第46話 評価
冬季総合演習が終わってから数日後。
王立士官学校では、一学年の通常授業もほぼ終わりを迎えていた。訓練場に残っていた雪はまだ完全には溶けておらず、朝の冷え込みも厳しい。廊下を歩く候補生たちの間では、もうすぐ配られる年度末の成績について話す声が増えていた。
今日行われるのは、年度末軍事査閲の結果通知だった。
俺は教室の席に座り、教壇の前に置かれた大量の封筒を眺めていた。一人ずつ名前の書かれた封筒が並んでいる。どうやら今年一年間の成績だけではなく、二年次のクラス編成や専門課程についても書かれているらしい。
「これ、結構緊張するね」
隣の席の候補生が言った。
「一年間の全部が数字になるからな」
別の候補生が答える。
俺は二人の会話を聞きながら、教官が来るのを待った。
やがて扉が開く。
「全員、席につけ」
教官が入ってきた。
教室が静かになる。
「本日は年度末軍事査閲の結果を通知する。また、二年次から始まる専門課程について説明する」
候補生たちの表情が引き締まった。
「まず、諸君らの通知表について説明しておく」
教官が一枚の資料を掲げる。
「一年間の評価は、主に六項目。学業、武術、魔術、指揮能力、規律、体力の六つだ」
教室に資料が配られていく。
「それぞれ一から五の五段階で評価する。一が不足、二が要改善、三が標準、四が優秀、五が卓越。六項目の単純合計は三十点満点となる」
俺は配られた資料を見る。
そこには候補生本人の成績だけでなく、一年間に受けた試験や実技の評価項目も細かく記載されている。
「ただし、合計点だけを見て自分の将来を決めるな」
教官が続けた。
「王立士官学校では、総合点とは別に、軍務適性を判定する」
黒板に文字が書かれた。
◎ 〇 △ ×
「こちらは四段階だ。◎は極めて高い適性、〇は適性あり、△は現時点ではやや不向き、×は適性が低い」
候補生たちが資料を見る。
「適性項目は、指揮・戦術、兵站・軍務、情報・偵察、築城・攻城、騎兵・機動戦、弓・弩兵運用、魔術兵運用、海軍・海峡戦など。必要に応じて、さらに細かく判定する」
「つまり、総合点が高ければ何でも得意というわけではない」
教官がそう言うと、一部の候補生が頷いた。
俺も資料に目を落とした。
確かにその通りだ。
例えば武術が5でも、指揮能力まで5とは限らない。逆に武術が3でも、学業と指揮が5なら、将来的には優秀な指揮官になる可能性がある。
「そして、来年度から諸君らは専門課程へ進む」
教官が黒板を切り替えた。
そこには五つの項目が並んだ。
指揮・戦術課程
兵站・軍務課程
情報・偵察課程
築城・攻城課程
兵科運用課程
「二年次からは、それぞれの適性や希望に応じて、専門性を高めていく。ただし、専門課程に進んだからといって、他の分野を学ばなくなるわけではない」
教官が説明する。
「全員が基本的な戦術、兵站、情報、軍法などを引き続き学ぶ。その上で、自分の主専門を一つ決める」
候補生たちが資料を確認している。
「指揮・戦術課程では、部隊指揮、作戦立案、攻撃、防衛、撤退、総合演習などを重点的に学ぶ」
「兵站・軍務課程では、食料、軍需、輸送、軍馬、補給線、戦費、徴兵、動員、戦時行政などを学ぶ」
「情報・偵察課程では、偵察、地図判読、情報収集、敵情分析、斥候運用、敵軍研究などを学ぶ」
「築城・攻城課程では、野戦築城、陣地構築、攻城戦、防衛戦、要塞攻略、要塞防衛などを学ぶ」
「最後の兵科運用課程では、騎兵・機動戦、弓・弩兵、魔術兵、海軍など、それぞれの兵科を専門的に運用する能力を身につける」
教室の後ろから、何人かが小さく声を漏らした。
今まで学んできた授業が、二年次から明確に枝分かれしていく。
俺は資料を読みながら、自分の適性がどこに出ているのか少し気になっていた。
「では、専門課程は適性の高いものへ自動的に振り分けられるのでしょうか?」
候補生の一人が質問した。
「違う」
教官は即答した。
「専門課程の決定には、五つの要素を使う」
教官が黒板に書いていく。
本人の希望。
家庭からの推薦。
年度末軍事査閲の総合成績。
