第48話 結婚式の説明
年度末軍事査閲の結果が通知された日の夕方。
王立士官学校では一年次の授業もほとんど終了しており、二年次へ向けた準備が始まっていた。教室や廊下では、通知表に記された成績や適性について話す候補生たちの姿が見られたが、俺とティアはそのまま帰るわけにはいかなかった。
今日は父上から呼び出されている。
理由は、冬に行われる俺たちの結婚式について、正式な説明を受けるためだった。
冬の夕方は早い。学校を出る頃には、空がすでに薄暗くなり始めていた。俺とティアは校門前で待っていた王宮の馬車へ乗り込む。
「結局、今日どこまで話すんだろう」
ティアが手元の資料を眺めながら言った。最近は王宮から衣装や式典に関する書類が少しずつ届いているものの、具体的な日程や式の全体像については、まだ二人とも詳しく知らされていない。
「父上がわざわざ二人を呼んだんだから、細かいところまで説明するんだろう」
「そうだよね」
ティアが資料を閉じる。
「フィリウス殿下とアイガード大族長も来るんでしょう?」
「その予定だな」
「それに、冬の終わりには社交界もある」
「ああ」
「……本当に結婚するんだね」
ティアが少しだけ小さな声で言った。
「そういう話だな」
「もう少しくらい何かないの?」
「何かって?」
「……もういい」
ティアが少しむくれた。
俺は窓の外へ目を向けた。王都の街灯が一つずつ灯り始めている。今日は学校から帰って終わりではなく、このまま王宮で父上の話を聞くことになっている。
やがて馬車は王宮へ入り、俺たちはそのまま父上の執務室へ通された。
執務室の中は、普段の政務とは少し違った空気になっていた。
机の上には大量の書類が積まれ、その横には王宮内部の配置図、来賓名簿、式典の進行表、席次表らしきものまで並んでいる。結婚式が単なる家族内の行事ではなく、王家を挙げて準備する国家行事であることが、資料の量だけでも分かった。
「来たか、二人とも」
「はい、父上」
「失礼します」
俺とティアが向かいの席に座る。
父上は手元の資料を一枚取った。
「今日は、冬に行うお前たちの結婚式について説明する。すでに決定していることもあれば、これから最終調整を行うものもある」
「分かりました」
ティアも頷く。
「まず時期だ」
父上が資料を広げた。
「正式な婚礼は、冬の終わりに予定されている王都の大規模な社交界が始まる直前に行う」
「社交界の前なんだ」
ティアが聞く。
「そうだ。社交界において、お前たちを正式な王太子夫妻として国内の貴族へ披露するためだ。婚礼が成立してから社交界へ入ることで、王太子の婚姻が正式に成立したことを国内へ明確に示せる」
俺は資料へ目を通す。
婚礼前の社交界ではなく、婚礼後の社交界にする。
順番としては分かりやすい。
「婚礼そのものも、国内だけの行事ではない」
父上が続けた。
「今回の婚姻には、エクィトゥム王国との結束を固めるという政治的な意味がある。そして、カヴィーレスターンとの協力関係を国内外へ示す意味も持つ」
「軍事同盟の意味もあるわけですね」
「その通りだ」
父上が頷いた。
「だから通常の王族の婚礼よりも、国外からの来賓が多い」
そこで別の資料が出された。
「冬の半ばに近い始め頃から、重要な来賓が王都へ入る」
「誰が来るんですか?」
ティアが尋ねる。
「エクィトゥム王国王太子フィリウス殿下」
父上が名前を読み上げる。
「そして、カヴィーレスターン大族長アイガード・ゼフィル殿」
ティアが少し驚いた。
「アイガード大族長も来るんだ」
「来る」
父上は即答した。
「二人とも婚礼の正式な来賓として招く」
俺は資料に目を落とした。
フィリウスはエクィトゥム王国の王太子。
アイガードはカヴィーレスターンの大族長。
