第14話 魔術・武術適性査閲
春季の基礎教育が始まってしばらく経った頃、王立士官学校では最初の大きな評価行事が行われることになった。入校査閲で確認されたのは姿勢や服装、規律といった士官候補生としての基礎だったが、今回行われるのは、それとは異なる。魔術・武術適性査閲。 一学年三百人の新入生がこれまでに身につけてきた武術と魔術の能力を実際に示し、今後三年間の訓練方針を決めるための査閲である。剣術、槍術、弓術、弩術などの武術適性だけではなく、魔力を持つ者については魔力総量、制御能力、詠唱精度、身体強化魔術、武具強化魔術の適性まで確認される。単純に順位を競う大会ではない。誰が何に向いているのかを学校側が把握し、それぞれの能力を軍事教育の中でどう伸ばすのかを決めるためのものだった。
早朝から訓練場には三百人の新入生が集められ、中央には武術の試験区画が設けられていた。剣術区画には木剣と模擬盾、槍術区画には訓練用の長槍、弓術区画には距離の異なる複数の標的、弩術区画には弩と専用標的が並べられている。さらにその奥には魔術適性を測定するための円形の訓練区画が設けられ、魔力を持つ生徒たちが順番を待っていた。そこにいるのは貴族だけではない。王立貴族学院卒業生もいれば、騎士家の次男以下、商家の子女、平民落ちした貴族の血を引く学生もいる。魔力の有無は身分とは別の問題だからだ。
「これより、魔術・武術適性査閲を開始する!」
担当教官の声が訓練場へ響き渡る。
「本査閲は単純な順位を決めるためのものではない。諸君それぞれの適性を確認し、今後の訓練内容を決定するためのものである。剣術に優れた者が必ずしも槍術に優れているとは限らない。弓に向いている者もいれば、弩に向いている者もいる。魔力を持つ者についても同じだ。魔力量が多い者が、必ずしも魔力制御に優れているとは限らない」
教官はそこで一度言葉を切った。
「そして、適性とは優劣そのものではない。戦場では、異なる能力を持つ者が互いの弱点を補うことで、一人では発揮できない戦力を作る。諸君は自分の得意分野を知るだけではなく、仲間が何をできるのかを知るためにも、この査閲を受けるのだ」
◆
最初に行われたのは剣術だった。
俺は木剣を受け取り、指定された区画へ向かった。試験内容は単純な一対一の勝負ではない。基本姿勢、足運び、間合い、攻防、複数人を相手にした時の位置取り、最後には短時間の模擬戦まで行われる。王立貴族学院でも剣術を習い、幼い頃から鍛錬を続けてきた俺にとって基礎動作は問題ないが、ここには騎士家で長年武術を仕込まれてきた者もいれば、王立貴族学院で武芸に励んできた者もいる。入学したばかりだからといって、簡単な査閲ではなかった。
「開始!」
木剣がぶつかる。相手の一撃を受け、半歩下がってから踏み込む。身体強化魔術は禁止されており、ここでは純粋な武術能力だけが見られている。剣の速さ、足の運び、相手を見る力、攻撃の後に隙を残さないこと。これまで学んできたものが、そのまま結果へ出る。
「そこまで!」
教官の声で木剣を下ろす。
「王太子殿下、基礎は問題ありません。ただし、個人戦ではなく集団戦を想定した場合の位置取りについては、さらに訓練の余地があります」
「分かりました」
王太子だから褒められるわけでもない。欠点があれば普通に指摘される。それでいい。
次は槍術だった。木剣が回収され、長い訓練槍が配られる。槍術では個人の技量以上に、集団としての動きが重要になる。指定された間隔で並び、号令に合わせて構え、前進し、停止し、方向を変える。隣の人間との距離が僅かにずれただけでも、すぐに教官から声が飛ぶ。
