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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第4章 二つの生を越えて
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第45話 冬季総合演習

 秋の終わりを越え、王立士官学校にも本格的な冬が訪れていた。朝の訓練場には白い霜が残り、吐く息もはっきりと見える。通常の授業では一年間に学んできた内容の確認が続いていたが、その一方で、一学年を締めくくる最後の大きな行事の準備も進められていた。


 冬季総合演習。


 一年間の教育で学んだことを、実際の野外環境で一つにつなげて確認するための演習だった。数日間にわたって野外で活動し、行軍、野営、偵察、戦闘、撤退、補給までを順番に経験する。もちろん一年生なので、数百人規模の大部隊を指揮するわけではない。基本は分隊と小隊の運用で、それぞれの候補生が士官として最低限必要な判断をできるかどうかを見るためのものだ。


 演習初日の朝、全一年生が校庭へ集められた。


「今回の総合演習では、これまで学んできた課程を一つの流れとして実施する!」


 担当教官が説明する。


「諸君らはこれから野外へ移動し、指定された地点まで行軍する。その後、野営を行い、翌日以降は偵察、戦闘、撤退、補給までを実施する!」


 候補生たちは静かに聞いている。


「各自、自分の役割を忘れるな。分隊長は分隊をまとめ、小隊指揮官は小隊全体を見る。自分一人が敵を倒すことよりも、与えられた任務を達成することを優先しろ」


 俺はその言葉を聞きながら、装備を確認した。


 剣、水筒、背嚢、地図、簡易の野営道具。食料も必要最低限が配られている。今回は本当の戦場ではないが、訓練だからといって装備が軽くなるわけでもない。


「殿下」


 横からルリウスが声をかけてきた。


「準備はできましたか?」


「できてる。ルリウスは?」


「こちらも問題ありません」


 少し離れたところでは、ティアとエリシアも自分たちの装備を確認している。コリウス、ポリウス、ホリウス、ボリウス、リアの姿も見えた。それぞれ所属する班へ戻り、担当教官から最終確認を受けている。


「それでは、第一段階を開始する!」


 教官の号令が響いた。


「出発!」


 一年生たちはそれぞれの隊列を組み、校門を抜けていった。


 冬の街道は夏とは違う。草木が枯れ、朝の冷気も強い。その分、視界は開けている場所が多く、地形も確認しやすい。だが、日が傾けば急速に気温が下がる。行軍する側にとっては、それも考慮しなければならない。


 俺は歩きながら地図を確認していた。


 今回の行軍では、各班が別々の経路を使い、指定地点へ到達することになっている。途中には小さな丘陵と森林があり、いくつかの分岐もある。道を間違えれば、その分だけ予定より遅れる。


「この先、分岐があります」


 隣の候補生が言った。


「地図を確認する」


 俺は立ち止まらずに地図を見る。


「右だ」


「右ですね」


「ただし、全員で入る前に先頭の分隊だけ確認してください。地図の道と実際の道が一致しているか見ます」


 先頭が少し進む。


 しばらくして戻ってきた。


「道は一致しています!」


「では、そのまま進む」


 隊列が動き出す。


 こういう小さな判断の積み重ねが、総合演習では重要になる。正しい道を選ぶだけでもなく、間違っていないことを確認してから全体を動かす。時間をかけすぎてもいけないし、確認を怠ってもいけない。


