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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第4章 二つの生を越えて
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222/335

第20話 騎兵基礎

新作をチャットGPTを間接的、又は補助的使用にとどめ投稿する予定です!

ある程度の制作が完了したら投稿する予定です。

投稿スピードは劇的に遅くなると思いますが、ご容赦ください。

 弓・弩訓練が一段落すると、武術大会前の王立士官学校では次の実技課程へ移ることになった。今回の授業は、これまでの剣術や槍術とは少し勝手が違う。騎兵基礎。 これまでの武術訓練が自分自身の身体と武器を扱うことを中心としていたのに対し、騎兵訓練ではそこへ「馬」という生き物が加わる。自分が強いだけでは意味がない。馬を怯えさせず、逆に馬へ振り回されず、意思を伝え、走らせ、止め、方向を変え、その上で自分自身の武器まで扱わなければならない。歩兵なら自分の身体だけを意識していればいいが、騎兵は自分と馬の二つを同時に管理しなければならない。だから教官は初日の集合時から、「騎兵とは、馬に乗った歩兵ではない」と繰り返し強調していた。


 朝、王立士官学校の騎兵訓練場へ向かうと、すでに多くの馬が並べられていた。軍用として調教された馬たちで、体格も性格も様々だ。騎士家出身の生徒の中には幼い頃から乗馬を叩き込まれている者も多く、馬を見た瞬間に慣れた様子を見せている。一方、平民出身の生徒の中には、日常生活で馬を見ることはあっても、軍用馬へ乗るのは初めてという者もいた。俺自身は王族として幼い頃から乗馬の教育を受けているため、馬に乗ることそのものに不安はない。ただ、今日の目的は「乗れること」を確認することではない。騎兵として、馬と武器と自分を同時に動かした時にどこまでできるのか、それを知るための訓練だ。


「最初に覚えてもらうのは乗馬ではない」


 担当教官が馬の列を背にして言った。「馬の扱い方だ。馬は武具ではない。疲れるし、怯えるし、痛みも感じる。戦場では爆発音や怒号、血の匂い、他の馬の動揺など、普段の訓練場にはない刺激が大量にある。普段なら従う馬が、戦場では突然立ち止まることもあるし、逆に恐怖から勝手に走り出すこともある。だから騎兵にとって馬との信頼関係は武器の一部だ。馬を扱えない騎兵は、どれだけ剣が強くても騎兵としては未熟だ」


 最初の訓練は地上での馬との接し方からだった。馬具の確認、手綱の持ち方、鞍の状態、蹄の確認、馬体の異常がないかを見る方法、そして馬へ近づく時の姿勢まで細かく指導される。ある平民出身の学生が少し急いで馬へ近づいた瞬間、その馬が首を振って後ろ脚を引いた。


「止まれ」


 教官の声が飛ぶ。


「今の馬は警戒している。自分の都合で距離を詰めるな。馬が何を嫌がっているのかを見ろ」


「はい!」


 学生は慌てて一歩下がった。


 馬が少し落ち着く。


「騎兵は馬に命令するだけの兵士ではない。馬の状態を読み、その状態に合わせて自分の指示を変える必要がある。自分の命令を馬へ押しつけるだけでは、戦場で馬が壊れる」


 俺はその光景を見ながら、歩兵とは全く違う難しさだと思った。歩兵なら自分の身体が自分の意思に従う。だが、騎兵はそうではない。馬という別の生き物と一つの動きを作らなければならない。命令する側と従う側という単純な関係ではなく、互いの動きを合わせる必要がある。だから、騎兵という兵種は単純な武力では測れないのだろう。


              ◆


 乗馬訓練が始まると、経験の差はすぐに表れた。騎士家の令息や令嬢は比較的自然に馬を動かし、平民出身の生徒の中には手綱を強く握りすぎて馬を落ち着かせられない者もいる。


「肩の力を抜け!」


 教官の声が飛ぶ。


「手で馬を引っ張るな! 脚と姿勢を使え!」


 俺も自分の馬を歩かせながら、細かな感覚を確認していく。歩かせる。停止させる。左右へ曲げる。速度を上げる。減速する。再び歩かせる。ここまでは問題ない。だが、次に馬上から武器を扱う訓練が始まると難易度が一気に上がった。


