第43話 リアとホリウスの衝突
秋の初めから続いていた戦術教育も一通りの基礎を終え、王立士官学校では校内模擬戦大会が始まった。今回の大会は単純な武術の優劣を競うものではなく、一定人数の部隊を率いて与えられた任務を達成する形式になっている。敵部隊を倒すことだけではなく、指定地点の確保、輸送隊の護衛、負傷者の回収、撤退など、状況に応じた判断まで評価対象だった。
訓練場には複数の区画が設けられ、簡易的な丘陵や森林、街道、建物などが配置されている。観覧している候補生たちの中には、上級生だけでなく教官たちも多い。士官学校では、模擬戦もまた単なる学校行事ではなく、候補生の指揮能力を確認する機会として扱われていた。
俺はティアやエリシア、ルリウスたちとともに競技表を確認していた。今回は複数の候補生が一つの部隊を構成し、その中から指揮官を決めて行動することになっている。ところが、ある部隊の編成表を見たところで、俺は少しだけ眉を動かした。
「リアとホリウスが同じ部隊ですね」
ルリウスが先に気づいた。
「そうですね」
俺も頷く。問題は二人が同じ部隊にいることそのものではない。その部隊にはリアを支持している平民出身の女子候補生が何人もいて、ホリウスの側にはボリウス、ポリウスをはじめ、傭兵を親に持つ候補生たちが集まっている。どちらも普段から同じ班で訓練している仲間というわけではなく、それぞれに独自の人間関係と信頼関係ができているようだった。
「これは少し揉めそうね」
ティアが心配そうに言った。
「何か問題があるんですか?」
エリシアが尋ねる。
「指揮官を誰にするかだな」
俺が答える。
模擬戦は、複数の小隊をまとめて一人の指揮官が率いる形式になっている。つまり、部隊の中に複数の候補者がいても、最終的な命令を出す者は一人に決めなければならない。そこを曖昧にしたまま始めれば、戦術以前の問題で部隊が動かなくなる。
案の定、試合開始前の編成所で問題が起きていた。
「私は私が指揮を執るべきだと思います」
リアがはっきりと言った。
その向かいにホリウスが立っている。
「理由を聞いても?」
「これまでの訓練で、小隊戦術の成績は私の方が上です。それに、今回の任務は防衛寄りですから、私の方が適任だと思っています」
リアの横には、何人かの女子候補生が立っていた。
「私たちはリアに従います」
「私もです」
彼女たちは平民出身者が多い。貴族家の候補生ももちろんいるが、少なくともこの場ではリアを指揮官として認めようとしている。
対するホリウスの後ろには、ボリウスとポリウスがいる。
「俺は反対だ」
ホリウスが言った。
「今回の任務では、防衛だけじゃない。途中で敵の動きが変わる可能性がある。俺の方が状況に応じて部隊を動かせる」
「具体的には?」
「先月の戦術演習で、俺の班の評価が上だった」
ホリウスの横でボリウスが頷く。
「実際、ホリウスの判断は悪くなかった」
「俺もそう思います」
ポリウスも続いた。
そのやり取りを少し離れたところから見ていた俺は、特に口を挟まなかった。これは候補生同士が解決すべき問題だからだ。
リアはホリウスをまっすぐ見た。
「だからって、あなたが指揮官になる理由にはならないでしょう」
「じゃあ、あなたが指揮官になる理由は?」
「成績と適性」
「俺も同じだ」
二人の声は荒くない。むしろ落ち着いている。しかし、互いに引く気がないことだけは明らかだった。
ティアが小声で言う。
「これ、どうするんだろう」
「教官が決めるでしょう」
俺はそう答えた。
だが、教官はすぐには介入しなかった。少し離れたところから、二人のやり取りを見ている。どうやら、この問題そのものも教育の一部らしい。
「では、こうしましょう」
リアが言った。
「私とホリウスで、それぞれ作戦案を出す。それを教官に見てもらって、優れた方を指揮官にしてもらう」
ホリウスも頷く。
「それならいい」
候補生たちはその場で二つに分かれ、それぞれ地図を囲んだ。
俺は少し離れた位置から、その様子を見ていた。
リアはまず任務を確認する。今回の目的は、敵部隊の侵入を阻止しつつ、街道上の輸送隊を指定地点まで通すこと。正面から敵を撃破する必要はない。
一方のホリウスは、敵の進路そのものを制限することを重視している。あえて前衛を広く展開し、敵の動きを見ながら重点箇所へ兵力を集める考えらしい。
どちらも一理ある。
「リアの案、かなり慎重ですね」
ルリウスが言った。
「はい。敵の動きが分からない以上、悪くないと思います」
「ホリウスは逆に、先にこちらから動くつもりですね」
「そうですね」
俺は地図を見る。
「どちらが正しいかは、敵の編成次第でしょう」
しばらくすると、二人が教官のもとへ作戦案を提出した。
「まずリア」
教官が資料を見る。
「敵の接近を確認するまで主力を動かさず、輸送隊を後方へ置く。その上で中央の地形を利用して防御線を作る。分かりやすい案だ」
リアが少しだけ表情を緩める。
「次にホリウス」
教官がもう一枚の資料を見る。
「先行部隊を使って敵の進路を確認し、敵の主力が判明した時点で側面から圧力をかける。こちらも悪くない」
そして教官は資料を閉じた。
「どちらも指揮官として成立する」
二人が顔を上げる。
