第23話 士官学校の武術大会 後編
武術大会は、その場で中止となった。
訓練場にいた300人の士官候補生は全員その場に留められ、教官たちによって一人ずつ確認を受けることになった。
レノウィウスは、地面に突き刺さった投げ槍を見つめていた。
「……これは、大会用のものではありませんね」
近くにいた教官が険しい表情で頷いた。
「ああ。本来、投げ槍の穂先に刃は付いていない。これは明らかに規定外の武器だ」
大会で使用される武器は、参加者が重大な怪我を負わないように厳重に管理されている。
それにもかかわらず、レノへ向けて投げられた一本には、本物の刃が取り付けられていた。
「誰かが意図的に持ち込んだということですか?」
「そう考えるしかない」
レノは訓練場を見渡した。
先ほどまで激しく動き回っていた300人の士官候補生は、今では全員が所定の位置に集められている。
しかし、それでも多すぎる。
150人。
それだけの人数が一つの陣営を構成していた。
しかも投げ槍が放たれたのは、戦闘の真っ最中だった。兵士たちが入り乱れ、弓兵や弩兵が射撃し、歩兵同士がぶつかり合っていた。
あの状況で、投げ槍を投げた人間を特定するのは不可能に近い。
「レノ!」
聞き慣れた声がした。
振り返ると、ティアがこちらへ駆け寄ってくる。その後ろにはエリシアとリアも続いていた。
「大丈夫!?」
「大丈夫だよ。怪我はない」
「本当に?」
ティアはレノの身体を確認するように見つめた。
「槍、すぐ近くを通ったんだよね?」
「ああ」
「……怖かった」
ティアは小さく呟いた。
その表情には、先ほどまで大会を楽しんでいた様子など残っていなかった。
「でも、誰が投げたの?」
「分からない」
レノが答える。
「戦闘中だったからな。俺から見える範囲には、何十人もいた。投げた瞬間を見ていたとしても、すぐに人の波に紛れたはずだ」
「……そう」
ティアは訓練場にいる自分の陣営の兵士たちを見た。
そこには、先ほどまで一緒に戦っていた士官候補生たちが150人いる。
「じゃあ……」
ティアの声が少し震えた。
「この150人の中にいる可能性もあるってこと?」
「まだ何とも言えない」
レノがそう答えた直後、別の教官が駆け寄ってきた。
「殿下。確認結果について、報告があります」
「何か分かりましたか?」
「はい」
教官は周囲を確認してから、声を落とした。
「規定外の武器を持ち込んでいた痕跡が見つかりました」
「どこから?」
「ティア殿下側の陣営です」
「……!」
ティアの表情が凍った。
「私の……?」
「はい」
レノも黙ってティア側の150人を見る。
誰が犯人なのか。
まだ分からない。
だが、少なくともレノを狙った刺客がティア側の陣営に紛れ込んでいた可能性が、急速に高まった。
「待って」
ティアが教官に尋ねる。
「その人は誰?」
「現時点では特定できていません。持ち込まれた武器や装備について、現在さらに詳しく調査しています」
「でも、私たちの中にいるんでしょう?」
「その可能性が高い、という段階です」
ティアは150人を見つめた。
さっきまで味方だった人々。
同じ陣営で戦い、命令を聞き、互いに声を掛け合っていた士官候補生たち。
その中に、レノを狙った人間がいるかもしれない。
「……どうして」
ティアの口から、かすかな声が漏れた。
「どうして私の側に……」
「ティア」
レノが声を掛ける。
「ティアのせいじゃない」
「でも……」
「誰が紛れ込んだのかも分かってない。今は決めつけるべきじゃない」
「……うん」
ティアは頷いた。
その直後だった。
調査を担当していた別の教官が、緊張した面持ちで駆け寄ってきた。
「殿下、もう一つ報告があります」
「なんですか?」
「投げ槍について調べたところ、帝国側で使用されている武器との共通点が確認されました」
レノの目が細くなる。
「帝国?」
「はい。完全に同一のものと断定するには、まだ調査が必要です。しかし、少なくとも帝国側で使われているものと類似した構造になっています」
「つまり……」
エリシアが呟く。
「帝国から送り込まれた刺客かもしれない、ということ?」
「その可能性があります」
その場に沈黙が落ちた。
帝国。
それは単なる大会中の規則違反とは、まったく意味が違う。
国家の意思によって誰かが送り込まれ、この士官学校の武術大会に参加していた可能性がある。
そして、その刺客は――
「150人の中にいる……」
ティアが呟いた。
レノは答えなかった。
まだ断定はできない。
しかし、ティア側の150人の中に帝国の刺客が潜んでいる可能性が高い。
それだけは確かだった。
「大会に参加するために、士官学校へ入り込んだのかな」
リアが不安そうに尋ねる。
「それとも、もともと士官学校の生徒だったのか……」
エリシアが続けた。
どちらなのか、今の段階では分からない。
帝国がどれほど前から準備していたのかも。
なぜ今回の大会を暗殺の場に選んだのかも。
そして、なぜレノを狙ったのかも。
何一つ分かっていなかった。
ティアは俯いたまま、しばらく黙っていた。
やがて、涙を堪えるような声で呟く。
「……ごめん」
「だから、ティアのせいじゃないって」
「でも、私の陣営にいた人がレノを狙ったんだよ」
「ティアがその人を連れてきたわけじゃないだろ」
「……」
「むしろ、今は犯人を見つけることを考えよう」
レノの言葉に、ティアはゆっくりと顔を上げた。
「……うん」
その目にはまだ不安が残っていた。
だが、同時に強い決意も宿っていた。
「絶対に見つけよう」
「ああ」
その後、士官学校は参加者全員の身元と装備について詳細な調査を開始した。
大会は完全に中止となり、事件は王宮にも報告された。
そして、武術大会で起きた一本の投げ槍は、単なる大会中の事故ではなく、レノウィウス王太子に対する明確な暗殺未遂として扱われることになった。
しかし、犯人はまだ分からない。
ティア側150人。
その中の誰か一人。
帝国から送り込まれた刺客。
それが誰なのか。
レノは、静かに150人の士官候補生を見渡した。
つい先ほどまで、彼らはただの大会参加者だった。
だが今は違う。
その150人の中に、自分の命を狙うために紛れ込んだ人間がいる。
そして、その正体を暴かなければならない。
来年の春には、シルウァニア王国との戦争が始まる。
その前に、すでに別の敵が動き始めていた。
夏季休暇を目前に控えた武術大会。
そこで投げられた一本の槍は、これから始まる戦いが、単なる一国との戦争だけではないことを告げるものだった。




