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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第4章 二つの生を越えて
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第35話 遭遇戦

 翌朝。


 俺たちはいつも通り、課外学習を続けていた。


 昨日までとは違う。


 シルウァニア側の防御壁を偵察するという特別任務は、すでに終了している。


 集めた情報も整理され、教官たちによって記録された。


 あとは王都へ持ち帰るだけだ。


 しかし――。


 課外学習そのものは、まだ終わっていない。


 今回の課外学習は、もともと予定されていたものだ。


 野営。


 行軍。


 地図判読。


 山岳移動。


 河川渡河。


 そこへ父上の命令による国境偵察が組み込まれた。


 偵察を終えたからといって、課外学習まで終わるわけではない。


 俺たちはそのまま予定されていた訓練を続けていた。


「次は山岳移動だ!」


 教官の声が響く。


 俺たちは森林の中にある斜面を登っていた。


 足場は悪い。


 岩や木の根が多く、平地を歩くよりも遥かに疲れる。


「足元に注意!」


「前の人間との間隔を空けすぎるな!」


「荷物を落とすな!」


 教官たちが次々と指示を出している。


 俺は地図を確認しながら進んでいた。


 昨日の偵察でも山岳地帯を通ったが、今日は純粋な訓練として地形を移動している。


「殿下、こちらです」


 エリシアが前方を指した。


「この先を下れば、河川に出ます」


「分かった」


 俺は頷いた。


 そのまま斜面を下っていく。


 しばらくすると、木々の間から水の流れる音が聞こえてきた。


「川が近いな」


「はい」


 俺たちは河川へ向かって進んだ。


 その頃。


 第2学年の部隊も、別の経路から同じ河川へ向かっていた。


 第1学年も、そのさらに後方を進んでいる。


 3学年はそれぞれ300人ずつ。


 一定の距離を保ちながら、それぞれ別の経路を使って課外学習を行っていた。


 俺たち第3学年は、地図判読と山岳移動を中心にした経路。


 第2学年は河川渡河訓練。


 第1学年はその後に続く形で移動している。


 少なくとも、予定ではそうだった。


 ――予定では。


「……ん?」


 突然、前方から何か音が聞こえた。


 俺は足を止めた。


「どうしました?」


 エリシアが尋ねる。


「今、何か聞こえなかった?」


「……?」


 エリシアが耳を澄ます。


 俺も前方を見る。


 森の向こう。


 何かが動いている。


 しかし、候補生の動きとは違う。


 人数が多い。


「教官!」


 前方から声が響いた。


「どうした?」


「人影があります!」


 教官がすぐに前へ向かう。


 俺も続いた。


 そして――。


「……何だ、あれ」


 木々の隙間から、人間の集団が見えた。


 軍装。


 武器。


 統一された隊列。


 士官候補生ではない。


 明らかに軍人だ。


「シルウァニア軍……?」


 誰かが呟いた。


 俺の背筋に緊張が走る。


 昨日までなら、これは偵察対象だった。


 だが、偵察任務はもう終わっている。


 今はただの課外学習だ。


 それなのに――。


 目の前に、本物の敵軍がいる。


「人数を確認!」


 教官が叫ぶ。


「およそ300!」


「……300人?」


 俺は思わず聞き返した。


 シルウァニア軍の斥候部隊。


 どうやら、国境周辺を偵察するために派遣された部隊らしい。


 そして俺たちは――。


 偶然、その部隊と鉢合わせした。


「第2学年の部隊が近くにいます!」


 別の教官が叫んだ。


「距離は?」


「それほどありません!」


 まずい。


 もし第2学年がこのまま進めば、正面から敵部隊と遭遇する。


「連絡を!」


 教官が叫ぶ。


 しかし、その直後だった。


 森の向こうから、第2学年の候補生たちが姿を現した。


「……!」


 互いの距離が一気に縮まる。


 シルウァニア軍もこちらを確認した。


 次の瞬間――。


「敵だ!」


 シルウァニア側から声が響いた。


 そして、第2学年の部隊が戦闘態勢に入った。


「第2学年、交戦開始!」


 報告が飛んでくる。


 俺は前方を見つめた。


 300人近い第2学年と、約300人のシルウァニア軍斥候部隊。


 突然の遭遇だった。


 どちらも戦闘を想定していない状態からの接触だったため、最初は混乱していた。


 しかし、シルウァニア軍は実戦部隊だ。


 徐々に隊列を整え、反撃を始める。


「第2学年が押されています!」


 エリシアが叫んだ。


 俺も状況を確認する。


 確かに、第2学年の部隊が後退している。


「第1学年は?」


「まだ後方です!」


「なら、加勢させる!」


 教官が即座に判断した。


「第1学年へ伝令!」


 伝令役の候補生が走っていく。


「第2学年を援護させろ!」


 ほどなくして、第1学年の部隊が動き始めた。


 300人。


 新たな候補生たちが戦場へ入っていく。


「押し返せ!」


「第2学年を援護!」


「隊列を維持しろ!」


 人数が増えたことで、状況が変わり始めた。


 シルウァニア軍は約300人。


 対して、こちらは第1学年と第2学年を合わせて600人近い。


 経験では敵が上。


 しかし、人数ではこちらが圧倒している。


 徐々にシルウァニア軍が押され始める。


「前へ!」


「押し込め!」


 最終的には、物量の差が戦況を決めた。


 シルウァニア軍はこれ以上の戦闘を続けることが困難になったのか、森の奥へ撤退していく。


「追うな!」


 教官が叫ぶ。


「絶対に追撃するな!」


 候補生たちは足を止めた。


 戦闘は終わった。


 だが――。


 勝ったとは、とても言えなかった。


「人数を確認!」


 教官たちが負傷者と行方不明者を確認していく。


 しばらくして、報告が届いた。


「第1学年――270人!」


「第2学年――250人!」


 俺は言葉を失った。


 戦闘前、第1学年は300人。


 第2学年も約300人。


 それが――。


 第1学年は270人。


 第2学年は250人。


 合わせて80人近くが戦闘によって部隊から欠けている。


 俺は前方を見つめた。


 つい昨日まで、俺たちはシルウァニア軍を「偵察対象」として見ていた。


 防御壁を見て、見張り台を確認し、地形を記録した。


 それだけだった。


 だが今日は違う。


 課外学習の途中で、本物のシルウァニア軍と遭遇した。


 そして――戦った。


「殿下……」


 ティアが俺の隣に立つ。


 俺はすぐには答えられなかった。


 周囲では教官たちが負傷者の確認を続けている。


 候補生たちも、負傷者の搬送や装備の回収に動いている。


 誰も勝利を喜んでいない。


 当然だ。


 これは訓練ではなかった。


 少なくとも、俺たちにとっては。


 俺は深く息を吐いた。


「……全員を確認しよう」


 それだけを言った。


 俺たちは課外学習を続けなければならない。


 しかし、もう朝と同じ気持ちで歩くことはできない。


 昨日の偵察で得た情報。


 そして今日、実際に遭遇したシルウァニア軍。


 その二つが、俺の中で一つに繋がった。


 シルウァニアは、すでに戦争の準備をしている。


 そして俺たちもまた――。


 もう戦争の当事者になり始めているのだ。

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