「前進!」
三百人の中から選ばれた受験区画の学生たちが、一斉に槍を構えたまま進む。
「停止!」
足が揃う。
「列を崩すな! 槍兵は一人で戦うんじゃない!」
その言葉が響く。
俺は槍を握りながら、剣術との違いを実感していた。剣は個人の技量が結果へ反映されやすいが、槍は集団としての統一が重要になる。同じ武器でも、戦場における価値は全く違う。
次に弓術が始まった。距離の違う標的へ順番に矢を放ち、命中精度、射撃速度、姿勢の安定、そして指定された標的を正しく狙う判断力まで確認する。騎士家令嬢の一人が驚くほど高い精度を見せる一方、平民出身の学生の中にも狩猟経験が豊富なのか、ほとんど迷いなく矢を放つ者がいた。身分は、標的の中央を射抜く矢の軌道には何の関係もない。
続く弩術では、弓とは異なる操作手順や装填動作を覚えた上での射撃が行われた。弩を初めて扱う者の中には苦戦する者もいたが、逆に弓では目立たなかった学生が弩では高い精度を見せることもある。
教官が最初に言った言葉の意味が、少しずつ分かってきた。
適性とは、優劣ではない。
それぞれに違う能力があり、軍隊ではそれを組み合わせる。
◆
午後からは魔術適性査閲が始まった。
魔力を持つ学生だけが指定区画へ集められる。ここでも身分による区別はない。伯爵令息の隣に平民出身の魔力持ちが立ち、その隣には平民へ落ちた貴族の家系から生まれた少女がいる。魔力は家格そのものではなく、血筋や継承によって現れるものだからだ。
「まず魔力総量を測定する」
教官の指示に従って、生徒たちが一人ずつ試験台へ立つ。魔力を集中させると、それぞれの属性に応じた色が現れる。氷属性なら水色、炎属性ならオレンジ色。通常の魔術において、属性による違いは基本的に魔力の色であり、氷属性だから氷を作れるわけでも、炎属性だから炎を作れるわけでもない。
「次、魔力制御。指定された範囲に一定量の魔力を維持しろ」
魔力が多いだけでは高評価にならない。強すぎれば制御を崩し、少なすぎれば術式が安定しない。魔力量と制御能力は別々に評価される。
「続いて詠唱精度。身体強化魔術」
一人の氷属性の学生が前へ出た。
「アエテリアの大地に祝福をもたらす氷雪の女神よ――」
詠唱が始まった瞬間、足元から魔法陣が浮かび上がる。
「哀れにも神の御力に縋る我に神の祝福を与えたまえ。我が願うは『身体強化』の祝福。我が祈りを聞き届け、御身が祝福を与えたまえ」
詠唱が終わると、魔法陣が淡く輝き、その身体を水色の魔力が包み込んだ。
「これが通常の氷属性魔術だ」
教官が説明する。
「身体強化魔術では身体を、武具強化魔術では術者が触れている武具を魔力が覆う。使用中は、その魔力の色が外から確認できる」
次に炎属性の学生が前へ出る。
「アエテリアの大地を支配する灼熱竜アルデーンスよ――」
同じように足元へ魔法陣が現れ、詠唱の完成と同時にオレンジ色の魔力が身体を包み込んだ。
そして。
「王太子殿下」
俺の名前が呼ばれた。
「はい」
俺は試験区画へ入る。
「身体強化魔術」
俺は静かに詠唱を始めた。
「アエテリアの大地に祝福をもたらす氷雪の女神よ」
足元から魔法陣が浮かび上がる。
「哀れにも神の御力に縋る我に神の祝福を与えたまえ。我が願うは『身体強化』の祝福。我が祈りを聞き届け、御身が祝福を与えたまえ」
詠唱が終わる。
次の瞬間。
俺の身体を覆ったのは、一般的な氷属性の水色ではなかった。
碧色。
身体全体を薄く包み込むように、碧色の魔力が揺らめいている。
一瞬だけ。
周囲の空気が変わった。
教官もその色を確認している。
だが、俺は何も言わない。
「武具強化魔術」
