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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第4章 二つの生を越えて
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第44話 秋の終わり

 秋も終わりに近づいていた。


 朝の冷え込みは日に日に強くなり、王立士官学校の訓練場を囲む木々も、ほとんど葉を残していない。少し前までは訓練場に立っているだけで汗ばむこともあったが、今では朝の空気が冷たく、吐く息がわずかに白くなる日もある。


 そんな中、秋季課程の締めくくりとして行われていた模擬戦大会も、いよいよ最終日を迎えていた。


 今回の模擬戦大会では、単純な武術の優劣だけではなく、小隊戦術、分隊指揮、偵察、野戦築城、陣地構築、防衛戦など、それまで授業で学んできた内容を実際の部隊運用に落とし込むことが求められていた。任務も試合ごとに異なり、敵部隊の撃破だけではなく、指定地点の確保や輸送隊の護衛、偵察、撤退などが設定されている。


 俺は訓練場の端に立ち、決勝戦へ進んだ二つの部隊を眺めていた。


「今年の最後の試合だけあって、かなり人数が多いね」


 隣に立つティアが言った。


「そうだな。今までよりも指揮する範囲が広い」


 今日の決勝では、これまでの試合よりも大きな部隊が使われる。個々の候補生の技量だけではなく、複数の小隊をどう連携させるかが重要になる。


「レノなら、どっちが勝つと思う?」


「まだ分からないな」


「珍しい」


「偵察結果もまだ出揃ってないし、両方とも悪くない指揮をしてる。今の段階で決めつける意味はない」


 ティアが笑う。


「そういうところは相変わらずだね」


「何が?」


「勝負が始まる前から勝った気にならないところ」


「普通だと思うけどな」


 その少し後ろからルリウスが歩いてきた。


「殿下、そろそろ始まります」


「ああ」


 俺たちは訓練場へ目を向けた。


 観覧位置にはエリシアもいる。少し離れた場所にはコリウス、ポリウス、ホリウス、ボリウス、リアたちの姿もあった。秋の間に行われた模擬戦を通じて、候補生同士の関係も随分と変化している。特にリアとホリウスは一時、部隊の指揮権をめぐって衝突したが、最近では互いの指揮能力を認めるようになっていた。


 やがて開始の合図が鳴った。


 決勝に残った二部隊が同時に動き始める。


 最初に前へ出たのは偵察班だった。双方ともいきなり主力を動かすことはせず、森林や丘陵へ偵察役を送り込んで敵の位置を探っている。


「両方とも慎重だね」


 ティアが言った。


「この規模なら、それが普通だな。最初に敵の位置を読み違えたら、その後の修正が難しくなる」


 しばらくすると、左側の偵察班が戻ってきた。


 どうやら敵の一部を発見したらしい。


 それを受けて片方の部隊が中央を前進させる。


 しかし、相手側も同じように動いた。


「中央は囮かもしれない」


 ルリウスが言った。


「そうだろうな」


 俺は地図を見る。


「本命は右翼か左翼だと思う」


 案の定、しばらくすると左翼側で動きが出た。


 森林の陰に隠れていた部隊が前進し、一方の部隊がそれに対応して兵を動かす。


 それを見た敵側は中央をさらに前へ出す。


 互いに相手の判断を利用しようとしている。


「面白いね」


 ティアが小さく笑った。


「去年なら、もっと正面からぶつかってたんじゃない?」


「一年の間にかなり変わったからな」


 春の頃なら、兵士の数が多い方がそのまま前へ出る場面も珍しくなかった。しかし、夏の野外演習や秋の戦術授業を経て、候補生たちは少しずつ「敵を倒すこと」と「任務を達成すること」が別だと理解し始めている。