「だから、どちらか一人を今ここで指名することはしない」
「……え?」
リアが驚く。
「今回の試合では、お前たち二人をそれぞれ一個小隊の指揮官とする」
今度はホリウスが目を見開いた。
「ただし、その上に一人だけ全体指揮官を置く」
候補生たちが互いを見る。
「全体指揮官は、試合開始後の状況を見て決める」
それを聞いたリアとホリウスは、どちらも少し複雑そうな顔をした。
「つまり、戦場で決めるということですか?」
ホリウスが尋ねる。
「そうだ。お前たち二人が実際に小隊を動かし、その結果を見て判断する」
「分かりました」
リアが答えた。
「私も」
ホリウスも頷いた。
こうして試合が始まった。
開始直後、二人の指揮は対照的だった。
リアは中央の街道を確保しながら、敵の進路が分かるまで主力を動かさない。前方には少数の偵察役を置き、敵の接近を確認するとすぐに後退させる。
一方、ホリウスは最初から動いた。ボリウスとポリウスを含む分隊を前進させ、敵の位置を探りながら側面へ回り込もうとしている。
「両方とも悪くないですね」
エリシアが隣で言った。
「ええ」
俺は戦場を見ながら答えた。
やがて敵役の部隊が姿を現す。数は想定より多い。
リアはすぐに後退命令を出した。
「前衛を戻して!」
「はい!」
その一方で、ホリウスは前進を止めなかった。
「左翼をさらに広げる!」
ボリウスが動き、ポリウスも別の分隊を連れていく。
敵役は二方向から押される形になった。
しかし、ホリウスの部隊が前へ出たことで、リア側と距離が開き始める。
「ホリウスが少し前に出すぎています」
ルリウスが言った。
「そうですね」
敵がそこを狙えば、ホリウスの小隊が孤立する可能性がある。
リアもそれに気づいたらしい。
「ホリウスの部隊を戻してください!」
伝令役が走る。
「敵の主力が左翼へ移動しています!」
ホリウスにも報告が入る。
「なら、こちらも――」
ホリウスが迷う。
前進して敵を押すか。
それとも戻ってリアと合流するか。
そこへ教官から停止命令が出た。
「模擬戦、停止!」
候補生たちが武器を下ろした。
教官が二人を前へ呼ぶ。
「リア。なぜホリウスへ後退を命じた?」
「孤立する可能性があったからです。現状では輸送隊の護衛より前へ出ていますし、敵の主力が左翼へ移動している以上、そのまま進めば包囲されます」
「ホリウスは?」
「敵の主力が移動しているのなら、むしろこちらが側面を攻撃できると思いました」
教官は二人を見る。
「両方とも間違いではない」
そして続けた。
「問題は、お互いの意図を理解していないことだ」
二人が黙る。
「これは模擬戦だ。指揮権を持ちたいという気持ちは分かる。しかし、士官になった後、上官と部下、あるいは同格の指揮官が毎回自分の意見を押し通していては部隊が動かない」
教官はさらに言った。
「リア。お前の防御的な判断は悪くない。ホリウス。お前の積極的な判断も悪くない。だからこそ、どちらが上かを争うより、二つを組み合わせろ」
リアはホリウスを見る。
ホリウスもリアを見る。
「では、次の試合では二人を共同指揮官とする」
「共同……ですか?」
リアが聞き返す。
「そうだ。リアは中央と後方の防御・輸送を担当。ホリウスは前方の偵察と側面戦力を担当する。お互いに勝手な判断をするのではなく、必ず情報を共有しろ」
「分かりました」
リアが答えた。
「俺も了解です」
ホリウスも頷いた。
その横でボリウスが小声でポリウスへ言った。
「最初からそうしておけばいいのにな」
「それができるかを見るための模擬戦なんだろ」
俺は二人のやり取りを聞いて、少しだけ口元を緩めた。
次の試合が始まる。
今度はリアとホリウスが、それぞれ別の役割を担当している。
リアは輸送隊の位置と中央の防御を管理し、ホリウスは前方へ出て敵の動きを確認する。先ほどとは違い、二人の判断が少しずつ繋がっていく。
「敵主力、北へ移動!」
ホリウスから報告が入る。
「分かった。中央を少し下げます」
リアが答える。
「こちらは敵の側面へ回ります」
「お願いします」
二人の命令が噛み合い始める。
今度は部隊全体が、先ほどよりも明らかに動きやすくなっていた。
試合終了後、教官は二人に短く告げた。
「今回は合格。指揮官同士が互いの役割を理解すれば、部隊は動く」
リアは小さく息を吐き、ホリウスも肩の力を抜いた。
「……さっきは、少し意地になっていたかもしれません」
リアが言う。
「俺もです」
ホリウスが答える。
「でも、指揮権を争うこと自体が悪いわけじゃないでしょう」
「それはそうです」
教官が少し離れたところから聞いている。
「自分が指揮を執りたいと思うことは、候補生として悪いことではない」
二人が教官を見る。
「だが、実力を示す方法は、相手を押しのけることではない。自分が指揮官として部隊を動かせると証明することだ」
リアもホリウスも黙ってその言葉を聞いていた。
周囲では候補生たちが次の試合の準備を始めている。
ボリウスとポリウスも自分たちの装備を確認し、リアを支持していた女子候補生たちも次の役割を確認していた。
模擬戦はまだ続く。
ただ、先ほどまであったような「どちらが上か」という空気は、少しだけ薄れていた。