どちらも今後の王国にとって重要な人物だ。
「二人とも、婚礼だけが目的ではないですね」
「もちろんだ」
父上は次の資料を開いた。
「フィリウス殿下とは、エクィトゥム王国との関係について会談する。今回の婚姻によって両王家の結束が強まることを確認する必要がある」
「アイガード大族長とは軍事について?」
「そうだ。カヴィーレスターン軍はすでにガルディシアへ上陸している。今後の作戦、補給、部隊間の連携について確認することがある」
「婚礼の場とは別に会談を行うわけですね」
「その通りだ。婚礼と軍事会談を一緒にする必要はない」
俺は頷いた。
その方がいい。
外交行事と軍事上の話は、それぞれ別に扱った方が混乱しない。
父上はさらに資料を広げた。
「では、来賓の到着後について説明する」
まず記されているのは、歓迎式だった。
「フィリウス殿下はエクィトゥム王国の王太子であるため、国賓として迎える。王都到着時には王家の使者が出迎え、王宮まで案内する」
「私たちも出迎える?」
ティアが尋ねる。
「レノは参加する。ティアも可能なら同行するが、到着時刻によっては王族の代表のみとなる」
「分かった」
「アイガード大族長についても同様だ。大族長はカヴィーレスターンの最高位にある。歓迎の格式を落とすことはない」
随行員や護衛についても説明が続く。
国外から来る要人だけあって、それぞれに護衛が付き、王宮内での宿泊区域も別に設定される。王国側の警備隊との配置調整も必要で、王宮内の出入り口や移動経路まで事前に決めることになるらしい。
「これ、かなり大変だね」
ティアが資料を覗きながら呟く。
「国外の王太子と大族長を同時に迎えるんだから、当然だろ」
「分かってるけど」
父上が説明を続ける。
「到着した両名には、王宮で正式な歓迎晩餐会を行う」
「それには俺たちも参加する?」
「もちろんだ」
「どこまで話すんですか?」
「基本的には歓迎と交流だ。具体的な軍事協議は別の会談で行う。お前たちは王太子夫妻として、主要な来賓との交流を行えばいい」
ティアが少し安心したように頷いた。
次に父上は、婚礼前の正式な行事について説明した。
王族との面会。
外国来賓との歓迎行事。
国内主要貴族への事前披露。
式典に参加する者への説明。
王宮内の警備強化。
そして、婚礼当日の進行確認。
「婚礼当日は、朝から王宮の警備をさらに強化する」
父上が王宮の図面を指す。
「来賓の入場、国内貴族の入場、王族の移動を別々に管理する。王宮内の各区域にも担当を置く」
「婚礼そのものは?」
「王家の正式な婚礼儀礼に則って行う」
父上は式典の順序を説明し始めた。
まず王族と主要来賓が所定の場所へ入る。
その後、婚礼を執り行う。
婚姻の成立が正式に宣言され、王太子とティアが王太子夫妻として参列者へ披露される。
そして祝宴へ移る。
その後には外国来賓と国内の主要貴族を含めた挨拶の時間が設けられる。
「席順もかなり細かく決まっていますか?」
俺が聞く。
「当然だ。爵位だけで決まるわけではない。王族との関係、役職、外交上の重要性、軍務上の立場なども含めて決定する」
「フィリウス殿下とアイガード大族長は、俺たちに近い席?」
「そうなる。だが、二人の席をどう配置するかは最終調整中だ」
ティアが席次表を覗く。
「国内の貴族もかなり多いね」
「王太子の婚礼だからな。主要な貴族を呼ばないわけにはいかない」
父上が答えた。
「衣装についても話しておこう」
今度は婚礼衣装の資料だった。
「レノは王太子としての正式礼装。王家の紋章を使用する」
「分かりました」
「ティアは王太子妃としての婚礼衣装を用意する。こちらは王妃教育や礼式担当、侍女たちが中心になって準備している」
「私の方が大変そう」