軍務適性。
そして、
教官による評価。
「これらを総合して決定する」
教室がざわつく。
「では、家庭の希望と本人の希望が違った場合は?」
別の候補生が尋ねた。
「学校が一方的に家庭の希望を優先することはない」
教官はそう答えた。
「王立士官学校は国家軍事教育機関だ。家柄だけで専門を決めることは認められない。ただし、家庭が持つ軍事的な伝統や本人が将来的に継ぐ役職については、判断材料の一つになる」
俺は少し納得した。
例えば騎士家なら騎兵や指揮に進む者が多いだろう。
軍務官僚を多く輩出している家なら兵站や軍務を望むかもしれない。
しかし、それが絶対ではない。
平民出身者でも指揮官になることがあるし、貴族家出身者が情報・偵察を専門にすることもある。
「そして、もう一つ」
教官が言った。
「諸君らは同じ軍人でも、必ずしも同じ道を歩くわけではない」
「指揮官になる者もいれば、兵站を担う者もいる。情報を集める者、要塞を築く者、騎兵を率いる者、魔術を扱う精鋭を運用する者もいる」
俺は少しだけ視線を上げた。
士官学校が三年間かけて育てようとしているのは、単純な兵士の集団ではない。
国家軍を構成する様々な人材なのだ。
「なお、魔術兵運用について補足する」
教官が言った。
「魔術は技術だ。魔術を使える者は、魔術を修得した精鋭として扱う。魔術を使えるという理由だけで、専門課程において特別な身分を与えるわけではない」
俺はその説明に頷いた。
これは当然だ。
魔術は技術。
ならば、重要なのは魔術を使えるかどうかだけではなく、それを軍事的にどう使うかだ。
「また、魔法については通常の魔術とは別に扱う」
教官が付け加えた。
「魔法使いは極めて希少であり、魔術兵教育とは別系統になる。該当者については個別に教育方針を定める」
教室の視線が一瞬だけ俺へ向いた。
俺は特に反応しなかった。
「最後に、専門課程の人数について」
教官が別の資料を掲げる。
「今年度の二年次専門課程は、一学年三百名を基準として、指揮・戦術九十名、兵站・軍務五十五名、情報・偵察四十五名、築城・攻城四十名、兵科運用七十名を基本枠とする」
合計三百名。
「ただし、これは固定ではない。候補生の適性や王国軍の需要によって、多少の調整を行う」
なるほど。
つまり、単純に成績順で上から九十人を指揮課程に入れるという制度ではない。
「また、各専門課程に入った後も、基本的な軍事教育は全員が続ける。専門課程はあくまで重点分野だ」
説明が一通り終わった。
「以上が制度の説明だ。これから各自の通知表を配る」
教室に少し緊張が走った。
教官が一人ずつ名前を呼んでいく。
「レノウィウス」
「はい」
自分の名前が呼ばれた。
俺は立ち上がり、教壇まで歩いて通知表を受け取った。
「確認しておけ」
「分かりました」
席へ戻る。
封筒を開ける。
まず目に入ったのは、六項目の評価だった。
その下には総合点。
さらに、その下には――。
軍務適性評価。
◎、〇、△、×が並んでいる。
俺は黙って一つずつ確認していった。
そして最後に、二年次専門課程に関する欄を見る。
「……なるほど」
思わず口にした。
隣のルリウスがこちらを見る。
「殿下、どうでした?」
「まだ全部見ているところです」
「私も後で確認してみます」
「そうするといい」
俺はもう一度、通知表へ視線を落とした。
一年間、自分が何を学び、何ができて、何が足りなかったのか。
それが数字と記号になって、一枚の紙にまとめられている。
そして来年からは、その結果をもとに専門課程へ進むことになる。
教室のあちこちでは、候補生たちが自分の通知表を見比べたり、友人と適性について話したりしていた。
その中には、予想以上の評価を受けて喜んでいる者もいれば、思ったより低く落ち込んでいる者もいる。
俺は一通り確認すると、通知表を封筒へ戻した。
「ティアたちも、もう受け取ったかな」
「恐らく」
ルリウスが答える。
「後で聞いてみます」
「そうだな」
教官が黒板を消し始める。
これで一年目の教育も、ほぼ終わりだった。




