第50話 婚礼衣装
冬季休暇に入り、王宮では俺とティアの婚礼に向けた準備が本格的に始まっていた。学校にいる間は通常通り授業や訓練が優先されていたが、休暇に入ったことで王宮側の予定が一気に増えた。来賓の受け入れ準備、式典の進行確認、席次、王宮内の警備、そして婚礼当日に身につける衣装の最終調整まで、決めることはかなり多い。
その日の午後、俺とティアは婚礼衣装を確認するため、王宮内の大広間へ呼ばれていた。普段なら会議や晩餐に使われる部屋だが、この日は中央に大きな衣装台が置かれ、その周囲には衣装を担当する職人や侍女、礼式担当の文官たちが控えている。台の上には白い布で覆われた二人分の衣装が、それぞれ分けて置かれていた。
「まずはレノウィウス殿下の礼装からお願いいたします」
衣装担当の女性が布を外した。
そこに置かれていたのは、白を基調とした婚礼用の王太子礼装だった。上衣は純白に近い色合いで、布地には細かな銀糸が織り込まれている。光の角度によって表面が淡く輝き、襟から肩、袖口、胸元にかけては青と銀の刺繍が施されていた。近くで見ると、雪の結晶や氷の枝を思わせる細かな模様が連なり、その中にはアイティクイランド王家に古くから伝わる紋様も織り込まれている。
「婚礼用ですので、通常の王太子礼装よりも白を強くしております。青はアイティクイランド王家と氷雪の女神グラシエルを象徴し、銀は王家の格式を表します」
俺は上衣の袖へ目を向けた。青は一色ではなく、深い碧から淡い水色まで細かく変化している。その間を銀糸が走り、雪が光を受けているような模様になっていた。
「胸元はこちらです」
別の職人が、小さな箱を開いた。
中に収められていたのは、白銀の地金で形作られた盾型のブローチだった。
その中央には、氷雪の女神グラシエルを象徴する雪晶。
さらに、その中心には――。
澄みきった泉を思わせる碧い宝石が一粒、嵌め込まれている。
窓から差し込む光を受けるたび、宝石が淡く輝く。まるで凍てついた大地の奥底から湧き出る、清らかな泉のようだった。
「これは王家の婚礼章です」
担当者が説明する。
「王族の正式な婚礼や、それに準ずる王室行事でのみ着用が許されております。中央の雪晶は王家そのものを、碧い宝石は氷雪の地に流れる清らかな泉を象徴しています」
ティアが横から覗き込む。
「綺麗……」
「普段の王太子礼装には使わないのか?」
「通常は王家の紋章章のみとなります。こちらは婚礼用として特別に作られたものです」
ブローチを礼装の胸元へ合わせる。
白い布地の上に白銀の盾が置かれ、その中央で碧い宝石が淡く光った。青と銀の刺繍ともよく馴染んでいる。
続いて、礼装の下に合わせる衣装が説明された。
白いシャツに、わずかに青みを含んだ白銀のベスト。腰には銀の装飾が施された帯が合わせられ、脚衣の側面にも細い青と銀の刺繍が入っている。肩から羽織る短い外衣も白を基調としており、裏地だけが深い碧色になっている。
「こちらは婚礼専用の外衣になります」
背面には王家の紋章が控えめに刺繍され、襟と肩には銀糸による雪晶紋が入っている。
「全体としては白を基調に、青と銀を重ねております」
「分かりました」
俺は一通り確認した。
「問題ないです」
「では、後ほど着用していただき、細部の調整を行います」
ティアが俺を見る。
「かなり白いね」
「婚礼用だからな」
「でも、レノには似合いそう」
「まだ着てないけど」
「見れば分かるよ」
ティアが笑った。
「続いて、ティア殿下の婚礼衣装をお願いいたします」
担当者が別の衣装台へ移った。
布が外される。
ティアの衣装も白が基調だった。