ティアがぼそっと言う。
「そうだろうな」
「レノは他人事みたいに言わないで」
「私も準備することはある」
「何?」
「礼式と挨拶、それから来賓の確認」
「それ、私も一緒じゃない」
「なら同じだな」
「全然違う気がする」
ティアが少し不満そうに言った。
父上は気にせず続ける。
「二人とも、来賓の名前と立場を覚えておけ。誰がどの国の代表で、どういう立場なのか知らないまま挨拶するのは許されない」
「分かった」
ティアが答えた。
俺も頷く。
「そして婚礼後だ」
父上が最後の資料を広げた。
「婚礼が終われば、すぐに社交界ではない。国外から来ている来賓には、数日間は王都に滞在してもらう」
「フィリウス殿下とは?」
「外交上の会談を行う。エクィトゥムとの今後の関係についてだ」
「アイガード大族長とは?」
「軍事会談だ。カヴィーレスターン軍と連合軍の今後について確認する」
「俺も参加する?」
「当然だ。お前は王太子だからな」
「分かった」
「ティアは必要な外交行事への参加を優先する。軍事会談の全てに出る必要はない」
ティアが頷く。
「それなら、少し安心した」
そして父上は最後に、社交界について説明した。
「婚礼後、冬の終わりに王都の社交界が始まる」
婚礼を終えたばかりの俺たちは、そこで正式に国内の諸侯へ王太子夫妻として紹介される。
各貴族との挨拶。
晩餐会。
音楽や舞踏。
国内の有力者との交流。
王太子夫妻としての最初の大規模な社交の場になる。
「つまり、婚礼が終わったら今度は社交界なんだ」
ティアが言った。
「そうだ」
父上は頷いた。
「婚礼だけで終わりではない。それまで含めて今回の一連の行事だ」
俺は資料を一通り見直した。
冬の半ば。
フィリウス来訪。
アイガード来訪。
歓迎式。
歓迎晩餐会。
外交・軍事会談。
婚礼前の最終準備。
婚礼。
祝宴。
来賓との正式な挨拶。
その後、冬の終わりの社交界。
予定がかなり詰まっている。
「かなり忙しいですね」
「そうだな」
父上が答えた。
「だが、これも王太子と王太子妃として必要なことだ」
父上は最後に、二人を交互に見た。
「ただし、これは政治だけの話ではない」
ティアが顔を上げる。
「外交上の意味もある。国家としての意味もある。社交界への披露という意味もある」
父上はそこで少しだけ言葉を止めた。
「だが、二人が結婚することそのものも忘れるな」
ティアの表情が少し柔らかくなる。
「うん」
俺も頷いた。
「分かった」
「準備は王宮側で進める。二人が全てを自分たちでやる必要はない。ただ、王太子と王太子妃として決めるべきことは決めてもらう」
「分かりました」
「私も」
「具体的な日程については最終調整が済み次第、改めて伝える。フィリウス殿下とアイガード大族長の到着日時についても、その時に正式に知らせる」
「分かった」
「今日はこれでいい」
父上が資料をまとめる。
「明日から学校も残りの日程がある。まずはそちらを片付けろ」
「はい」
俺とティアは席を立った。
「失礼する、父上」
「またな」
執務室を出る。
廊下へ出ると、ティアが大きく息を吐いた。
「……思ったよりずっと大変だった」
「そうだな」
「来賓が来るだけじゃなくて、歓迎式や晩餐会、会談、婚礼、祝宴、それから社交界まであるんだね」
「その通りだ」
「レノは全部覚えられる?」
「必要なことなら覚える」
「私はちょっと不安」
「一緒に確認すればいい」
「本当に?」
「ああ」
ティアが笑った。
「じゃあ、お願い」
「分かった」
俺たちはそのまま王宮の廊下を歩いていった。
今日は説明を聞いただけで、まだ具体的な準備はこれからだ。
明日からも学校は続く。
その間に、王宮では婚礼の準備が少しずつ進んでいくことになる。