 昼を過ぎた頃、俺たちは最初の休憩地点へ到着した。


 候補生たちは水分を取り、簡単な食事を済ませる。その後、再び行軍を開始した。


 夕方になる頃、目的地が見えてきた。


「到着したぞ!」


 教官の声が響く。


 広い空き地と、その近くに小さな森林がある。ここが今夜の野営地だった。


「各班、設営開始!」


 候補生たちは一斉に動き始める。


 天幕を張り、薪を集め、水場を確認する。食事の準備も自分たちで行う。夏の課外学習でも経験しているとはいえ、冬の野営は勝手が違った。


「火をもう少し内側へ」


 ティアが自分の班へ指示を出している。


「風が強いので、火の粉が飛ばないようにしてください」


 エリシアも周囲を確認している。


 俺は少し離れた場所で、自分の班の設営が終わったことを確認した。


 夜になる。


 夕食を終えた後、教官から翌日の説明が行われた。


「明日は偵察を行う!」


 地図が配られる。


「敵部隊がこの地域に展開していると仮定する。諸君らは分隊単位で偵察を行い、敵の位置、規模、進行方向を確認して報告しろ!」


 候補生たちが地図を見る。


「敵を発見しても、独断で戦闘するな。今回の目的は情報収集だ!」


 その後、担当班ごとに翌日の偵察経路を確認する。


 俺はルリウスと地図を広げた。


「この森林を通るのが一番近い」


「ただ、視界が悪いですね」


「だから二班に分ける。一つは森林を通り、もう一つは丘の方から回る」


「互いに連絡を取る方法は?」


「決めておく。もし敵を発見したら、戦わずに合流地点まで戻る」


 ルリウスは頷いた。


 夜が更け、候補生たちはそれぞれの天幕へ戻っていった。


 俺も装備をまとめて横になる。


 明日は偵察。


 その後には戦闘訓練が予定されている。


 さらに、撤退と補給まで行う。


 一年間学んできた内容を、一つずつ実際に繋げる。


 俺は目を閉じた。


 明日が終われば、この総合演習も後半に入る。


_____________________________________


翌朝。


 まだ周囲が薄暗いうちから起床の号令が響いた。


 候補生たちは天幕を出て、朝食と装備確認を済ませる。夜の冷え込みで装備には少し霜が付いていたが、活動を始めるとすぐに気にならなくなった。


「各分隊、予定通り出発!」


 俺たちは偵察地点へ向かった。


 昨日の行軍で確認した地形を利用しながら進む。森林へ入る班と丘を回る班に分かれ、それぞれ一定の距離を保って移動する。


 俺は森林側の班に入った。


 足音を抑えながら進み、時折立ち止まって周囲を確認する。


 しばらくすると、前方に人影が見えた。


 敵役の候補生だ。


 人数を確認する。


 十数人。


 さらに、その後方にも別の集団がいる。


 俺は手を上げて、全員を止めた。


「敵を確認しました」


「人数は?」


「前方が十数人。後方にも別の集団があります。正確な人数はまだ分かりません」


「どうしますか?」


 俺は少し考えた。


「ここでは戦わない。位置だけ記録して戻る」


 偵察班はそのまま後退する。


 少し離れたところで合流した別班からも報告が入った。


 敵部隊は想定より多い。


 さらに、こちらが予想していなかった場所にも敵がいる。


 俺たちは情報をまとめ、指揮官役へ報告した。


 ここから次の段階へ移る。


 戦闘。


「敵部隊を指定地点から退けろ!」


 教官の号令が響く。


 各分隊が動き始める。


 俺は小隊の一部を率いて、敵の正面ではなく側面へ回った。


「ここで止まる」


 俺は丘の陰から敵陣を見る。


 正面から攻めれば、敵の集中攻撃を受ける。


 ならば、側面へ圧力をかけて敵の注意を分散させる。


「第一分隊、前進」


「はい!」


「第二分隊はまだ動くな。敵がこちらへ向いたら進む」


 部隊が動く。


 正面では別の分隊が敵を引きつけている。


 敵がこちらへ兵を向ける。


「今です。第二分隊、前進」


 左右から圧力がかかる。


 やがて敵役の部隊が後退を始めた。


「追撃はここまで」


 俺は即座に命令した。


「任務は敵の撃退です。深追いする必要はありません」


 教官が終了の合図を出す。


 候補生たちは武器を下ろした。


 だが、総合演習はまだ終わっていない。


「次の課程は撤退!」


 新しい条件が提示された。


 今度はこちらが敵役に追われる側になる。


「後方へ移動しながら、指定地点まで部隊を撤退させろ。途中で負傷者役を出す」


 俺は地図を見る。


 撤退経路は一本道ではない。


 途中に丘と森林がある。


「第一分隊は先に移動して、後方の安全を確認する」


「はい」


「第二分隊は負傷者役を護衛しながら移動」


 ここで問題になるのが速度だ。


 負傷者を置いていけば早く逃げられる。


 しかし、それでは任務失敗になる。


 だから、部隊全体の速度を調整する必要がある。


「殿下」


 ルリウスが言った。


「敵が近づいてきています」


「分かった。後衛を少し残す」


「どのくらい?」


「敵を止めるのではなく、距離を維持するだけでいい」


 後衛が一定の間隔を保ちながら後退する。


 その間に本隊が進む。


 指定地点まで到達したところで、撤退課程は終了した。


「最後は補給だ!」


 教官が告げる。


 候補生たちから疲れた声が上がる。


「戦闘で物資を消耗したという設定だ。残っている食料と武器を確認し、必要な物資を受け取って部隊を再編しろ!」


 俺は班員へ指示を出す。


「食料を確認。武器の不足も報告してください」


「はい」


「負傷者役の状態も確認する」


 補給物資が到着する。


 だが、全員分あるわけではない。


「食料が一部不足しています!」


 報告が来る。


「では、優先順位をつける」


 まず負傷者役。


 次に前線へ戻る部隊。


 最後に予備兵力。


「武器の方は?」


「槍が不足しています」


「弓兵から余っている予備を回してください」


「分かりました!」


 補給が終わる頃には、日が傾いていた。


 教官が全員を集める。


「これで総合演習を終了する!」


 候補生たちから、ようやく大きな息が漏れた。


 数日間にわたって行われた演習だった。


 行軍。


 野営。


 偵察。


 戦闘。


 撤退。


 補給。


 一年間学んできた内容を、実際に一つの流れとして経験したことになる。


 教官が最後の講評を行う。


「一年生の諸君。今回の演習で、全てを完璧にできた者はいない。それでいい」


 候補生たちは静かに聞いている。


「重要なのは、失敗した時に何が足りなかったのかを理解することだ。敵を発見できなかったなら、偵察の方法を見直せ。部隊が遅れたなら、行軍計画を見直せ。補給が足りなかったなら、必要量の計算を見直せ」


「来年からは、諸君ら自身がより大きな部隊を動かすことになる。今回の経験を忘れるな」


 俺は地図を畳んだ。


 今年一年を振り返れば、春から色々あった。


 軍制。


 軍法。


 地理。


 兵站。


 武術。


 魔術。


 行軍。


 野営。


 戦術。


 偵察。


 そして今回の総合演習。


 最初はそれぞれ別々の授業に見えていたものが、最後になって一つにつながった。


「殿下」


 片付けをしていたルリウスが声をかけてきた。


「終わりましたね」


「そうだな」


「一年が長かったような、短かったような……」


「私は長かったと思う」


「そうですか?」


「あれだけ色々やれば、当然だろ」


 ルリウスが少し笑った。


 周囲ではティアたちも装備を片付けている。コリウス、ポリウス、ホリウス、ボリウス、リアもそれぞれの班で作業をしていた。


 俺も自分の装備をまとめる。


 これで一年目の総合演習は終わりだった。来年からは、今よりも大きな部隊を扱うことになる。


 まずは、この演習で使った道具をきちんと片付けることにした。

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