第10話 軍事数学・基礎兵站学
「王国史・軍事史」「地理学」「地形学」の授業を終えた数日後、今度の黒板には新たに二つの科目名が並んでいた。「軍事数学」、そして**「基礎兵站学」**。王立士官学校へ入学する前、俺は軍事数学という言葉を聞いた時、普通の数学を軍事に応用する程度のものだと思っていたのだが、実際に授業が始まってみると、その認識はすぐに改めさせられた。ここで扱う数字は単なる計算問題のために存在しているわけではない。部隊が何日進めるのか、何人の兵士を維持できるのか、どれだけの食料が必要なのか、補給路が失われた時にどこまで戦えるのか、そして最終的にその軍隊がいつまで戦争を続けられるのかを判断するための数字だった。
教壇へ立った軍事数学の教官は、黒板へいくつかの数字を書いた後、振り返った。「諸君。数学が苦手な者はいるだろう。しかし、戦場では数学が苦手だから計算しなくていい、ということにはならない。むしろ戦場においては、一つの計算間違いが数十人、数百人の命に直結する。兵士が何人いるのか、どれだけの食料が必要なのか、どれだけの距離を何日で進めるのか、どれだけの荷車と馬が必要なのか。その全てを数字で判断しなければならない」
最初に出された問題は、三百人の部隊を十日間維持するために必要な食料の量を求めるものだった。単純な計算なら簡単だ。しかし教官は、そこへ次々に条件を追加していく。「雨が続けば行軍速度が低下する」「輸送用の馬にも飼料が必要になる」「荷車には積載量の限界がある」「道が悪ければ一日に運べる量が減る」「途中で負傷者が出れば輸送用の人員が必要になる」。問題用紙の数字が増えるたびに、教室の空気も変わっていく。単に答えを求めるだけなら簡単でも、条件が一つ変われば答えも変わる。戦場では、その変化へ即座に対応しなければならないのだ。
「諸君、ここで覚えておけ。最初に計算した数字に固執する指揮官は、戦場では危険だ。天候が変われば計算を変える。道路が使えなくなれば変える。兵士が疲労すれば変える。敵が想定外の行動を取れば、当然それも計算へ入れる。数学とは、決められた答えを出す学問ではない。変化した条件に対して、正しい判断を出し直すための道具だ」
俺はその言葉を聞きながら、少しだけ感心した。前世の数学では、問題文に書かれている条件を使って答えを出せば終わりだった。だが、戦場ではそうはいかない。最初の計画そのものが崩れることを前提として、常に計算し直さなければならない。そう考えると、軍事数学は数学というより、状況判断の一部なのかもしれない。
やがて授業は、兵士の数だけではなく、馬や輸送能力を含めた問題へ移っていった。百頭の馬を一ヶ月維持するために必要な飼料はどれだけか。それを運ぶために必要な荷車は何台か。一台の荷車が一往復するのに何日かかるのか。目的地までどれだけの距離があるのか。途中に川があれば渡河にどれだけの時間を取られるのか。こうした条件を一つずつ計算していくうちに、俺はようやく軍隊というものの本当の大きさを実感し始めていた。
兵士一人を戦わせるために、その後ろには大量の食料が必要になる。馬を使うなら馬にも食料が必要で、荷車を動かす人間も必要になる。武器や防具が壊れれば修理が必要で、負傷者が出れば治療と後送が必要になる。戦場へ行くのは兵士だけだが、兵士を戦わせているのは、その背後にいる無数の人間と物資だった。
◆
午後から始まった基礎兵站学の授業では、そのことをさらに明確に教えられた。
教壇へ立った教官は、黒板へ大きくこう書いた。
兵站=軍隊を戦場へ送り、戦場で生かし続ける仕組み。
「兵站を単に『食料を運ぶこと』だと思っているなら、今日その考えを捨てろ。兵站とは、軍隊を動かすために必要な全てを管理することだ。食料、水、武器、防具、矢、弩、馬、飼料、衣服、天幕、医薬品、輸送用の荷車や船、そしてそれらを管理する人間まで含めて兵站だ」
教官はそう言って、一枚の地図を黒板へ貼った。そこには本国から前線へ伸びる街道が描かれ、その途中にはいくつもの倉庫や補給拠点が示されている。
「一万の軍隊が遠く離れた敵国へ進攻するとする。前線へ食料を直接送り続けるだけでは、輸送が止まった瞬間に軍隊も止まる。だから途中に補給拠点を作り、そこへ物資を蓄える。だが、その補給拠点を敵に奪われれば、今度はこちらが物資を失う。ならば補給拠点を守る兵士が必要になる。兵士が増えれば、その兵士にも食料が必要になる。つまり兵站を守るために兵士が必要で、兵士を維持するためにさらに兵站が必要になる」
黒板へ書かれる線と数字が増えていく。
