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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第4章 二つの生を越えて
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第34話 偵察完了と次の学習

夕暮れが近づく頃、俺たちは野営地へ戻ってきた。


 第1学年、第2学年、第3学年。


 それぞれ300人ずつに分かれた3つの部隊が、担当区域から順番に戻ってくる。


 朝に900人全員で出発したときとは違い、今はそれぞれの部隊が独立して行動している。


「第3学年、帰還しました!」


「第2学年、帰還!」


「第1学年、帰還しました!」


 各部隊の教官から報告が上がる。


 俺はそれを聞きながら、静かに息を吐いた。


 全員、無事に戻ってきた。


 今回の偵察は、戦闘を目的としたものではない。


 しかし、実際の国境付近まで進み、敵国の防御施設を確認する以上、危険がなかったわけではない。


 俺たちは運が良かったのかもしれない。


「殿下」


 エリシアが声をかけてきた。


「はい」


「教官たちが記録を集めています」


 見ると、各部隊の教官たちが候補生から提出された地図や記録用紙を集めていた。


「行こう」


 俺たちは教官たちのもとへ向かった。


「各部隊、偵察結果を報告!」


 教官の声が響く。


 最初に第1学年から報告が始まった。


「国境付近に木造防御壁を確認!」


「見張り台を複数確認しました!」


「防御壁周辺に兵士らしき人影を確認!」


 続いて第2学年。


「複数地点から同一と思われる防御壁を確認!」


「壁の内部に建造物を確認!」


「物資を運搬していると思われる荷馬車を確認しました!」


 そして第3学年。


 俺たちが確認した情報も報告されていく。


「未記載の道路を確認!」


「道路上に複数の馬車の轍!」


「河川を確認。周囲の地形と合わせて、進軍上の障害になる可能性があります!」


 教官たちは、それぞれの報告を大きな地図に書き込んでいく。


 バラバラだった情報が、一枚の地図の上で繋がっていく。


 俺はその地図を眺めた。


 防御壁。


 見張り台。


 森林。


 河川。


 街道。


 補給路らしき道路。


 シルウァニア側の兵士。


 少しずつ、国境周辺の姿が見えてくる。


「……かなり広いですね」


 エリシアが呟く。


「うん」


 俺も頷いた。


 複数の地点から確認された防御壁は、かなり広範囲にわたっている。


 少なくとも、単なる応急処置のような防御柵ではない。


 シルウァニアは本気で連合軍を迎え撃つつもりなのだ。


「ただし、敵軍の全容までは分からない」


 教官が言った。


「今回確認できたのは、あくまで国境付近から視認できた範囲だけだ」


「はい!」


「兵力、予備兵力、指揮所、魔術兵の配置、補給拠点の詳細については不明だ。そこを忘れるな」


 俺は頷いた。


 情報は増えた。


 だが、まだ足りない。


 それでも今回得られた情報には価値がある。


「本日の偵察結果は整理した上で王国軍へ提出する」


 教官が続ける。


 候補生たちの間に小さなどよめきが起こった。


 俺は特に驚かなかった。


 今回の課外学習が父上の命令によって変更された時点で、こうなることは分かっていた。


 俺たちは士官候補生として訓練を受けている。


 そして今回は、その訓練そのものを利用して、実際の戦争準備に必要な情報を集めたのだ。


「よし!」


 教官が声を張った。


「偵察結果の報告はこれで終了!」


 一瞬、候補生たちの間に安堵が広がる。


 だが――。


「ただし!」


 教官の声が続いた。


「課外学習はまだ終了していない!」


「……え?」


 誰かが間の抜けた声を漏らした。


 教官が少し笑う。


「今回の課外学習は、最初から偵察だけを目的としていたわけではない!」


 俺はその言葉を聞いて、ようやく気づいた。


 そうだった。


 今回の課外学習は、もともと予定されていたものだ。


 野営。


 行軍。


 地図判読。


 山岳移動。


 河川渡河。


 それらを実地で学ぶための課外学習。


 父上はそこへ、シルウァニアの防御壁に対する偵察任務を組み込んだ。


 つまり――。


 偵察そのものが、課外学習の訓練内容になっている。


「今回お前たちは、行軍しながら地図と実際の地形を照合した!」


 教官が続ける。


「山岳地帯を移動し、森林を通過し、河川を確認した!」


「そして敵国の防御施設を実際に観察し、地図上に記録した!」


 候補生たちが黙って聞いている。


「これら全てが今回の課外学習だ!」


 俺は周囲を見渡した。


 確かにそうだ。


 朝から行ってきたことは、すべて士官候補生として必要な訓練だった。


 ただ、その訓練に実際の軍事任務が重なっただけだ。


「したがって、明日以降も予定通り課外学習を続ける!」


「はい!」


 900人の声が響いた。


 俺は少し笑った。


 なるほど。


 父上は、単純に俺たちを偵察に行かせたわけではない。


 士官候補生としての訓練と、実際の戦争準備を一つにしたのだ。


 かなり無茶な話ではある。


 しかし、理にかなっている。


 俺は空を見上げた。


 夕暮れの空が赤く染まっている。


 今日は長い一日だった。


 そして明日も、野営は続く。


 課外学習も続く。


 俺は背嚢を下ろしながら、小さく息を吐いた。


「……まだ終わってないか」


 ティアが隣で笑う。


「当たり前でしょ。まだ課外学習の途中なんだから」


「そうだったな」


 俺も笑った。


 こうして俺たちは、偵察任務を一つの訓練課程として組み込んだ、特殊な課外学習の初日を終えた。

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