第22話 士官学校の武術大会 前編
夏季休暇を目前に控えたある日、王立貴族学院では毎年恒例の夏の武術大会が開催されていた。学院生たちが日頃から鍛えてきた技を競い合う一大行事であり、観覧席には教師や貴族たちの姿も多く見られる。
レノウィウスにとっても、この大会は学院生活の中で楽しみにしている行事の一つだった。もっとも、翌日には別の大会が控えている。王立士官学校の武術大会だ。
王立貴族学院の大会と王立士官学校の大会は別々に開催される。学院大会には士官学校生は参加せず、士官学校大会もまた士官学校生だけで行われる。だからこそ、翌日に控えた士官学校の大会は、学院の武術大会とはまったく異なるものになる。
学院大会を終えた翌日。
王立士官学校の広大な訓練場には、前日の学院大会とは比較にならないほど多くの観客が集まっていた。
今日行われるのは、個人戦ではない。
150人対150人。
合計300人の士官候補生が二つの陣営に分かれて戦う、集団戦だった。
戦場を模した広大な訓練場には、歩兵だけではなく、弓兵や弩兵も配置されている。単純な一対一の武術大会とは違い、兵士をどこへ動かすのか、どの部隊をどの場所に配置するのか、いつ攻撃し、いつ退くのかという判断が勝敗を左右する。
そして今年の対戦陣営が発表された瞬間、観覧席から小さなどよめきが起こった。
ティア側には、ティア、エリシア、リア、ホリウス、ボリウス、ポリウス。
対するレノ側には、レノ、コリウス、ルリウス。
「まさかレノと敵になるとはね」
ティアが向かい側にいるレノを見ながら笑った。
「大会だからな。手加減はしないぞ」
「それはこっちの台詞!」
ティアは楽しそうに笑った。
やがて開始の合図が鳴る。
両軍が一斉に動き始めた。
最初に動いたのは弓兵だった。
遠距離から矢が放たれ、続いて弩兵が射撃を開始する。安全のために大会用に調整された武器が使われているため、本来ならば重大な負傷者が出るようなことはない。
その後ろから歩兵が前進し、両軍の前衛が激突した。
「左翼、少し下げろ!」
「中央はそのまま!」
レノが声を張る。
150人もの人間が動く集団戦では、全員を細かく指示することなどできない。だからこそ、レノは各部隊の指揮役に命令を伝え、その指揮役たちがさらに下の兵士へ命令を伝えていく。
ティアも同じだった。
「右側の歩兵を前へ! 弩兵はその後ろ!」
「了解!」
ティアの指示に従い、部隊が動く。
「ティア、中央が押されてる!」
エリシアが叫ぶ。
「分かってる! リア、中央をお願い!」
「任せて!」
リアが率いる部隊が中央へ移動する。
両軍は互いに相手の隙を探りながら、少しずつ陣形を変えていった。
レノは戦場全体を見渡した。
敵は150人。
味方も150人。
それだけの人数が一つの訓練場で動いている以上、視界は常に遮られている。誰がどこにいるのかを完全に把握することなど不可能だった。
それでも、レノは状況を読みながら部隊を動かしていく。
「コリウス、右翼を少し前へ」
「了解!」
「ルリウス、弓兵を後退させてくれ」
「分かった!」
レノの命令に従って味方の部隊が動く。
その瞬間だった。
ティア側の前衛付近から、一人の兵士が投げ槍を手に取った。
大会用の投げ槍は、本来ならば安全に配慮されたものだ。
だが、その兵士が握っている一本だけは違った。
穂先に、鋭い金属の刃が取り付けられていた。
兵士は周囲を確認する。
だが、誰も気づいていない。
150人対150人の集団戦。
叫び声。
足音。
武器がぶつかり合う音。
飛び交う矢。
複雑に動き続ける兵士たち。
誰か一人を見つけ出すことなど、容易ではない。
そして、その兵士は投げ槍を構えた。
狙いは、レノ。
「……!」
次の瞬間、投げ槍が放たれた。
レノは何かを感じたように振り返った。
しかし、遅かった。
周囲には味方も敵も入り乱れている。
飛来する投げ槍が、どこから放たれたのかすら分からない。
「殿下!」
誰かの叫び声が響いた。
レノがとっさに身を動かす。
投げ槍はそのすぐ近くを通過し、地面へ突き刺さった。
その瞬間、会場の空気が変わった。
大会用の武器ならば、こんな音はしない。
レノは地面に突き刺さった投げ槍を見る。
そして、その穂先を見た。
「……刃?」
誰かが呟いた。
審判たちも異変に気づく。
「試合を止めろ!」
直後、停止の合図が訓練場全体に響き渡った。
300人の士官候補生が、一斉に動きを止める。
レノは地面に突き刺さった投げ槍を見つめた。
大会で使われるはずのない、本物の刃。
しかし、犯人の姿はどこにも見えない。
150人の敵。
その中の誰かが投げたのか。
それとも、別の場所から投げ込まれたのか。
誰にも分からなかった。
ただ一つ。
これは事故ではない。
そのことだけは、誰の目にも明らかだった。




