第36話 課外学習終了
戦闘が終わると、最初に行われたのは人数確認だった。
「第1学年、270名!」
「第2学年、250名!」
報告が響く。
俺はその数字を聞きながら、周囲を見渡した。
戦闘前。
第1学年、300人。
第2学年、約300人。
戦闘後。
第1学年、270人。
第2学年、250人。
合計で約80人の減少。
かなり大きな損害だ。
だが、ここで感情的になっても意味はない。
「負傷者の状態を確認してください」
俺は近くにいた教官へ声をかけた。
「重傷者は?」
「現在確認中です」
「歩行可能な者と不可能な者を分けてください。搬送が必要なら優先順位をつけるべきです」
「……分かった」
教官が頷く。
周囲では候補生たちが負傷者の確認と搬送を始めていた。
俺はさらに周囲を見る。
敵軍は撤退した。
追撃はしていない。
こちらの目的は敵の撃滅ではない。
ならば、これ以上の損害を出す必要はない。
「敵部隊の追撃は?」
「行っていません」
「それでいいです」
俺は即答した。
「敵は撤退しています。こちらも負傷者を抱えている。追撃する理由がありません」
勝敗だけを考えるなら、敵をさらに追うという選択肢もある。
しかし、今の俺たちは正規軍ではない。
士官候補生だ。
しかも、本来の目的は課外学習。
すでに偵察任務も完了している。
ここで追撃して損害を増やすなど、ただの愚行だ。
「殿下」
エリシアが近づいてきた。
「はい」
「……この後はどうなるのでしょうか」
「課外学習は続くでしょう」
「続けるのですか?」
「当然です」
俺は周囲を見た。
戦闘によって人数は減った。
だが、まだ課外学習は終了していない。
今回の課外学習は、野営、行軍、地図判読、山岳移動、河川渡河を実地で学ぶものだ。
偵察任務は、その訓練に組み込まれた。
そして今回の遭遇戦は、予定外の出来事。
だからといって、残りの訓練まで放棄する理由にはならない。
むしろ――。
「今回の戦闘で、士官候補生として学ぶべきことが増えました」
俺は淡々と言った。
「実際に敵と接触したことで、机上では分からなかったことも確認できたはずです」
「……確かに」
「ならば、訓練を続けるべきでしょう」
エリシアは黙って頷いた。
少し離れた場所では、ティアもこちらを見ている。
俺は視線を戻した。
戦闘による損害は大きい。
だが、ここで立ち止まっても何も変わらない。
生き残った者には、生き残った者の役割がある。
「教官」
「はい」
「負傷者の処置が終わり次第、行動可能な者で課外学習を再開しましょう」
「分かった」
その後、俺たちは課外学習を再開した。
隊列は以前より慎重になった。
先頭と後衛には警戒役が配置され、周囲の確認も頻繁に行われる。
だが、予定されていた訓練は一つずつ消化されていった。
地図判読。
山岳移動。
河川渡河。
そして野営。
俺は地図を見ながら、現在位置を確認する。
昨日までなら、単なる訓練だっただろう。
だが今は違う。
実際の敵軍がこの地域を移動している。
その可能性を考えながら地形を見るだけでも、訓練の意味は変わってくる。
――今回の遭遇は偶然だった。
しかし、シルウァニア軍が国境周辺に斥候を出していることは確認できた。
これは王国軍にとって価値のある情報だ。
俺はそのことを頭の中で整理していた。
戦闘による損害は約80人。
対して敵部隊は撤退。
こちらは敵部隊を撃退した。
そして敵が国境周辺で活動していることも確認できた。
損失は大きい。
だが、得られた情報も大きい。
軍事的には、そう評価するしかない。
夕方。
最後の課程を終え、俺たちは野営地へ帰還した。
「全隊、帰還!」
教官の声が響く。
数日間にわたった課外学習も、ようやく終わった。
俺は野営地を見渡した。
テント。
焚き火。
物資。
候補生たち。
数日前と同じ光景だ。
ただし、人間の数だけが違う。
俺はそれを確認した。
そして、それ以上考えることをやめた。
明日は撤収。
その後は王都へ帰還。
王都に戻れば、今回の出来事を正式に報告する必要がある。
特に重要なのは、シルウァニア軍がすでに国境付近で斥候活動を行っていたという事実だ。
俺はその情報を頭の中で整理した。
――父上は、どう判断するだろうか。
それだけを考えながら、俺はテントへ戻った。
翌朝。
「撤収開始!」
号令が響いた。
候補生たちが一斉に動き始める。
テントを畳み、野営道具をまとめ、物資を整理する。
数日間使用した野営地は、少しずつ元の状態へ戻っていった。
「装備確認!」
「忘れ物がないか確認しろ!」
「隊列を整えろ!」
「帰還するぞ!」
こうして、初めての課外学習は終わった。




