第21話 来年に向けて
ある日の休暇の午後、レノウィウスとティアは父王アウレリウスから王宮へ呼び出されていた。
休暇中に父王から呼び出されること自体は珍しいことではない。だが、二人が同時に呼ばれるとなれば、ただの親子の話では済まない可能性が高い。レノは王宮へ向かう馬車の中で何度もその理由を考えていたが、隣に座るティアもまた、どこか落ち着かない様子で窓の外を眺めていた。
「ねえ、レノ。何の話だと思う?」
「俺に分かるわけないだろ。父上が俺たちを同時に呼び出した時点で、普通の話じゃないとは思うけど」
「やっぱり戦争関係かな」
「……たぶんな」
レノは短く答えた。
来年の春、シルウァニア王国との戦争が始まる。
そのことは、すでに王族や重臣たちの間では現実的な問題として扱われていた。そして、その戦争で自分が軍を率いる可能性があることも、レノには分かっていた。
しかし、「可能性がある」のと「正式に決定される」のとでは意味が違う。
やがて馬車が王宮へ到着すると、二人はそのまま父王の執務室へ通された。
「来たか。座れ」
「はい」
「うん」
二人が向かいの椅子に腰を下ろすと、アウレリウスはしばらく二人を見つめた。
「まず、お前たちには来年の春に始まるシルウァニア王国との戦争について、正式に伝えておくべきことがある」
レノは姿勢を正した。
「はい」
「今回の戦争において、我が国が編成する遠征軍の総司令官は、お前に任せることになった」
「……俺に?」
「ああ」
一瞬、レノは言葉を失った。
「まだ15歳の俺が、ですか?」
「お前は王太子だ。それに、すでに実権保持王族として国家の重要方針に関わる立場にある。来年、戦争が始まる頃にはお前も16歳になる。今からそのつもりで準備しておけ」
「……分かりました」
レノは一度だけ息を吐いた。
「総司令官として、務めを果たします」
「その言葉を聞ければ十分だ」
アウレリウスはそう言ってから、机の上に置かれていた書類へ視線を落とした。
「そして、もう一つ重要な話がある」
「まだあるんですか?」
レノが思わず苦笑すると、アウレリウスは少しだけ眉を上げた。
「むしろ、こちらのほうがお前たちにとって重要かもしれん」
そして、父王は淡々と告げた。
「夏季休暇中から、カヴィーレスターン軍が順次この国へ入る」
「カヴィーレスターン軍が?」
ティアが身を乗り出した。
「そうだ。南の海から船で入り、王領海峡補給都市ガルディシアへ上陸する。総兵力は3万3000」
「3万3000……」
レノは思わず呟いた。
3万3000という数字は、決して小さなものではない。
それだけの兵力が海を越えてアンティクイランド王国へ入り、来年の戦争に備える。
「これほどの兵を、海を越えて……」
「カヴィーレスターンとの同盟が、それだけ重要だということだ」
アウレリウスは頷いた。
「お前にはガルディシアへ赴いてもらう。カヴィーレスターン軍を迎え、アイガード・ゼフィル大族長へ挨拶をしてこい」
「俺がですか?」
「お前は遠征軍の総司令官になるのだからな。援軍として来る彼らに、自ら顔を見せておく意味は大きい」
「分かりました。必ず行きます」
レノが答えると、ティアも当然のように頷いた。
「私も一緒に行く」
「……まあ、それについては後で話そう」
「?」
アウレリウスの言葉に、ティアが首を傾げる。
レノには、その瞬間から何となく嫌な予感がしていた。
「それから、もう一つ決まったことがある」
「まだあるんですか?」
レノがそう言うと、アウレリウスは淡々と二人を見た。
「今年の冬、お前たち二人の結婚式を行う」
「…………」
「…………」
二人の動きが、同時に止まった。
「……結婚式?」
レノが聞き返す。
「ああ。エクィトゥム王国との結束をより強固なものにするためにも、両国の王族同士の婚姻は大きな意味を持つ。すでに必要な調整も進めている」
「今年の……冬……」
ティアの顔が、見る見るうちに赤くなっていく。
「レノと……私が……?」
「そういうことだ」
アウレリウスが平然と答える。
「…………」
「…………」
二人の視線が、ゆっくりと重なった。
普段なら何でも言い合える二人なのに、その瞬間だけは互いに何も言えなかった。
やがてティアが、小さな声で呟く。
「……レノ」
「……なんだ?」
「冬……だって」
「ああ」
「結婚……するんだね」
「……そうだな」
レノも顔が熱くなるのを感じていた。
ティアが少しだけ笑う。
「……なんか、嬉しい」
「俺も」
「本当に?」
「本当だよ」
ティアの笑顔がさらに柔らかくなる。
「じゃあ……」
「うん」
気がつけば、二人の間には先ほどまでとは明らかに違う空気が流れていた。
アウレリウスはしばらく黙って二人を眺めていたが、やがて、
