取った。
「ティア殿下、必要なところは私も確認いたします」
「ありがとう、エリシア」
「フィリウス殿下については、以前王宮で拝見したことがありますし、そこまで難しくないと思います」
「そう?」
「はい」
「じゃあお願い」
ティアが少し安心したように笑った。
エリシアは頷いた。
俺は二人のやり取りを横目で見ながら、自分の資料を確認していく。
「レノ」
父上が呼ぶ。
「はい」
「フィリウス殿下との最初の会話だが、まず王国側から歓迎の言葉を述べる。その後、お前が王太子として対応する」
「分かった」
「形式的な挨拶だけで終わらせてもいいが、今回はそれだけではない。婚礼を控えているからな」
「エクィトゥムとの関係について少し話す?」
「それは歓迎式の後だ。最初から政治の話を始める必要はない。到着したばかりの客人にいきなり外交交渉を持ち込むものではない」
「分かった。まずは歓迎に徹する」
「そうだ」
父上は頷いた。
「アイガード大族長についても同様だ。ただし、こちらは軍事の話をするための別会談が予定されている」
「いつ?」
「翌日だ」
「分かった」
「そこには私も参加する。お前も出る」
「ティアは?」
「婚礼準備を優先する。必要な外交行事以外は参加しなくていい」
ティアがほっとした顔をした。
「よかった」
「そんなに軍事会談が嫌なのか?」
「嫌というより、私がそこにいても分からないことが多いでしょう」
「それなら無理に参加する必要はない」
父上が言う。
「お前にはお前の役割がある」
ティアは頷いた。
その後、ルリウスが父上へ確認した。
「父上、王宮内の警備配置についてですが、王太子殿下の移動経路は通常と同じですか?」
「基本は同じだ。ただし来賓滞在中は一部が変更される」
「では、私も王太子殿下の随行側で確認しておきます」
「頼む」
ルリウスは俺を見る。
「殿下、当日の出迎えから歓迎晩餐会まで、私も同行します」
「分かった。よろしく」
俺たちがそう話していると、ティアが少し気になったように尋ねた。
「私の方は?」
「エリシアがつく」
父上が即答した。
「ティアの側近としての役割を任せている。婚礼準備もある以上、動線や予定を常に把握しておく必要がある」
「うん」
エリシアも一礼した。
「承知しております」
説明が終わった後、俺たちは執務室を出た。
廊下へ出ると、ティアが大きく息を吐く。
「これで来賓が来る日も決まったんだね」
「ああ」
「なんだか急に近くなった気がする」
「冬の半ばだからな」
「その後には結婚式」
「そうだ」
ティアが少し黙った。
「……レノ」
「何?」
「フィリウス殿下たちが来たら、もう結婚式まですぐ?」
「予定通りならな」
「そっか」
ティアは少しだけ笑った。
「今までまだ先だと思ってたけど、そうでもないんだね」
「まあ、準備自体はもう始まっている」
「衣装もできてきたし」
「ああ」
ティアが自分の胸元に手を当てる。
婚礼衣装そのものを身につけるのはまだ先だが、すでに完成した部分も多い。
「この前の衣装合わせ、ちょっと恥ずかしかった」
「どうして?」
「だって、レノと並んで見せるんでしょう?」
「今さらじゃないか」
「そういう問題じゃないの」
ティアが少し笑う。
エリシアはその後ろで静かにしていたが、少しだけ口元を緩めていた。
「フィリウス殿下が来る日までには、覚えることを全部終わらせないとね」
ティアが言った。
「そうだな」
「来賓の名前、挨拶、席順、礼式……」
「一つずつやればいい」
「レノは簡単に言う」
「実際、一つずつしかできないだろ」
「それはそうだけど」
俺たちはそのまま廊下を歩いた。
その数日後。
王都では、国外からの要人を迎える準備が目に見えて増え始めた。
王都へ入る街道の警備が強化され、王宮周辺にも普段より多くの兵士が配置されている。王宮へ運び込まれる物資も増え、歓迎晩餐会に使われる食材や、来賓の宿泊区画に必要な備品などが次々と届けられていた。
婚礼の準備だけでも大変なのに、そこへ二人の重要な来賓が重なる。
俺は王宮の窓から外を眺めながら、届いた予定表を確認した。
フィリウス来訪まで、あと数日。
アイガード大族長の到着も同じ日。
その後には歓迎行事。
会談。
そして――婚礼。
「殿下」
ルリウスが書類を持ってきた。
「新しい警備配置です」
「分かった」
俺は資料を受け取った。
予定を確認する。
俺自身のやることは整理できている。
来賓を迎える。
歓迎行事に出る。
必要な会談に参加する。
そしてティアと一緒に婚礼の準備を進める。
「レノ」
廊下の向こうからティアの声が聞こえた。
「どうした?」
「明日の礼式確認、一時間早くなったって」
「分かった」
「あと、衣装担当の人からも呼ばれてる」
「また?」
「うん。今度はヴェールと髪飾り」
「そうか」
ティアは少し困ったように笑った。
「本当に忙しいね」
「冬休みだからな」
「学校より忙しいじゃん」
「それは否定しない」
ティアが笑う。
「じゃあ、一緒に行こう」
「ああ」
二人で廊下を歩き始めた。
外では、冬の風が王宮の窓を静かに鳴らしていた。冬の半ばは、もう遠くない。




