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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第4章 二つの生を越えて
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第37話 帰還と授業の再開

 王都レクィエリアへ戻ってきたのは、夏季休暇も終わりに近づいた頃だった。馬車の窓から見える街並みは休暇前と大きく変わっていないが、街道を行き交う荷馬車の数は明らかに増えている。食料を積んだ馬車や、木箱を大量に載せた輸送車、軍装品を運んでいると思われる車列まで見かけるようになっていた。


「殿下、軍用の荷馬車が増えていますね」


 向かいに座っていたルリウスが窓の外を眺めながら言った。士官学校では別のクラスなので普段から一緒に行動しているわけではないが、王族として顔を合わせる機会は多い。今回の課外学習では同じ遠征に参加していたため、こうして帰還後も話をすることになった。


「ええ。王都での徴兵も始まっていますし、食料や武器の追加購入も行われていますから」


「休暇前よりも、かなり増えましたね」


「戦争の準備が進んでいるということでしょう」


 俺は窓の外へ目を向けた。以前なら商人の荷馬車ばかりだった街道に、軍へ納入される物資を運ぶ車列が混じっている。国内各地から集められた食料や武器、防具が王都へ運び込まれ、逆に王都から各地の兵站拠点へ送られる物資も増えているらしい。


 それだけではない。傭兵団の募集も始まっているし、領地貴族には民兵招集の準備が命じられている。軍馬や輸送馬車の確保、医療物資の購入、伝令網の整備、各領地の動員可能兵力の報告など、やるべきことはかなり多い。


「そういえば、今回の課外学習ですが」


 ルリウスが少し声を落とした。


「はい」


「シルウァニア軍の斥候部隊と遭遇したことは、やはり大きな問題になるのでしょうか」


「父上にはすでに報告しました」


「そうですか」


「予定していた偵察そのものは完了していましたから、あの戦闘は予定外でした。ただ、敵が国境付近まで斥候を出していたことは重要です」


「向こうもこちらを警戒している、と」


「そう考えるのが自然でしょうね」


 今回の課外学習では、俺たちはシルウァニアとの国境近くまで移動し、予定されていた防御壁の偵察を行った。その後は本来の課外学習として行軍や野営、地図判読、山岳移動、河川渡河などの訓練を続けていたが、その最中にシルウァニア軍の斥候部隊と遭遇した。


 結果としてこちらが物量で押し切ったものの、損害は決して軽くない。第1学年は300人から270人、第2学年は約300人から250人まで減少している。数字だけを見れば、それがどれほど大きな損失なのかはすぐに分かる。


「学校では、今回の戦闘について何か話があるでしょうか」


「おそらくあるでしょう」


「殿下は何か思うところは?」


 俺は少し考えてから答えた。


「改善すべき点はいくつもあります。警戒、連絡、部隊間の連携、敵を発見した後の初動。士官候補生としては、今回の経験から学ぶべきことが多いでしょう」


「なるほど」


「ただ、起きてしまったことをいつまでも考えていても仕方ありません」


 俺は再び窓の外へ視線を向けた。王都の中心部が近づいている。街の人々は普段通りに生活しているが、その裏では戦争に向けた準備が着々と進められている。


「次に同じような状況になったとき、どうすれば損害を減らせるか。それを考える方が重要です」


「殿下らしいですね」


「そうですか?」


「はい」


 ルリウスが苦笑した。


 やがて馬車は王宮へ到着した。俺はルリウスと別れ、父上への報告をするため王宮の中へ入った。


 父上への報告は、その日のうちに行われた。


 執務室へ入ると、父上は机の上に何枚もの資料を広げていた。俺たちが戻ってくる前から、グラフィルなどを通じて課外学習中の出来事について報告を受けていたらしい。


「戻ったか、レノ」


「はい、父上」


「座れ。課外学習について詳しく聞こう」


 俺は席につき、今回の偵察とその後の遭遇戦について順番に説明した。防御壁の位置、規模、周辺の地形、確認できたシルウァニア軍の動き、そして斥候部隊との遭遇まで、分かっていることを一つずつ報告していく。


