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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第4章 二つの生を越えて
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第31話 偵察 前編

 俺たちは、教官から指定された区域へ向かって進み始めた。


 先ほどまで900人でまとまっていた隊列は、すでに3つに分かれている。


 第1学年300人。


 第2学年300人。


 第3学年300人。


 それぞれが独立した部隊として行動し、担当区域の偵察を行う。


 俺が所属するのは第3学年の部隊だ。


 カイは別学年なので、当然ながら別の部隊にいる。


 出発前に一度だけ姿を確認したが、今はもう第2学年の部隊とともに別の方向へ進んでいる。


「殿下、こちらです」


 エリシアが地図を片手に声をかけてくる。


「分かった」


 俺はエリシアとともに先へ進んだ。


 今回の目的は、敵国の防御施設を可能な限り確認すること。


 ただし、越境は禁止。


 敵兵を発見した場合も接近しない。


 戦闘も禁止。


 あくまで偵察訓練だ。


 そして、そこで得られた情報を記録し、帰還後に報告する。


「足元に注意しろ!」


 先頭の教官が声を上げた。


「ここから街道を外れる! 地図と実際の地形を照合しながら進め!」


「はい!」


 俺たちは街道を外れ、草地へ入った。


 地面には木の根や石があり、歩きやすいとは言えない。


 さらに進むにつれて、緩やかな斜面が現れた。


「地図では、この先に丘陵があります」


 エリシアが地図を確認する。


「丘の上からなら、国境方面を確認できそうですね」


「そうだな」


 俺は周囲を見渡した。


 森。


 丘陵。


 街道。


 そして、その先に国境がある。


 地図に記された情報と、実際の地形を一つずつ照らし合わせていく。


 これも今回の課外学習の目的の一つだ。


 やがて俺たちは丘を登り始めた。


 頂上付近に差しかかったところで、教官が手を上げる。


「停止」


 全員が足を止めた。


「ここから先は静かに行動する」


 俺たちは声を抑えながら、丘の頂上付近へ進んだ。


 そして――。


「……見えます」


 エリシアが小さく呟いた。


 俺も前方を見る。


 森の向こう。


 国境線のさらに先に、何かが見えている。


「……あれか」


 木々の隙間から、長く伸びた構造物が見える。


 木造の壁。


 シルウァニア側に建造された防御壁だ。


 俺は目を細めた。


 聞いていたよりも大きい。


 しかも、ただ木材を並べただけのものではない。


 一定の高さがあり、ところどころに周囲より高い構造物が確認できる。


「見張り台でしょうか?」


 エリシアが言う。


「そう見える」


 俺は地図を開いた。


「確認できた位置を記録しよう」


「はい」


 候補生たちが一斉に記録を始める。


 壁の位置。


 確認できる方向。


 周辺の地形。


 森林の位置。


 街道との距離。


 見張り台らしき構造物。


 そして――。


「人影があります」


 別の候補生が小声で報告した。


 俺も目を凝らした。


 確かに人がいる。


 ただし、距離が遠い。


 人数を正確に数えることはできない。


「確認できた事実だけを記録しろ」


 教官が指示する。


「推測で人数を書くな」


「はい!」


 俺も地図の端に記録を書き込んだ。


 ――シルウァニア側防御壁を視認。


 ――壁上および周辺に複数の人影。


 ――見張り台らしき構造物を複数確認。


 これ以上の断定はできない。


 それでいい。


 偵察で最も重要なのは、見たものと推測を混同しないことだ。


 しばらく観察していると、ティアが俺の横に来た。


「レノ」


「どうした?」


「あれ……かなり長くない?」


「俺もそう思う」


 森に遮られているため全体像は分からない。


 それでも、視界に入っている範囲だけでも相当な距離がある。


 少なくとも、簡単な防御柵という印象ではない。


「連合軍を迎え撃つために作ってるんだろうな」


「5万人を相手にするため?」


「たぶん」


 俺は再び壁を見た。


 シルウァニアはすでに総動員令を発動している。


 そして、こちら側にはアイティクイランド軍とカヴィーレスターン軍を合わせて約5万人が集まる予定だ。


 それを迎え撃つための防御施設。


 そう考えると、あの規模にも納得できる。


「殿下」


 ルリウスが近づいてきた。


「はい」


「長時間ここに留まるのは危険ではありませんか?」


「俺もそう思います」


 こちらが見ているということは、向こうからこちらが見えている可能性もある。


 偵察は情報を得るための行動だ。


 見つかって戦闘になれば、本来の目的から外れてしまう。


 教官も同じ判断をしたようだった。


「観察終了!」


 小声の号令が出る。


「記録をまとめて、次の観察地点へ移動する!」


 俺たちは静かに丘を下り始めた。


 丘を下ったところで、部隊はいったん停止した。


 各小隊が確認した内容を、それぞれ記録用紙にまとめていく。


「こちらの班でも壁を確認しました」


「こちらは見張り台を確認」


「兵士らしき人影も複数確認しています」


 次々と報告が上がる。


 俺はそれらを聞きながら、地図を眺めた。


 複数の場所から、同じ防御壁が確認されている。


 つまり――。


 あれは一部分だけの施設ではない。


 かなり広範囲に構築されている可能性が高い。


「……思ったより大規模だな」


 俺は思わず呟いた。


「はい」


 エリシアも頷く。


「ただ、まだ分からないことが多すぎます」


「そうだね」


 壁の全長。


 内部の兵力。


 武器。


 魔術兵の有無。


 補給拠点。


 予備陣地。


 何も分からない。


 今回の偵察だけで全てを把握するのは不可能だ。


 それでも、何も知らない状態よりは遥かにましだ。


「次の観察地点へ移動する!」


 教官の声が響いた。


 俺は地図をしまった。


「行こう」


 ティアとエリシア、ルリウスが頷く。


 俺たちは再び歩き始めた。


 別の場所では、第1学年と第2学年の部隊も、それぞれ別の区域を偵察しているはずだ。


 900人が3つの部隊に分かれているからこそ、広い範囲を同時に調べられる。


 俺は国境の向こうを一度だけ振り返った。


 森の奥には、シルウァニアの防御壁がある。


 そして、その壁の向こうには大量の兵士が集められている。


 俺たちはまだ、その全貌を知らない。


 だからこそ――。


 もっと見る必要がある。


 今回の課外学習は、まだ始まったばかりだった。

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