続いて訓練剣を受け取る。
剣へ手を触れ、同じように詠唱する。足元から再び魔法陣が浮かび、詠唱を終えると、今度は訓練剣を碧色の魔力が覆った。
「魔力総量、非常に高い。制御精度も高水準」
教官が記録する。
「身体強化、武具強化ともに優秀」
「ありがとうございます」
それ以上は何も言われなかった。
俺は試験区画を出る。
魔法については、ここでは一切見せない。
俺は三百年に一度ほどしか現れない魔法使い。
自然現象そのものを書き換える力を持つ。
だが、今日の査閲で求められているのは、軍人としての基礎的な魔術能力だ。
だから俺が見せるのは。
あくまで身体強化魔術と武具強化魔術。
そして、その魔力の色だけだった。
◆
「次」
再び教官の声が響く。
そして。
「グラーティア・アウレリア・デイ・エクィトゥム第三王女殿下」
「はい」
ティアが前へ出た。
王族であり、俺の婚約者。
俺と同じく魔法使いであり、炎属性を持つ少女。
「身体強化魔術を」
「承知しました」
ティアが詠唱する。
「アエテリアの大地を支配する灼熱竜アルデーンスよ」
足元に魔法陣が浮かび上がる。
「哀れにも其の御力に縋る我に竜の御力を与えたまえ。我が願うは『身体強化』の力。我が祈りを聞き届け、御身が御力を与えたまえ」
詠唱が終わる。
ティアの身体を覆った魔力は。
通常の炎属性のオレンジ色ではなかった。
紅色。
赤よりも深く、炎のような輝きを持つ紅色の魔力が、その身体を包み込んでいく。
周囲の学生たちが小さくざわめく。
俺はそれを聞きながら、少しだけ笑った。
俺が碧色。
ティアが紅色。
どちらも通常の魔力色とは明らかに違う。
けれど、それが俺たち二人の特異性を示している。
ティアは続けて武具強化魔術を行使する。
詠唱が終わると、訓練用の槍が紅色の魔力で包まれる。
「非常に高い魔力制御能力」
教官が淡々と記録する。
「武具強化の安定性も高い」
ティアは一礼し、静かに下がった。
俺と目が合う。
ほんの一瞬。
互いに何も言わず、わずかに頷いた。
◆
査閲が終わる頃には、太陽が西へ傾いていた。
最後に担当教官が三百人の新入生を前へ集める。
「本日の査閲結果は、今後の専門教育や訓練班編成の参考資料として使用する。剣に適性がある者、槍に優れる者、弓や弩に向いている者、それぞれに合わせて訓練内容を調整する。魔力を持つ者についても、魔力総量や制御能力を踏まえて今後の魔術教育へ反映する」
教官は学生たちを見渡した。
「ただし、適性が高かったからといって、その分野だけ学べばいいという意味ではない。指揮官になる者は、剣士のことを知らなければならない。弓兵を率いるなら弓兵の苦労を知らなければならない。魔術師を運用するなら、詠唱にどれだけの時間が必要なのかを知らなければならない」
俺は、その言葉を聞いて頷いた。
今日一日だけでも、十分に分かった。
剣が得意な者。
槍が得意な者。
弓に秀でた者。
弩に向いている者。
魔力が多い者。
魔力は少なくても、制御能力が高い者。
そして。
俺のような碧色の魔力を持つ者。
ティアのような紅色の魔力を持つ者。
それぞれが違う能力を持っている。
だからこそ。
軍隊になる意味がある。
一人ではできないことを。
異なる能力を持つ者同士が組み合わさって成し遂げる。
王立士官学校で学ぶ三年間は、単純に自分自身を強くするための時間ではない。
自分に何ができるのかを知る。
仲間に何ができるのかを知る。
そして。
その力をどう組み合わせれば、一つの軍として最大の力を発揮できるのかを学ぶ。
そのための最初の基準が。
今日の魔術・武術適性査閲だった。




