第15話 学力考査
春季の基礎教育が始まってからしばらく経った頃、王立士官学校では最初の学力考査が行われることになった。これまでにも「王国軍制」「軍法」「王国史・軍事史」「地理学」「地形学」「軍事数学」「基礎兵站学」といった授業を受けてきたが、今回の考査では、それらを個別に暗記できているかだけではなく、学んだ知識を実際の軍事判断へ結びつけられるかどうかまで評価されるらしい。入学前の試験とは違い、すでに士官学校で学んだ内容が中心となるため、三百人の新入生にとって最初の本格的な「士官候補生としての学力」を試される機会だった。
朝から教室はいつもとは違う緊張感に包まれていた。普段なら授業開始前に友人同士で話している声が聞こえるのだが、今日は誰もが机の上の教材を確認したり、暗記した内容を頭の中で繰り返したりしている。王立士官学校では実技だけが重視されるわけではない。むしろ将来、部隊を指揮する者になるためには、地図を読み、軍制を理解し、過去の戦争を分析し、兵士と物資の計算を行い、法に従って判断する能力が必要になる。だからこそ、この学力考査は武術や魔術の査閲と同じくらい重要だった。
試験開始の鐘が鳴り、教官が問題用紙を配り始める。「試験時間は三時間。王国軍制、軍法、王国史・軍事史、地理学、地形学、軍事数学、基礎兵站学から出題する。単純な知識問題だけではない。記述式問題では、なぜその判断をしたのか、その理由まで明確に書け。答えだけが合っていても、判断過程に問題があれば減点する」
問題用紙を受け取り、俺は最初のページをめくった。最初の問題は王国軍制だった。「アンティクイランド王国軍を二種類に分類し、それぞれの特徴と指揮系統について説明せよ」。諸侯軍と中央軍。領地貴族が自らの費用で維持する諸侯軍と、国王が直接統帥する中央軍。その違いだけなら簡単だが、設問は続いている。「両者を同一戦場へ投入する場合、爵位の高い諸侯軍指揮官と中央軍指揮官のどちらが優先されるか、その根拠を述べよ」。俺は以前の授業を思い返しながら、軍の指揮権は爵位ではなく任命された指揮系統によって決まること、諸侯軍と中央軍を共同運用するためにはその原則を守らなければならないことを書き込んだ。
次は軍法だった。命令違反、敵前逃亡、略奪、捕虜への不当な扱い、軍需物資の横領、機密漏洩など、軍人が犯してはならない行為について問われる。その中には、「上官から王国法に反する可能性のある命令を受けた場合、士官候補生としてどのように対応すべきか」という記述問題もあった。俺は、まず命令内容を確認し、必要なら上級指揮官へ報告し、違法性が明らかな場合には定められた手続きに従って拒否する必要がある、と答えた。内乱を経験した今の俺にとって、この問題は単なる試験問題ではない。命令に従うことが軍人の基本である一方、命令を出す者そのものが国家を裏切った場合、軍人がどこへ立つべきなのかを考えさせられる内容だった。
王国史・軍事史の問題では、アエテリア歴0年から現在までの歴史が問われた。アエテリア歴0年に氷雪の女神グラシエルがアエテリア大陸へ降臨し、人々を生み出したとされること。アエテリア歴700年、大陸東部から謎の遊牧民族がアエテリア人を攻撃し始め、750年にはその勢力が西海岸まで到達し、旧アエテリア諸国を滅ぼしてアエテリア帝国を成立させたこと。950年、旧アエテリア人の武装勢力が大陸南西部のレクィエリアを占領し、帝国との交渉の中でアンティクイ人と名乗ることを強いられた上で、アンティクイ公国が帝国の属国として成立したこと。そして1270年、帝国が諸国連合との大戦に敗れた機に乗じ、アンティクイ公国が独立してアンティクイランド王国となったこと。最後には、「これらの歴史が現在の王国の外交政策へどのような影響を与えているか」という問題まで出されていた。
俺は少し考えた後、帝国との国境を持つこと、帝国に対して強い警戒心を持つこと、外交費が国家支出の大きな割合を占めていること、エクィトゥム王国との関係が国家安全保障上重要であることなどを書いた。歴史は過去の出来事を覚えるためだけではない。その歴史が現在の国家の行動を決めているのだと、これまで何度も教えられてきた。
地理学では、白地図を使った問題が出た。アエテリア大陸における主要国家の位置を記入し、アンティクイランド王国周辺の国境と海域を説明する。西にはエクィトゥム王国、東にはセパラーティオ川を挟んでアエテリア帝国、北にはシルウァニア王国、南には海峡を挟んでカヴィーレスターン・スルタン国。さらに大陸全体について、東部から中東部にかけて帝国、大陸西部にエクィトゥム王国、北中西部にシルウァニア王国、南中西部にアンティクイランド王国、北部にセプテントリア連合公国、そして大陸南部にカヴィーレスターンが存在することまで問われていた。
さらに地形学では、単純に地名を書く問題では終わらない。「エクィトゥム王国からシルウァニア王国へ大軍を侵攻させる場合、ジェヲラ山脈とシルウァニア大森林が軍事行動へ与える影響を説明せよ」とある。俺は、ジェヲラ山脈によってエクィトゥムとシルウァニアの間の大規模な軍事移動が制限されること、山岳と森林によって視界や行軍速度が悪化し、補給路が限定されること、そのため主要な侵攻路を巡って防衛側が兵力を集中させやすいことを書き込んだ。地形を知ることは、地図上の形を覚えることではない。そこを兵士が歩く時、馬が通る時、荷車を運ぶ時に何が起きるのかを考えることなのだ。
