第49話 第一学年終了
翌朝、王立士官学校はいつも通りだった。
昨日、王宮で結婚式についてかなり細かい話を聞いたばかりだというのに、校内に入ればそんなこととは関係なく、候補生たちは授業の準備をしている。教室では二年次の専門課程について話している者も多く、昨日配られた年度末軍事査閲の結果を見せ合う姿もあった。
俺が席につくと、少し遅れてティアが入ってきた。
「おはよう」
「おはよう」
「昨日の話、結構大変だったね」
「そうだな」
ティアは席へ座りながら、少しだけため息をついた。
「フィリウス殿下が来るだけじゃなくて、アイガード大族長まで来るんだよね」
「そうだ」
「それで婚礼の後は社交界」
「そうなる」
「……冬、忙しいね」
「今まで暇だったわけでもないけどな」
ティアが笑った。
「レノは相変わらずだね」
「何が?」
「結婚式の話をしてるのに、普通に授業の心配してるところ」
「今日の授業は今日のうちに終わらせる必要があるだろ」
「そうだけど」
そこへ教官が入ってきた。
「席につけ!」
教室が静かになる。
今日の授業は一年次の最後の通常課程だった。これまで学んできた戦術や兵站、情報、軍法などを改めて確認し、二年次に向けて必要な資料が配られる。
「二年次からは、各自が選択した専門課程を中心に教育を受ける。ただし、基礎科目がなくなるわけではない」
教官が説明する。
「指揮課程へ進む者も兵站を学ぶ。情報課程へ進む者も戦術を学ぶ。専門とは、他を捨てることではない。自分の主たる分野を定めるという意味だ」
候補生たちが資料へ目を落とす。
昨日の通知表と適性評価。
その結果をもとに、これから二年次の進路が決まる。
俺も自分の専門課程希望欄を確認した。
第一希望は指揮・戦術。
そして兵站・軍務、情報・偵察についても継続して学ぶ予定だ。
ティアも同じく指揮・戦術を第一希望にしている。
エリシアは騎兵・機動戦を希望しているらしい。
ルリウスは情報・偵察。
コリウスは兵站・軍務。
リアは指揮・戦術。
ホリウスは指揮・戦術と騎兵・機動戦のどちらを選ぶか迷っている。
ボリウスは弓・弩兵運用、ポリウスは情報・偵察を希望している。
一人ずつ向いている方向が違う。
それは当然だ。
同じ一年間を過ごしても、得意なものはそれぞれ違う。
授業が終わると、廊下でルリウスと合流した。
「殿下、専門課程はもう決められましたか?」
「第一希望は指揮・戦術です」
「やはりそうですか」
「ルリウスは?」
「情報・偵察です」
「適性も◎だったな」
「はい。自分でも、その方が合っていると思っています」
そこへコリウスも加わった。
「私は兵站・軍務です」
「そうだろうな」
「分かりますか?」
「成績を見ればだいたい」
コリウスが笑う。
「では殿下、二年次は専門が分かれますね」
「そうなる」
少し遅れてホリウスたちも来た。
「俺はまだ迷ってる」
ホリウスが言った。
「指揮か騎兵か」
「両方◎だからな」
ポリウスが言った。
「決めるの難しいだろ」
「まあな」
ボリウスはすでに決めたらしい。
「俺は弓・弩兵」
「ポリウスは情報だよな」
「そのつもり」
リアも頷く。
「私は指揮・戦術」
エリシアが最後に現れた。
「私は騎兵・機動戦です」
「意外と迷わなかったね」
ティアが言う。
「はい。走って敵を追う方が向いていますから」
「エリシア、本当にそういうところがあるよね」
ティアが笑った。
「何か問題ありますか?」
「ないけど」
候補生たちの会話を聞きながら、俺は一年前のことを思い出した。
春の入学時には、全員が同じ一年生だった。
今では、それぞれの得意分野が見えている。
来年からは、それがさらに明確になる。
昼休み。
俺とティアは中庭のベンチに座っていた。
冬の寒さで、誰も長居しようとはしない。
「レノ」
「何?」
「結婚式の衣装、来週から本格的に合わせるらしい」
「そうなのか」
「うん。王宮から予定表が来てた」
「私もある」
「レノも?」
「ああ。礼装の確認と、式典の動きの確認」
ティアが少し笑った。
「じゃあ、一緒だね」
「そうだな」
「学校が終わったらすぐ王宮へ行く日もありそう」
「あるだろうな」
ティアが空を見上げた。
「まだ冬休みに入ってないのに、もう結婚式の準備かあ」
「来賓が早めに来るから、準備期間が必要なんだろう」
「フィリウス殿下とアイガード大族長が来る前に、かなり済ませておかないといけないしね」
「そうだな」
少しだけ沈黙する。
「……楽しみ?」
ティアが聞いた。
「何が?」
「結婚式」
俺は少し考えた。
「楽しみだと思う」
「本当に?」
「ああ」
「ならよかった」
ティアはそれだけ言って笑った。
そこへエリシアが来た。
「ティア殿下、午後の予定が一つ変更になっています」
「もう?」
「はい。王宮から連絡が来ています」
「分かった」
ティアが立ち上がった。
「レノ、また後でね」
「ああ」
冬休みが近づくにつれて、学校の授業は少しずつ終わっていった。
一年次の教材が片付けられ、教室の掲示物も外されていく。来年度の専門課程を示す書類も掲示され、候補生たちは自分の進路を確認していた。
そして、冬休みの前日。
校長から一年間の修了に関する挨拶が行われた。
「諸君らは一年間、軍人として必要な基礎を学んだ。二年次からは専門性が加わる。だが、専門に分かれたからといって、軍隊全体を見ることを忘れるな」
候補生たちは静かに聞いている。
「指揮官も兵站を知らなければならない。兵站担当者も戦術を知らなければならない。情報担当者も戦闘を知らなければならない」
「軍隊とは一つの組織だ。それぞれの専門を持ちながら、全体を理解すること。それが士官だ」
挨拶が終わり、候補生たちは拍手した。
俺も拍手をする。
これで一年次は終わりだった。
校庭へ出ると、すでに冬の風が強く吹いていた。
「終わったね」
ティアが言った。
「ああ」
「来年から専門課程か」
「そうなる」
「その前に、結婚式だけど」
「そうだな」
ティアが笑う。
「二人とも忙しいね」
「まあ、順番にやればいい」
「うん」
その時、王宮から迎えの馬車が到着した。
ティアの馬車も少し後ろに止まる。
冬休みに入ったとはいえ、俺たちには王宮での予定が待っている。
俺は背嚢を持ち直した。
「じゃあ、また」
「うん。また王宮で」
ティアと別れ、それぞれの馬車へ向かう。
こうして、第一学年の学校生活が終わった。