「防御壁については、やはり簡単な野戦陣地という印象ではありませんでした」


「そうか」


「少なくとも、こちらの侵攻を想定して準備していると考えるべきでしょう」


「こちらもすでに約5万人の連合軍を編成している。向こうが警戒するのも当然だな」


 父上は資料へ目を落とした。


「現時点で、作戦を大きく変更するつもりはない」


「私も、それが妥当だと思います」


「情報が足りないからな。無理に変更すれば、かえって問題が増える」


「はい」


 すでに国内の兵力は各地へ振り分けられている。徴兵、民兵訓練、傭兵の招集、国境警備、各地の防衛施設の点検など、戦争準備のために動いている兵士は多い。ここから大規模な斥候部隊を編成すれば、別の場所に負担がかかる。


「今回得られた情報をもとに、必要な部分だけ修正する」


「それがよいでしょう」


「よし。報告はこれでいい」


 父上は資料をまとめた。


「明日から学校だな」


「はい」


「休暇明けから通常授業に戻る。課外学習の疲れが残っているだろうが、気を抜くなよ」


「承知しています」


「それと、冬の結婚式についても少しずつ準備が始まる」


「分かりました」


「ティアの方も忙しくなるだろう。時間があれば顔を出してやれ」


「はい」


「では、今日は休め」


「失礼します」


 俺は父上の執務室を出た。


 翌朝。


 王立士官学校は、夏季休暇前とほとんど変わらない様子を取り戻していた。廊下には久しぶりに顔を合わせた候補生たちが行き交い、課外学習について話している者も多い。俺も教室へ向かって歩いていると、後ろから聞き慣れた声がした。


「殿下、おはようございます」


 振り返ると、ルリウスがこちらへ歩いてくる。


「おはようございます、ルリウス。休暇はゆっくりできましたか?」


「それなりに。ただ、課外学習の疲れが少し残っています。殿下はいかがですか?」


「私も似たようなものです。ですが、今日から通常授業ですから、いつまでも休んでいるわけにもいきませんね」


「相変わらずですね、殿下」


 ルリウスが苦笑する。


 そのとき、廊下の向こうからティアが歩いてきた。隣にはエリシアがいる。さらに少し後ろには、コリウス、ポリウス、ホリウス、ボリウス、リアの姿もあった。


「レノ、おはよう」


「おはよう、ティア」


「おはようございます、殿下」


 エリシアも挨拶する。


「おはよう、エリシア」


 続いてコリウスたちもこちらに気づいた。


「殿下、おはようございます」


「おはようございます」


「休暇明けから授業とは、なかなか厳しいですね」


 ホリウスが言う。


「士官学校ですから」


 俺が答えると、ポリウスが小さく笑った。


「殿下ならそう言うと思いました」


「実際、その通りでしょう」


「まあ、そうですが」


 ボリウスが苦笑する。


 リアは少し疲れた様子で、肩を回していた。


「私はまだ課外学習の疲れが抜けていません」


「私もです」


 コリウスが答える。


「特に最後の方はかなり大変でしたからね」


 その言葉に、全員が少しだけ黙った。


 シルウァニア軍との遭遇戦。


 あれについては、ここにいる全員が知っている。


 だが、今ここで改めて話す必要もない。


「そういえば」


 ティアが話題を変えた。


「今日の最初の授業って何だった?」


「戦術学だったはずです」


 リアが答える。


「その後が武器訓練ですね」


 コリウスが続けた。


「休暇明けからいきなりそれですか」


「いつものことです」


 ルリウスが言った。


 そのとき、始業を知らせる鐘が鳴った。


「もう時間ですね」


 エリシアが言う。


「では、また後で」


「はい」


 俺たちはそれぞれの教室へ向かった。


 ルリウスは別のクラスなので途中で別れ、ティアたちもそれぞれの教室へ向かっていく。コリウス、ポリウス、ホリウス、ボリウス、リアも自分たちの教室へ戻っていった。


 俺も教室へ入る。


 すでに何人かの候補生が席についており、休暇中の出来事について話している。俺は自分の席に座り、教材を机の上へ並べた。


 しばらくすると教官が入ってきた。


「全員、席につけ」


 教室が静かになる。


「では、授業を始める」


 夏季休暇明け最初の授業が始まった。

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