「……ゴホン」
と、大きく咳払いをした。
「!」
「!」
二人が同時に我に返る。
「ここは私の執務室だぞ」
「……すみません」
「……ごめんなさい」
ティアが真っ赤な顔で俯き、レノも気まずそうに視線を逸らした。
「話を続ける」
アウレリウスは何事もなかったかのように書類へ目を戻した。
「お前たちの結婚は両国の関係を考えても重要だ。だが、それとは別に、来年の戦争についても準備を進めなければならない」
「はい」
レノが頷く。
その横でティアも大きく頷いた。
「私も戦争の準備はするよ」
「……そうか」
アウレリウスは一瞬だけティアを見ると、静かに続けた。
「では、遠征軍についても話しておこう」
「うん!」
ティアが身を乗り出す。
「来年の遠征軍には、私も参加するから」
「……駄目だ」
「…………え?」
あまりにも即答だった。
ティアが固まる。
「な、なんで?」
「お前は参加しない」
「どうして!」
「決まっているからだ」
「そんなの理由になってない!」
ティアは椅子から立ち上がった。
「私は戦える! レノの隣で戦える! 今までだって一緒に戦ってきたんだから!」
「ティア」
レノが宥めようとするが、ティアは止まらなかった。
「エクィトゥム王国の王女だから? これからレノと結婚するから? だから戦場に出ちゃいけないっていうの?」
「そうだ」
「嫌!」
即答だった。
「絶対に嫌!」
ティアの目に涙が浮かぶ。
「私はレノと一緒に行く……。今までずっと一緒だったのに、どうして戦争になったら私だけ置いていかれるの……」
アウレリウスは黙ってティアを見つめていた。
「私は足手まといじゃない……。ちゃんと戦える……。レノを守ることだってできる……」
とうとう涙が頬を伝った。
「だから……連れて行ってよ……」
レノは隣で黙っていた。
ティアがここまで泣く姿を見るのは久しぶりだった。
そして、レノは静かに口を開く。
「父上」
「なんだ」
「ティアは、俺と一緒に来るべきだと思います」
アウレリウスがレノを見る。
「お前まで言うのか」
「はい。ティアは戦力になります。それに、戦場で俺を支えてくれる存在でもあります」
「……」
「それに、本人がこれだけ望んでいるなら、一方的に禁止するより、正式に軍へ組み込んだほうがいいと思います」
しばらく沈黙が続いた。
やがてアウレリウスは深く息を吐いた。
「……分かった」
「え?」
ティアが顔を上げる。
「遠征軍への参加を認める」
「本当!?」
「ああ。ただし、無茶はするな。お前はこれから王太子妃となる身でもある。その自覚を持て」
「うん!」
ティアは涙を拭いながら、大きく頷いた。
「ありがとう!」
「……まったく」
アウレリウスは呆れたように頭を抱えた。
「では、遠征軍の編成についても伝えておく。ティアだけではない。エリシアも参加する」
「エリシアも?」
レノが聞き返す。
「ああ。そして、カイも参加することになっている」
「カイまで!」
ティアの顔が一気に明るくなった。
「それなら、いつものメンバーで戦えるね!」
「まあ、そうなるな」
レノも少し笑った。
しかし、アウレリウスは最後にもう一つ告げた。
「ただし、軍の指揮系統については明確にしておく。総司令官はレノウィウス。そして、その副総司令官としてアトラシート伯爵を置く」
「アトラシート伯爵が副総司令官……」
「お前が王太子として全軍を率いる。その一方で、実戦経験の豊富なアトラシート伯爵が副総司令官として軍務を支える。お前一人にすべてを背負わせるつもりはない」
「分かりました」
レノは真剣な表情で頷いた。
来年の春。
シルウァニア王国との戦争が始まる。
その時、自分は16歳になっている。
そして、自分がその遠征軍の総司令官になる。
夏には3万3000のカヴィーレスターン軍が海を越えてガルディシアへやって来る。その大軍を率いるアイガード・ゼフィル大族長と顔を合わせ、さらにエクィトゥム王国との婚姻による同盟関係も強固なものになる。
その一方で、今年の冬にはティアとの結婚式が待っている。
レノは隣に座るティアを見た。
つい先ほどまで泣いていた少女は、もう涙を拭って笑っている。
「……忙しくなりそうだな」
「うん。でも、楽しみ」
「戦争が?」
「そっちじゃない!」
ティアが頬を膨らませる。
「結婚式!」
「……ああ」
レノも笑った。
その様子を見ていたアウレリウスは、再び小さく咳払いをした。
「だから、ここは私の執務室だと言っているだろう」
「……すみません」
「……ごめんなさい」
二人の声が重なった。
こうして、休暇の一日は、来年の戦争と遠征軍、そして二人の結婚という、これからの人生を大きく変えるいくつもの決定を残して過ぎていった。