 決勝でも、それははっきり表れていた。


 敵を追いすぎない。


 必要な地点を確保する。


 予備兵力を残す。


 偵察結果を待ってから主力を動かす。


 どれも授業で繰り返し教えられてきたことだ。


 やがて、片方の部隊が大きく動いた。


「主力を左へ回したな」


 俺が呟く。


「もう一方は気づいてない?」


「いや、気づいてる」


 相手側の右翼が少しずつ下がっている。


「誘ってるのかな」


「たぶん」


 その予想通り、前進した部隊が森林へ入ったところで、反対側から別の部隊が現れた。左右から挟むつもりらしい。


 しかし攻撃側も予想していたようで、すぐに後退を開始する。


 追撃を受けながらも隊列を崩さず、後方へ下がっていく。


「上手いな」


 俺は思わずそう言った。


 あそこで無理に押し込めば、逆に包囲される可能性がある。敵の誘いに乗らず、こちらの戦力を残して引いた判断は悪くない。


「殿下、あちらが輸送隊を動かしました」


 ルリウスが指差した。


 決勝の任務には、戦場中央を通る輸送隊を指定地点まで届けるという条件が入っている。


 戦闘にばかり目を向けていれば、輸送隊を守れない。


「なるほど。そっちを狙うのか」


 敵側の一部が輸送隊へ向かい始めた。


 しかし、護衛部隊がすぐに対応する。


 輸送隊は速度を落とさず、そのまま街道を進んでいく。


「護衛がうまく動いたね」


「うん」


 ティアが頷いた。


 しばらくして、輸送隊が指定地点へ到着する。


 そこで教官が大きく手を上げた。


「そこまで!」


 両軍が一斉に動きを止めた。


 武器が下ろされ、候補生たちはその場で整列していく。


 勝敗の判定が行われる。


 攻撃と防御の両方で大きな差はなかったが、最終的に輸送任務を達成した部隊が勝者となった。


 訓練場から拍手が起こる。


 俺も手を叩いた。


「いい試合だったな」


 ティアが言った。


「うん。特に最後の輸送隊護衛はよかった」


「私は途中まで、あっちの部隊が勝つと思ってた」


「私も少し迷った」


「やっぱり?」


「戦場は最後まで分からないからな」


 ティアが笑った。


「こういうこと言うと、またレノらしいって言われるよ」


「別にいいだろ」


「そうだけど」


 大会の終了後、閉会式が行われた。


 校長が壇上に立ち、秋季課程を通して学んだ内容について簡単な講評を行う。


「今年の模擬戦大会では、単純な戦闘能力だけではなく、偵察、部隊運用、輸送、撤退、指揮官同士の連携など、これまで学んできた内容が多く見られた。特に、敵を倒すことだけを目的とせず、与えられた任務を優先する姿勢が多くの部隊で見られたことは評価したい」


 候補生たちは静かに話を聞いている。


「今回の成績は今後の評価にも反映される。各自、結果を確認しておくように」


 それだけ言うと、閉会式は終わった。


 大きな拍手が起こり、候補生たちは少しずつ散っていく。


「これで終わりか」


 ルリウスが言った。


「そうだな」


「秋の大会も終わってしまいましたね」


「次は冬の課程ですね」


 エリシアがティアの後ろから言った。


「冬……」


 ティアが少しだけ反応する。


「どうした?」


「いや、別に」


「何かあるだろ」


「あるけど」


 ティアがこちらを見る。


「もうすぐ冬だなって思っただけ」


「そうだな」


「それだけ?」


「他に何かありますか?」


 俺がそう返すと、ティアが少しだけむっとした顔をした。


「……結婚式」


「ああ」


 そこでようやく俺も思い出すというより、改めて口にした。


「そうだったな」


「忘れてたでしょう?」


「忘れてない」


「本当?」


「父上から書類も来てるし、私も確認してる」


「ならいいけど」


 ティアが笑う。


 実際、ここ最近は王宮でも結婚式に関する話が少しずつ増えている。両国の予定を合わせる必要があるし、式典に参加する者の調整も必要だ。ティアの方にも衣装や準備に関する話が来ているらしい。


 学校にいる間はいつも通りだが、冬が近づけば、その話も自然と増えていくだろう。


「ティア」


「なに?」


「この後、何か予定は?」


「今日はないよ。どうして?」


「父上から少し資料を確認しておけと言われているから、王宮に戻ったら一緒に見ないか?」


「結婚式の?」


「たぶん」


「じゃあ、見る」


 ティアがあっさり答えた。


 エリシアが小さく笑っている。


「ティア殿下、昨日も同じような話をされていましたよ」


「そうだっけ?」


「はい」


「……覚えてない」


「なら、今日まとめて確認した方がいいですね」


「そうね」


 俺たちは片付けを終え、校舎へ戻ることになった。


 廊下の窓から外を見ると、夕方の空が少し赤くなっている。校庭の木々はほとんど葉を落としていて、風が吹くたびに残った葉が数枚だけ揺れていた。


「もうすっかり秋が終わったね」


 ティアが窓の外を見ながら言う。


「そうだな」


「冬になったら忙しくなるね」


「そうでしょうね」


「でも、楽しみ」


「……そうか」


「レノは?」


 俺は少し考えてから答えた。


「私も、楽しみにしてる」


 ティアが笑った。


 そのまま俺たちは、他の候補生たちと一緒に校舎を出た。


 秋の模擬戦大会は、これで終了だった。

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