「馬上で剣を抜け!」


 号令とともに、全員が木剣を抜く。俺も鞘から木剣を抜いたが、その瞬間、馬の歩調が僅かに乱れた。


 すぐに分かった。


 自分が剣へ意識を割いたせいで、馬へ伝えるべき指示が遅れた。


「殿下!」


 教官が声を飛ばす。


「今、馬の速度を落としたな」


「はい」


「攻撃することだけ考えるな。騎兵は武器を抜いた瞬間から戦っている。馬の動きを止めず、武器も扱え」


「分かりました」


 俺はすぐに修正した。


 次の周回では、剣を抜く前から馬の速度を一定に保つことを意識する。馬が一定の歩調で進む。そこへ合わせて剣を抜く。身体をひねって標的へ斬撃を入れる。今度は馬の速度が崩れない。


「そうだ」


 教官が頷く。


 俺は自分の中で課題を整理した。馬上では「武器を扱うこと」と「馬を扱うこと」を別々に考えてはいけない。二つを同時に処理する必要がある。歩兵より複雑だが、逆に言えば、それが騎兵の強さでもある。


 一方、ティアは最初から馬を怖がることはなかった。王女として乗馬経験があるのだろう。しかし、武器を持った瞬間には少し苦戦した。槍を構えながら速度を維持しようとすると馬の向きが僅かにずれ、馬を意識すると槍の構えが崩れる。


「……難しいですね」


 ティアが少し困ったように呟く。


「馬に乗ることと槍を使うことを別々にやろうとするからだろう」


「では、どうすれば?」


「馬の速度を一定にして、それを前提に槍を扱えばいい」


 俺が答えると、ティアは少し考えた後、「なるほど」と頷いた。


 すぐに再挑戦する。


 今度は先ほどより安定した。


 ティアは嬉しそうに小さく笑った。


「できました」


「ああ」


 俺は頷いた。


 こういう時のティアは分かりやすい。うまくいけば嬉しそうにし、失敗すれば悔しそうにする。その感情を隠そうとはしない。だが、重要なのは、その感情に引きずられず次の動作へ移れることだ。彼女はそこが強い。


              ◆


 午前の後半には馬上剣術が本格的に始まった。訓練場には木製の標的が並び、学生たちは一定の速度で走る馬上から標的を斬る。地上では簡単にできる動作でも、馬上では身体が上下に揺れ、地面との距離感まで変わるため、剣の軌道が安定しにくい。


「腕だけで振るな! 馬の速度を利用しろ!」


 教官が叫ぶ。


 俺は標的へ向かって走る。標的との距離が縮まる。馬の歩調に合わせて身体を回し、剣を振る。


 命中。


 木製の標的が揺れた。


 俺はそのまま馬を走らせ、次の標的へ向かう。


「今のはいい!」


 教官の声。


「ただし、斬撃の後に身体が流れている。次の敵への対応が遅くなるぞ」


「分かりました」


 俺は頭の中でその動きを修正する。


 次。


 標的へ接近。


 斬撃。


 身体を戻す。


 馬の速度を維持。


 今度は動きが繋がった。


 少し離れた場所では、コリウスが必死に馬を走らせていた。子爵家長男として騎士の道を意識している以上、ここで遅れたくないのだろう。しかし、最初の数回は剣を振ることへ集中しすぎて、馬の速度が落ちていた。


「止まれ!」


 教官が声を上げる。


「また馬が減速している!」


「はい……!」


 コリウスの顔には悔しさがはっきり出ていた。


 だが、そこで止まらない。


「もう一度お願いします!」


 教官が頷く。


 再び馬を走らせる。


 今度は先ほどより安定した。


 俺はその姿を見ながら、コリウスは努力型だと思った。失敗すると悔しがる。しかし、その悔しさを「自分には才能がない」という結論へ持っていかない。原因を教えてもらい、直して、もう一度挑む。騎士としてはかなり大事な性質だろう。


 エリシアもまた馬上剣術に苦戦していた。普段は弓術で高い適性を示している彼女だが、馬上では別の能力を要求される。馬を制御しながら剣を振るという動作に慣れていないため、最初の標的を大きく外した。


