第47話 通知表が恐怖じゃなかった人の気持ちがわかる話
年度末軍事査閲の結果が配られた日の午後。
一年次の授業はほとんど終わっており、教室には自分の通知表を確認する候補生たちが残っていた。通知表には、学業、武術、魔術、指揮能力、規律、体力の六項目が一から五までの数字で記され、その合計点に加えて、軍務適性が「◎・〇・△・×」で示されている。魔術については、そもそも魔術を扱う適性を持たない者は別途「0」と記載されることになっていた。
俺も自分の通知表を一通り確認したところで教室を出た。廊下の窓際には、すでにティア、エリシア、ルリウス、コリウス、ポリウス、ホリウス、ボリウス、リアが集まっている。
「みんな、もう見た?」
ティアが通知表を持ったまま聞いてきた。
「私は見た」
「どうだった?」
「後で話せばいいだろ」
「そう言われると余計に気になるんだけど」
ティアが笑う。隣ではエリシアも自分の通知表を見ているが、彼女はあまり気にしていないようだった。
「エリシアは?」
ティアが聞く。
「普通です」
「普通って、見せて」
「別にいいですけど」
エリシアが差し出した通知表をティアが覗き込む。
「学業4、武術5、魔術3、指揮能力4、規律5、体力5……26点」
「体力5なんだ」
「当然でしょう」
エリシアは何でもないことのように答えた。
「それより武術5の方が重要です」
俺は横から適性欄を見る。
指揮・戦術〇。兵站・軍務△。情報・偵察△。築城・攻城〇。騎兵・機動戦◎。弓・弩兵運用〇。魔術兵運用△。海軍・海峡戦△。
なるほど。
エリシアは明確に前線向きだ。騎兵・機動戦が◎で、武術と体力も5。頭を使う分野が不得意というほどではないが、本人の性格も含めて、考えてから慎重に動くタイプというより、身体能力と行動力で押し切る方が向いている。
「騎兵が◎なんだ」
ティアが言う。
「走って追いかけて、直接殴った方が早いですから」
「それ、脳筋って言われるやつだよ」
「そうかもしれません」
エリシアは全く気にした様子がない。
その隣ではルリウスが自分の結果を確認していた。
「私は……学業4、武術4、魔術3、指揮能力4、規律5、体力4。24点です」
「十分高いな」
「そうでしょうか」
「少なくとも悪くない」
ルリウスは適性欄を確認した。
「指揮・戦術〇、兵站・軍務〇、情報・偵察◎、築城・攻城〇、騎兵・機動戦〇、弓・弩兵運用〇、魔術兵運用〇、海軍・海峡戦〇です」
「情報・偵察が◎か」
「そこは自分でも納得しています。地図を読むのは好きなので」
続いてコリウスが通知表を見せた。
「私は学業5、武術4、魔術3、指揮能力4、規律5、体力4。25点です」
「適性は?」
「指揮・戦術〇、兵站・軍務◎、情報・偵察〇、築城・攻城〇、騎兵・機動戦△、弓・弩兵運用〇、魔術兵運用△、海軍・海峡戦〇です」
兵站・軍務◎。
成績を見る限り納得できる。
「二年次は兵站か?」
「そのつもりです」
「コリウスらしいね」
ティアが言った。
「軍隊は食料がないと戦えませんから」
コリウスは真面目に答えた。
その横で、ホリウスが通知表を開いた。
「俺は、学業3、武術5、魔術0、指揮能力4、規律4、体力5。21点」
俺は適性欄へ目を移す。
「指揮・戦術◎、兵站・軍務〇、情報・偵察〇、築城・攻城〇、騎兵・機動戦◎、弓・弩兵運用〇。魔術兵運用は対象外。海軍・海峡戦は△」
「魔術0なんだな」
ティアが言った。
「使えないからな」
ホリウスはあっさり答えた。
「魔術なんて使えなくても戦える」
「まあ、それはそうだな」
その横からボリウスが自分の通知表を出した。
「俺は、学業3、武術4、魔術0、指揮能力4、規律4、体力5。20点」
適性は、
指揮・戦術〇、兵站・軍務△、情報・偵察〇、築城・攻城〇、騎兵・機動戦〇、弓・弩兵運用◎。魔術兵運用は対象外。海軍・海峡戦△。
「弓・弩兵◎か」
俺が言う。
「傭兵の親父から弓はかなり叩き込まれたからな」
ボリウスが笑う。
続いてポリウス。
「俺は学業4、武術4、魔術0、指揮能力4、規律4、体力4。20点」
適性欄は、
指揮・戦術〇、兵站・軍務〇、情報・偵察◎、築城・攻城△、騎兵・機動戦〇、弓・弩兵運用〇。魔術兵運用は対象外。海軍・海峡戦△。
「ポリウスは情報か」
「まあ、戦場で一番先に死ぬより、先に敵を見つけた方が楽だからな」
「そういう理由なんだ」
ティアが苦笑する。
「実際、その通りだろ」
