第24話 カヴィーレスターン軍上陸開始
王立士官学校の武術大会で起きた暗殺未遂事件から数日が経ち、ついに夏季休暇が始まった。例年ならば生徒たちがそれぞれの故郷へ戻り、家族と過ごしたり友人たちと遊んだりする時期だが、今年のレノウィウスにそのような時間はほとんどなかった。来年の春にはシルウァニア王国との戦争が始まり、その遠征軍の総司令官を王太子であるレノが務めることが決まっている。そして休暇が始まったばかりのこの時期から、その戦争に向けた準備が始まっていた。
南の海から、カヴィーレスターン軍3万3000人が順次アンティクイランド王国へ上陸することになったのである。
その上陸地点となるのが、王領海峡補給都市ガルディシアだった。
「まさか、夏季休暇が始まった日にガルディシアへ行くことになるとはな」
馬車の中でレノが苦笑する。
「仕方ないでしょう。父上から頼まれたんだから」
向かいに座るティアがそう答えた。
「それに、アイガード大族長に挨拶するんでしょう?」
「ああ。カヴィーレスターン軍の先遣隊と一緒に上陸したそうだからな。これから3万3000人もの兵がこの国に入ってくる以上、王太子として直接顔を合わせておく必要がある」
レノが答えると、その少し離れたところに座っていたルリウスも頷いた。
「そうですね、殿下。来年の戦争を考えれば、今回の会談はかなり重要になると思います」
「そうだな」
レノがルリウスを見る。
「それにしても、こうして話すのは久しぶりだな」
「はい。士官学校では別のクラスですから、普段はなかなかお会いする機会がありませんので」
「武術大会では同じ陣営だったけどな」
「はい。あの時はまさか、あれほど大きな事件になるとは思いませんでした」
ルリウスの言葉に、馬車の中が一瞬静かになる。
先日の武術大会。
150人対150人の集団戦の最中、レノに向かって本物の刃が付いた投げ槍が投げられた。
そして現在も、ティア側の150人の中に帝国から送り込まれた刺客がいる可能性が高いとされている。
「……犯人、まだ見つかってないんだよね」
ティアが小さく呟いた。
「ああ」
レノは頷く。
「調査は続いている。だが、今は俺たちが気にしすぎても仕方ない。まずは目の前の仕事だ」
「そうだね」
ティアも頷いた。
馬車はそのまま南へ進み続けた。
しばらくすると、窓の向こうに青い海が見えてくる。
さらにガルディシアへ近づくにつれ、街の様子が大きく変わっていった。
港には巨大な船が何隻も停泊している。
兵員を乗せた輸送船。
武器や食料、その他の軍需物資を満載した船。
そして、その船から次々と兵士たちが上陸していた。
「……すごい」
ティアが思わず窓の外へ身を乗り出す。
「これが3万3000人……」
レノも港を眺める。
まだ全軍が到着したわけではない。それでも先遣隊だけで相当な規模だった。兵士たちは整然と隊列を組み、物資を運ぶ兵士や馬を引く者たちが港を行き交っている。
ガルディシアは、まるで巨大な軍事拠点へ姿を変えつつあった。
「これだけの兵が海を越えて来ると、さすがに実感しますね」
ルリウスが呟いた。
「ああ」
レノは港を見つめた。
「来年の戦争は、もう始まる準備が進んでいるんだ」
やがて馬車が港湾施設へ到着した。
レノたちが馬車から降りると、アンティクイランド側の関係者とカヴィーレスターン軍の士官たちが出迎える。
その先には、一人の大柄な男が立っていた。
アイガード・ゼフィル大族長。
カヴィーレスターンにおいて大きな影響力を持つ人物であり、レノたちにとってもすでに面識のある相手だった。
アイガードもレノたちの姿を確認すると、豪快な笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。
「おお、レノウィウス殿下!」
「アイガード大族長。お久しぶりです」
レノも笑顔で迎える。
「いやいや、こちらこそお久しぶりですな。以前お会いした時より、また一段と立派になられた」
「ありがとうございます。大族長もお元気そうで何よりです」
「もちろんですとも。これから3万3000の兵を率いて戦場へ向かうのですから、弱っている暇などありません」
アイガードが豪快に笑う。
ティアも一歩前へ出た。
「アイガード大族長、お久しぶりです」
「おお、ティア殿下もお元気そうですな」
「はい。今回、カヴィーレスターン軍の皆さんを迎えることができて嬉しく思います」
「こちらこそ、歓迎していただけるのはありがたいことです」
アイガードはそう言ってから、レノへ視線を戻した。
「それにしても、まさか来年の遠征軍を殿下が率いることになるとは」
「俺自身も驚いています」
「ですが、王太子である殿下が総司令官になるのであれば、我らも安心できますな」
「期待に応えられるように頑張ります」
「ははは! その言葉が聞ければ十分です」
アイガードは満足そうに笑った。
その少し後ろでは、ルリウスが静かに立っていた。
アイガードが彼に気づく。
「おや?」
ルリウスが一歩前へ出る。
「お久しぶりです、アイガード大族長」
「おお、ルリウス殿ではありませんか」
「はい」
「殿下と一緒に来られたのですな」
「今回、ご一緒させていただいております」
アイガードは頷いた。
「なるほど。士官学校でも殿下と同じ陣営で戦われたと聞いております」
「はい」
ルリウスが答える。
レノはその様子を見ながら、港へ視線を向けた。
そこでは、今も続々とカヴィーレスターン兵が上陸している。
船から降りる兵士。
積み下ろされる武器。
運び込まれる大量の食料。
それらを見ていると、来年の戦争が現実のものとして迫ってきていることが嫌でも分かる。
「アイガード大族長」
「はい、殿下」
「来年の春には、俺たちは同じ戦場に立つことになります」
レノは真剣な表情で続けた。
「俺はまだ16歳になるばかりですし、分からないことも多い。でも、総司令官を任された以上、カヴィーレスターン軍の皆さんを無駄に死なせるつもりはありません」
アイガードは黙ってレノを見つめた。
そして、やがて力強く頷く。
「その言葉だけで十分です」
大族長はレノの肩に手を置いた。
「我らも、殿下のために戦うのではありません。アンティクイランドとカヴィーレスターン、そして我らの未来のために戦うのです」
「はい」
「だからこそ、共に勝ちましょう」
「ええ。必ず」
二人は固く握手を交わした。
ティアはその姿を隣から見つめ、嬉しそうに微笑む。
ルリウスも静かに頭を下げた。
港には、今もカヴィーレスターン軍の兵士たちが続々と上陸している。
夏季休暇は始まったばかり。
しかしレノたちの目の前では、来年の戦争へ向けた準備がすでに動き始めていた。