「だから、戦場へ兵士を何人送り込めるかだけを考えてはいけない。重要なのは、その兵士をどれだけ長く戦える状態に保てるかだ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は先日の御前会議を思い出した。戦費として大金貨一万枚を使えることが決まり、戦時総兵力は二万二千百人。そのうち国内防衛に五千人を残し、一万七千百人をシルウァニア王国へ遠征させる。そして、現在の戦費と補給能力を前提とすれば、本格的な戦闘を継続できるのは約一年。あの数字が、今では別の意味を持って見える。
なぜ一年なのか。
単純に金が尽きるからではない。
兵士を食べさせ、馬を維持し、武器を補充し、負傷者を後送し、補給路を守り、国内経済を崩さず、さらに戦争中も本国の防衛力を維持する。その全てを同時に行った結果として、約一年という数字が出ているのだ。
「これが継戦能力だ」
教官が黒板へ書いた。
継戦能力。
「軍隊がどれだけ長く戦えるかを決めるのは、兵士の勇気だけではない。食料がなくなれば戦えない。武器がなければ戦えない。負傷者を運べなければ戦力が削られる。馬が倒れれば輸送能力が落ちる。補給路を失えば前線の兵士は孤立する。そして、国家の財政が尽きれば、戦争そのものを続けられなくなる」
教室が静かになる。
「優秀な指揮官ほど、戦争を始める前に兵站を計算する。敵陣の前に立ってから『食料が足りませんでした』では遅い。軍隊が出発する前に、どこから何を運び、どこへ蓄え、どの街道を使い、どこで予備物資を確保し、負傷者をどこへ運ぶのかまで決めておかなければならない」
その話を聞きながら、俺は思わず先日の御前会議の光景を思い返していた。財務卿が国家貯蓄を説明し、軍務卿が二万二千百人の戦時総兵力を算出し、そのうち五千人を国内防衛へ残して一万七千百人を遠征軍とし、さらに大金貨一万枚の戦費によって一年程度の継戦能力を確保する。あれは政治会議の一場面だったが、見方を変えれば、兵站学で学ぶ内容を国家規模で実践していたということになる。
「では、今日の最後に一つ問題を出そう」
教官が黒板へ新しい地図を描いた。
「一万七千百人の遠征軍が敵国へ進攻している。補給路は一本しかなく、敵がその補給路を狙っていることが判明した。補給路を守るために兵士を割けば前線の戦力が減り、前線を維持しようとすれば補給路が危険になる。諸君ならどうする?」
教室が静かになった。
誰かが「補給路を守る」と答える。別の誰かは「前線を後退させる」と答えた。補給拠点を増やすという意見もあれば、別の街道を開くべきだという意見も出る。教官はどれも否定しなかった。
俺は地図を見ながら考えた。
補給路を守ることそのものが目的ではない。目的は、遠征軍を戦える状態に維持することだ。ならば、一本の補給路を死守することだけに固執する必要はない。補給拠点を分散させる、別の輸送路を確保する、河川輸送を利用する、あるいは敵が補給路を狙うために兵力を割くことを逆に利用して別の戦線で圧力をかける。選択肢はいくつもある。
「先生」
俺が手を挙げた。
「何だ、殿下」
「敵が補給路を狙うと分かっているなら、補給路を守るだけではなく、敵がそこへ兵力を割くこと自体を利用するべきだと思います」
教官がこちらを見る。
「具体的には?」
「補給拠点を分散させて一本の街道への依存を減らし、それでも敵が主要な補給路へ集中するなら、その分だけ敵の戦力が別の場所から離れているということになります。ならば、その弱くなった戦線へ攻撃をかけるか、少なくとも別の輸送路を確保する時間を作る。守ることだけを考えるのではなく、敵の判断そのものをこちらの利益に変えるべきです」
教官はしばらく黙っていた。
「……よろしい」
それだけ言うと、黒板へ新たな線を引いた。
「兵站は守るものではない。利用するものでもある。敵も補給が必要であり、敵もまた補給路を守らなければならない。ならば、兵站を理解するということは、敵の兵站まで理解することだ」
その言葉を聞きながら、俺は静かに頷いた。
軍事数学も、基礎兵站学も、結局は同じところへ繋がっている。
数字だけでは戦えない。
兵士の勇気だけでも戦えない。
軍隊を動かすためには、距離と時間を計算し、物資を運び、補給を守り、国家がどこまで戦争を支えられるのかを理解しなければならない。
教室を出る頃には、夕暮れの光が廊下へ差し込んでいた。
俺は窓の外へ目を向ける。
王都レクィエリア。
十五万人の人間が暮らす巨大都市。
その人々を支えるために地方から食料が運ばれ、海峡からは輸入品が入り、街道を荷役馬が行き交っている。その全てが、戦争になれば兵站の一部になる。
つまり。
軍隊だけが戦争をしているわけではない。
王都も。
港も。
街道も。
農村も。
市場も。
国庫も。
全部が戦争と繋がっている。
俺は、先ほどの黒板に書かれていた言葉を思い出した。
軍隊を戦場へ送り、戦場で生かし続ける仕組み。
そして、それを維持できる限界が、国家の継戦能力になる。
士官学校での軍事教育は、ようやく本当の意味で始まったばかりだった。