ポリウスは平然としていた。
同じ傭兵関係者の家庭でも、ホリウスは騎兵・機動戦、ボリウスは弓・弩兵、ポリウスは情報・偵察と、それぞれに違う適性が出ている。
「リアは?」
俺が聞くと、リアが通知表を差し出した。
「学業4、武術4、魔術3、指揮能力5、規律4、体力4。24点」
適性は、
指揮・戦術◎、兵站・軍務〇、情報・偵察〇、築城・攻城〇、騎兵・機動戦〇、弓・弩兵運用〇、魔術兵運用〇、海軍・海峡戦△。
「やっぱり指揮◎か」
ホリウスが言った。
「そっちは?」
「俺も指揮◎」
「騎兵は?」
「◎」
「なるほど」
リアとホリウスが互いの通知表を見る。
先日の模擬戦大会で指揮権をめぐって衝突した二人だけに、ここでも自然と比較してしまうらしい。
「同じ◎だからって、私の方が上とは限らないでしょ」
リアが言う。
「別に上とは言ってない」
「その顔、言ってる」
ホリウスが少し笑った。
俺は二人を見ながら、次にティアの通知表へ目を向けた。
「ティアは?」
「私は……」
ティアが紙を見ながら読み上げる。
「学業5、武術5、魔術5、指揮能力5、規律5、体力4。29点」
「高いな」
「レノも高いんでしょう?」
「まだ見せてない」
「じゃあ、後で見せて」
「分かった」
ティアは適性欄へ目を移す。
「指揮・戦術◎、兵站・軍務〇、情報・偵察〇、築城・攻城〇、騎兵・機動戦〇、弓・弩兵運用〇、魔術兵運用◎、海軍・海峡戦〇」
「魔術兵運用◎か」
俺が言う。
「魔法使いだからというより、魔力の使い方と部隊運用の両方を評価されたんだろうな」
「そうみたい」
ティアは少し嬉しそうだった。
「二年次は指揮・戦術にするつもり」
「私もだ」
「やっぱり?」
「そうする」
ティアが笑った。
最後に、全員の視線が俺へ向く。
「で、レノは?」
「私か」
「そう」
俺は通知表を開いた。
「学業5、武術5、魔術5、指揮能力5、規律5、体力5。30点」
ティアが目を丸くした。
「全部5?」
「そう」
「30点……」
ホリウスが苦笑する。
「本当に取る奴がいるんだな」
「だから言っただろ。成績は成績だ」
俺は適性欄を見る。
指揮・戦術◎
兵站・軍務◎
情報・偵察◎
築城・攻城〇
騎兵・機動戦〇
弓・弩兵運用〇
魔術兵運用◎
海軍・海峡戦〇
並べてみると、かなり偏りがある。
指揮、兵站、情報、魔術兵運用。
王太子として必要になる分野が、そのまま高く出ていた。
「ほとんど◎だね」
ティアが言う。
「そうみたいだな」
「レノなら指揮・戦術で決まり?」
「第一候補はそうする。兵站と情報も必要だから、そこも勉強するつもりだ」
「専門は一つじゃないの?」
「主専門は一つだろうけど、他の課程も授業はある。二つを捨てる必要はない」
コリウスが頷く。
「王太子なら、むしろ全部分かっていないと困るでしょうね」
「そのつもりだ」
俺は通知表を封筒へ戻した。
それぞれの結果を並べてみると、同じ一年間を過ごしていても、得意分野はかなり違っていた。
エリシアは武術と体力。
ルリウスは情報・偵察。
コリウスは兵站・軍務。
ホリウスは指揮と機動戦。
ボリウスは弓・弩兵。
ポリウスは情報・偵察。
リアは指揮・戦術。
ティアは指揮と魔術兵運用。
そして俺は、指揮・兵站・情報・魔術兵運用。
「こうして見ると面白いな」
ティアが皆の通知表を眺める。
「二年生になったら、本当に別々になりそう」
「専門が違えば、今より授業も分かれるだろうな」
「でも、基本の授業は全員一緒なんでしょう?」
「そうだ」
俺は頷いた。
「だから、完全に別になるわけじゃない」
教室の外では、他の候補生たちも通知表を見せ合っている。
喜んでいる者もいれば、思っていたより低い評価に落ち込んでいる者もいる。魔術適性が0だった候補生はそれを気にする様子もなく、自分の武術や体力の評価について話していた。
学校が評価しているのは、一つの能力だけではない。
それぞれが違う分野で軍を支える。
そういう制度なのだろう。
「そろそろ帰ろうか」
ルリウスが言った。
「ああ」
俺たちはそれぞれ通知表をしまった。
冬の夕方は早い。窓の外はもう薄暗くなっていて、訓練場には冷たい風が吹いている。
「ティア」
「何?」
「帰りの馬車、王宮まで一緒だろ」
「うん」
「じゃあ、父上から来ている書類を一緒に確認しよう」
「結婚式のやつ?」
「たぶん」
「分かった」
ティアが笑った。
俺たちはそのまま校舎を出た。