ただし、レノの礼装より柔らかい印象にまとめられている。上半身は白銀の布地で仕立てられ、銀糸で描かれた雪晶と細い枝状の模様が胸元から肩、腰へと流れている。その間には淡い碧色の糸が使われていて、雪に反射した冬の光を思わせる色合いになっていた。
「こちらは次期王太子妃殿下の婚礼衣装として仕立てております」
担当者が説明する。
結婚式までは、まだティアは正式な王太子妃ではない。
そのため、担当者の呼び方も「次期王太子妃殿下」で統一されていた。
「王太子殿下の礼装とは色調を合わせておりますが、刺繍や装飾については女性王族の婚礼衣装として柔らかく仕上げています」
ティアが衣装に近づく。
「この刺繍、雪?」
「はい。裾へ向かうほど細かくなるようにしております」
実際、衣装の裾には銀糸の雪晶がいくつも連なっていた。上部では比較的整った形をしているが、下へ行くほど細かな模様が増え、雪が静かに積もっていくように見える。
背中から伸びるヴェールも白銀を基調としており、縁には淡い碧色の刺繍が施されていた。そこにも小さな雪晶が連なり、中央付近には王家の紋章が控えめに入っている。
「胸元の装飾はこちらです」
担当者が小さな箱を開いた。
中に入っていたのは、銀細工の胸飾り。
中心には小さな雪晶と、淡い碧色の宝石が一つ嵌め込まれている。
「これは?」
ティアが尋ねた。
「はい。王太子殿下の婚礼章と対になる、次期王太子妃殿下の婚礼装飾でございます」
担当者はティアの胸元に合わせる。
「王太子殿下の婚礼章が『王家の雪晶に宿る泉』を象徴するのに対し、こちらは『雪の中に生まれる清らかな光』を象徴しております。王太子殿下の婚礼章と同じく、アイティクイランド王家と氷雪の女神グラシエルに由来する意匠でまとめております」
ティアはしばらく自分の衣装を見ていた。
「……綺麗」
「ありがとうございます」
「この宝石、レノのと同じ色だね」
「はい。二つを並べた際に対になるよう設計されております」
ティアが俺を見る。
「レノの方も見てみたい」
「今から着るらしい」
「じゃあ、待ってる」
俺は別室へ案内された。
礼装へ着替え、最後に胸元へ婚礼章を固定する。
白い上衣。
青と銀の刺繍。
白銀の外衣。
そして胸元の盾型のブローチ。
鏡を見ると、普段の王太子礼装よりもかなり華やかだが、色そのものは落ち着いている。白を中心に青と銀を重ねているため、派手さよりも王家としての格式が前に出ている。
部屋へ戻ると、ティアがこちらを振り返った。
「……似合ってる」
「そうか」
「うん」
俺はティアを見る。
白銀の衣装に、淡い碧色の刺繍。ヴェールの縁に入った雪晶。胸元の小さな碧い宝石。
「ティアも似合ってる」
「本当?」
「ああ」
「よかった」
ティアが笑う。
担当者たちは二人を並べた状態で、刺繍や装飾の位置を確認していく。
レノの礼装に使われた青と銀。
ティアの衣装に使われた淡い碧と銀。
そして双方に施された雪晶の意匠。
完全に同じものではないが、並んだ時には一組の婚礼衣装としてまとまるように作られている。
「色も問題ありません」
担当者が確認する。
「王太子殿下の婚礼章と、次期王太子妃殿下の胸飾りも、並んだ際に対になるよう調整されています」
「そうか」
ティアが胸元の宝石を見ながら言った。
「結婚式の日も、これを着るんだよね」
「ああ」
「じゃあ、忘れないようにしないと」
「ブローチを?」
「うん」
「見れば思い出すだろ」
「そうかも」
ティアが少し笑った。
衣装は最終調整のため、一度それぞれの保管室へ戻されることになった。
まだ婚礼の日までは時間がある。
けれど、準備は一つずつ進んでいる。
俺は最後にもう一度、自分の婚礼章へ目を向けた。
白銀の盾の中央で、碧い宝石が静かに光っていた。