「……やっぱり、難しい」


 エリシアが悔しそうに呟く。


 しかし、教官から何度も指摘されるうちに、少しずつ動きが変わっていった。馬を安定させ、その動きを邪魔しないように身体を使い、最後の瞬間だけ剣へ意識を集中する。


 二度目。


 命中。


「……当たった」


 エリシアの顔が明るくなる。


「やりました!」


 その喜び方は、彼女らしく素直だった。


 俺はその様子を見ながら、「よかったな」とだけ声を掛ける。


「はい!」


 返ってきた声が妙に嬉しそうだった。


              ◆


 午後からは騎槍の訓練へ移った。訓練用の長い槍を馬上で構え、一定速度で走りながら標的へ突き込む。歩兵の槍術とはまるで違い、ここでは馬の速度そのものが攻撃力になる。


「覚えておけ!」


 教官が言った。


「騎兵の突撃は、ただ速く走ればいいというものではない。速度、隊列、間隔、方向、その全てが揃って初めて突撃になる。前の馬へ近づきすぎれば衝突する。離れすぎれば敵に各個撃破される。横へずれれば隊列の圧力が消える」


 数十人の生徒が一列に並ぶ。


「騎兵は一人で強いから強いのではない。数十騎、数百騎が同じ速度で動き、同じ瞬間に敵へ圧力をかけるから強い」


 号令とともに馬が走り出す。


 蹄の音が大地を叩く。


 俺も騎槍を構える。


 風が顔へ当たる。


 距離が縮まる。


 標的が近づく。


 俺は身体を低くし、槍を前へ出した。


 突く。


 衝撃。


 木製の標的が揺れる。


 すぐに槍を戻す。


 馬を減速させる。


「悪くない」


 教官が言う。


「ただ、もう少し身体を低く。突撃時に上体が起きれば、衝撃に負ける」


「はい」


 俺は即座に修正する。


 次の周回。


 姿勢を低くする。


 馬の速度を維持。


 突く。


 今度は衝撃をほとんど受け流せた。


 一方、ティアは最初の突撃で標的を外した。


「……」


 ティアの顔が曇る。


 普段なら槍術に自信がある。


 それなのに、馬上では思ったようにいかない。


「もう一度お願いします」


 ティアがすぐに言う。


 教官は頷く。


「焦るな。槍を当てようとしすぎるな。まず馬の速度を一定にしろ」


「はい」


 ティアは一度目を閉じ、深く息を吐く。


 そして再び馬を走らせた。


 速度を一定に保つ。


 槍を構える。


 標的へ近づく。


 突く。


 命中。


「よし!」


 ティアが嬉しそうに声を上げた。


 教官も頷く。


「一回失敗しただけで終わったと思うな。二回目で直せたなら十分だ」


「ありがとうございます!」


 ティアは明らかに嬉しそうだった。


 俺はそんな彼女を見て、少しだけ口元を緩める。


 ティアはこういう時、本当に分かりやすい。


 失敗すれば悔しがる。


 成功すれば喜ぶ。


 だが、そのどちらも次の行動を止めることはない。


 それは、彼女の強さの一つだと思う。


              ◆


 ホリウス、ポリウス、ボリウスの三人も騎兵訓練では他の一年生より落ち着いていた。リウス傭兵団は三百人規模の傭兵団で、騎兵も一定数保有しているらしく、三人とも馬を扱った経験があるという。


「乗り慣れているな」


 俺がホリウスへ声を掛ける。


「傭兵団では馬を使う依頼も多いですから」


「三百人全員が騎兵というわけではないだろう?」


「もちろんです。騎兵は一部です。ただ、団長の息子だから、三人とも馬の扱いくらいは覚えさせられました」


 ホリウスは慣れた動きで馬を止め、再び走らせる。


 ポリウスは騎槍を持っていた。


 ボリウスは弓を選んでいる。


「同じ傭兵団で育っても、武器はそれぞれ違うんだな」


「俺は槍の方が好きです」


 ポリウスが言う。


「俺は弓」


 ボリウスが続ける。


「ホリウスは?」


「剣も槍も使いますけど、馬上なら槍ですね」


「なるほど」


 俺は三人を見比べる。


「名前だけじゃなく、武器まで同じだったら面倒だったな」


「そこまで一緒だったら困りますよ」


 ポリウスが笑う。


「ホリウス、ポリウス、ボリウス。名前で区別がつかなくなる」


「殿下、それを最初に言ったの殿下ですからね」


 ボリウスが笑う。


 三人は相変わらず仲がいい。


 だが、馬上に乗れば表情が変わる。傭兵団の息子として育ち、武器と馬を日常の中で見てきた経験が、そのまま出ている。


              ◆


 最後の訓練は、騎兵の機動力を実際に利用する小規模な模擬演習だった。敵役となる学生たちが一定の区域を守り、騎兵側は指定地点を通過しながら、敵へ圧力をかけて有利な位置を確保し、その後、安全に離脱することが任務とされた。