そして、いよいよ軍事数学と基礎兵站学の問題へ入る。ここからは計算用紙まで配られた。問題は「一万七千百人の遠征軍を三十日間維持するために必要な物資量を求めよ」というものから始まり、そこへ馬の飼料や輸送用荷車の必要数、補給路の距離、雨天による行軍速度低下などの条件が追加されていく。さらに、「補給路の一部が敵によって封鎖された場合、残存する輸送路で必要量を確保するために何を変更すべきか」という記述問題まで用意されていた。
俺は計算を進めながら、ふと先日の御前会議を思い出した。大金貨一万枚の戦費、一万七千百人の遠征軍、国内に残す五千人、傭兵団五千人を含む戦時総兵力二万二千百人、そして本格的な継戦能力約一年。御前会議で聞いた数字が、今では試験問題の中に具体的な形で現れている。それを考えると、軍事数学と兵站学は単なる計算科目ではなく、国家が戦争を継続できるかどうかを判断するための学問なのだと改めて感じる。
最後の問題は総合問題だった。敵国へ侵攻する場合の作戦を、兵力、地形、補給、時間、軍法、国家財政を考慮した上で立案せよというものだ。勝利条件は敵軍の全滅ではない。与えられた目的を達成しつつ、自軍の損害と国家への負担を可能な限り抑えることが求められていた。
俺はしばらく問題を見つめた。
敵の兵力。
味方の兵力。
地形。
補給路。
国家の予算。
戦争を続けられる期間。
さらに、戦争が長期化した場合の国内への影響まで考える必要がある。
そして、俺は答えを書き始めた。
敵軍を倒せばいいわけではない。王国へ持ち帰るべき戦果と、戦争を続けることで失われる国力のバランスを考え、目的達成に必要な最小限の戦闘を行うべきだ。補給路が危険なら複数の補給拠点を用意し、敵がその拠点を攻撃するために兵力を割けば、その動きを逆に利用する。戦況が想定以上に悪化した場合には、勝利を追い続けるのではなく、撤退して国家を守る判断も必要になる。
問題用紙の最後まで書き終えた頃には、試験終了まで残りわずかになっていた。
「残り十分」
教官の声が響く。
俺はもう一度、最初から答案を確認する。計算ミスがないか、数字の単位が間違っていないか、記述の内容に矛盾がないかを確認し、最後に答案を閉じた。
「終了」
教官の声と同時に、三百人の受験生が一斉に筆を置いた。
教室に大きな息が漏れる。
俺も椅子へ背を預けた。
入学してから、まだそれほど時間は経っていない。それでも、王国軍制、軍法、歴史、地理、地形、数学、兵站と、短期間でかなり多くのことを叩き込まれた。今回の考査は、その知識を覚えているかどうかを確認するだけではなかった。
「知っていること」と「使えること」は違う。
それを確認するための試験だった。
◆
数日後、学力考査の結果が掲示された。
新入生たちは掲示板の前に集まり、それぞれの順位と評価を確認している。俺も人の流れに混じって結果を確認した。
王立士官学校では、学力、武術、魔術、規律、体力など、それぞれに評価がつく。そのため単純な総合順位だけではなく、どの分野が得意なのかも分かるようになっている。
俺の名前を探す。
すぐに見つかった。
上位。
予想していた通りだった。
その横には、教官からの評価が書かれている。
王国史・軍事史――優。
地理学――優。
地形学――優。
軍事数学――優。
基礎兵站学――優。
軍法――優。
王国軍制――優。
総合判断――優。
ただし、全てが完璧というわけではない。細かな計算問題でいくつか失点していたし、軍事史の一部では評価が「良」に留まっている。
それでも。
十分な結果だった。
「殿下」
横から声がした。
振り返ると、ティアがいた。
「どうでした?」
「悪くない」
「私もです」
ティアが小さく笑う。
少し離れたところにはエリシアもいる。
「殿下、お疲れ様でした」
「ああ。エリシアは?」
「私もそれなりにできました」
その会話をしていると、後ろから別の声が聞こえた。
「やっぱり王立貴族学院を卒業した人間は強いな」
振り返ると、平民出身の学生たちが掲示板を見ながら話していた。
「いや、そうでもないぞ」
別の学生が答える。
「軍事数学なら平民の方が上位にいる人もいる」
「確かに」
俺はその会話を聞いて、少しだけ笑った。
王立士官学校では。
身分があれば何でもできるわけではない。
学力も。
武術も。
魔術も。
そして判断力も。
実際に身につけなければならない。
卒業後には身分による差が生まれる。
しかし。
少なくともこの学校では、試験用紙の上に爵位は書かれていない。
あるのは。
正解と。
間違いだけだった。
俺は掲示板をもう一度見た。
これから三年間。
俺はこの場所で、何度も評価されることになるだろう。
そして、そのたびに思い知らされるはずだ。
王太子という身分が。
戦場で俺の代わりに判断してくれるわけではないということを。