「勘違いするな」


 教官が演習開始前に説明する。


「これは敵を全滅させる競技ではない。騎兵の役割を理解するための訓練だ。正面突破が最適とは限らない。側面へ回り、敵を移動させ、別の場所へ圧力をかけ、敵が対応する前に離脱する。それができるなら、それで勝ちだ」


 俺は地図を確認した。


 正面には敵役が多い。


 左には空いている場所がある。


 右には狭い通路。


 ならば、左へ回る。


 速度を利用する。


 敵に見つかる前に位置を取る。


「開始!」


 騎兵隊が走り出した。


 俺も馬を走らせる。


 風が顔へ当たる。


 地面が後ろへ流れる。


 地上とは速度の感覚そのものが違う。


 敵役がこちらへ気づいた。


 だが、正面から向かわない。


 左へ回る。


 馬の速度を維持したまま旋回する。


 敵役がこちらへ向きを変える。


 その瞬間、別の騎兵が反対側へ回り込む。


 敵の隊列が割れた。


 それで十分だった。


 俺は指定地点へ到達し、騎槍で標的へ一撃を入れ、そのまま離脱する。


 敵役が追ってくる。


 だが、こちらの方が速い。


 距離が開く。


「停止!」


 笛が鳴った。


 演習終了だった。


「騎兵隊、良かったぞ」


 教官が言う。


「正面から戦うことにこだわらず、速度を利用して敵の向きを変えた。これが騎兵の基本だ」


 俺は馬の手綱を緩める。


 勝敗そのものは、あまり重要ではない。


 今日の目的は。


 騎兵の機動力を理解することだった。


 それは理解できた。


 だから、十分だ。


              ◆


 訓練終了の笛が鳴る。


 学生たちは馬を降り、まず馬具を外す前に馬の状態を確認する。汗の量、呼吸、脚の状態。疲れている馬には無理をさせず、身体を冷やしながら水を与える。最後まで訓練は終わっていない。騎兵にとっては、馬の世話までが訓練なのだ。


 ティアは自分の馬の首を撫でながら、「今日は頑張ってくれましたね」と優しく声を掛けている。エリシアは馬上から弓を扱えたことが嬉しかったらしく、興奮の残った顔で何度も先ほどの射撃を振り返っていた。コリウスは今日も紙へ訓練内容を書き留め、次に直すべきところを整理している。ホリウス、ポリウス、ボリウスは三人で馬具を確認しながら、自分たちの動きについて意見を交わしていた。


 俺も自分の馬の首筋を撫でる。


 馬が小さく鼻を鳴らした。


 今日の課題は明確だった。


 馬上での方向転換。


 騎槍を扱う際の姿勢。


 速度を維持しながらの武器操作。


 そして、馬を意識しながら周囲を確認すること。


 改善する方法も分かっている。


 なら、次に直せばいい。


 ただ、それだけだ。


 俺は訓練場を見渡した。


 剣術。


 槍術。


 弓術。


 弩術。


 騎兵。


 王立士官学校で学ぶ武術は、一つの武器を極めることだけが目的ではない。それぞれの武器の特性を知り、自分がどのように扱えるのかを確かめ、その経験を将来の軍事指揮へ繋げるためのものだ。


 そして今日、俺は新しく一つ理解した。


 騎兵の最大の武器は、剣でも槍でもない。


 速度と機動力。


 敵より先に動き、敵より有利な場所へ移動し、必要な瞬間だけ攻撃し、敵が対応する前に離脱する。


 そのためには、馬を理解し、自分を制御し、武器を扱い、戦場全体を見る必要がある。


 簡単な兵種ではない。


 だからこそ、学ぶ価値がある。


 俺は最後に馬へもう一度だけ触れてから、厩舎を出た。

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